第196話 光と影②

 アレンが異世界に転生して14年になる。


 最初は農奴として生まれたが、その開拓村には人間しかいなかった。

 前世で異世界ものの小説をいくつか読んだとき、異世界には色々な種族が登場していたことを覚えている。しかし、この異世界は人間しかいないんだなと思っていた。


 この世界に人間以外の種族がいることを知ったのは、グランヴェル家でセシルの魔法の講師から魔王史を学んでからだった。

 そのとき、中央大陸の北東と北西にはエルフやドワーフがいることを知った。


 それから学園に入り2年になってから、5大陸について学んだ。

 中央大陸の南西と南東には、2つの大陸がある。

 中央大陸の南西には獣王国があり、南東には連合国があると言う。


 2つの国の成り立ちについても学んだ。

 そのとき、この異世界の影の部分を知ることになった。


 獣王国は中央大陸での、特にギアムート帝国の迫害を受けて、南の大陸に逃げた獣人達が作った国だと言う。

 何でも獣人は、魔獣の混血や末裔だと言われ迫害の対象にされたらしい。

 これは1000年前に約100年間行われた。

 今では中央大陸にはほとんど獣人はいない。


 連合国は、中央大陸で住めなくなった者が移り住んだと学園で学んだ。

 特に、ギアムート帝国内での政争で敗れた貴族や、罪人が多く南の大陸に流刑された。種族はとても雑多であると聞いた。魚人や鳥人もいると聞いた。

 多様な種族がそれぞれの国を作っていて、他の4大陸のように大きな国はないと言う。

 そんな無数の国が連合国を作っている。連合国の盟主は、連合に加盟する国の代表が合議で決めていると授業で習った。


 そういった南の2つの大陸に国が出来た経緯もあり、5大陸同盟と言いながらも、どこか頭1つ分立場が低い扱いを南の2つの大陸の盟主は受けている。


 このような情勢もあって南の2つの大陸は魔王との戦いにおいて全力で中央大陸を支援していない。物資のみの支援に止め、兵は一切出していない。ギアムート帝国と魔王との戦いもどこか静観した立場であると言う。


 人間に比べて、近接戦闘の得意な獣人達が全力で魔王軍との戦いに参加すれば、戦況が変わるとも言われている。


 アレンがこれまでに聞いたり学んだりしたこの異世界のことについて思いだしている中、女王が語り始めた。


「ダークエルフですか?」


「そうです。このローゼンヘイムには1000年以上前、2つの国がありました。エルフの治める国とダークエルフの治める国です」


「そのダークエルフとずっと戦っていたと?」


「そうです。我らは共存を願ったのですが、遥か数千年前から、ダークエルフと戦ってきました。ダークエルフは攻撃魔法に長け、とても厳しい戦いであったと先代の女王から聞いております」


 エルフは決して、自分らからダークエルフの国を攻めてはいないと改めて女王は言う。


 また、ダークエルフの特徴についても教えてくれる。褐色の肌で精霊の力を借りた攻撃魔法が得意だと言う。


(なんとなくダークエルフってそんなイメージだな)


「エルフは戦いを望まないのに、なぜ争ってきたのでしょうか? ダークエルフはローゼンヘイムを支配したかったと?」


「フォルテニアには、世界樹と呼ばれる大きな木が生えています。精霊の生まれる世界樹として我らもダークエルフもその木に強い思いを抱いているのですが、それをダークエルフが寄こすように言ってきました。自分らのものにするからエルフは出て行ってほしいと」


 世界樹はローゼンヘイムに1本しか生えていない。

 はるか昔から世界樹はエルフ達のいる国で祀ってきた。

 それをダークエルフは良く思っていなかった。

 ダークエルフも、精霊の生まれる世界樹は神聖視していた。


 この世界樹をエルフとダークエルフが取り合ったと言う。

 1本しか生えていないこの巨大な木を巡った争いは長いこと続いていた。


 エルフやダークエルフの指導者によって停戦や共同管理といった話もこの数千年の間に何度も起きた。

 しかし、ダークエルフは世界樹を独占したいと言う考えが強く、エルフとしては受け入れられなかった。


「「「……」」」


 アレン達も、女王が語るローゼンヘイムの歴史に耳を傾けている。

 ローゼンヘイムの指導者である女王が、先代からずっと語り継いできた話なのだろうと黙って聞いている。


「しかし、今ダークエルフはローゼンヘイムにいませんよね。結局、排除したということでしょうか?」


 そんな中、アレンは疑問をぶつける。


「そうです。結局はそういった結末を我らはたどりました。しかし、そこに至る前に我らエルフ達はダークエルフ達に滅ぼされるところまで来ていたのです。今とおなじように」


 望まぬ戦いを続けてきた。そんな長い戦いの中で、ダークエルフの指導者に力と知恵のある者が出てきた。

 その結果、エルフ達は街々を奪われ、要塞がいくつも陥落した。


 世界樹の側に作った、今のフォルテニアの前身となる街を残すばかりになったと言う。

 明日にも街に攻められエルフがいなくなるかもというときに、エルフ達は世界樹に救いを求め祈った。


「祈った?」


「はい、絶望の中、エルフ達は世界樹に救いを求め、祈りを捧げました。その時私の先祖であるエルフの少女が大木に空いた穴から顔を出す1体の精霊の幼体を発見したのです」


 エルフの少女は、精霊の幼体にこの状況から救ってほしいと、必死に祈りを捧げた。

 すると、精霊の幼体は『名前がほしい』と言ってきたと言う。


「それが、ローゼン様であったと?」


「はい、エルフの少女はエルフらしい名前であるローゼンと名付けました。そして、エルフの少女はローゼン様と契約を交わしました。私達エルフはその少女を、精霊王と初めて契約を交わした少女として『祈りの巫女』と呼んでいます」


 エルフ達は契約の様子を見ていたが、幼体の精霊の力については懐疑的であった。


 精霊は一般的に年を重ねるほど力を増す。

 だから精霊の幼体から大精霊になるには何百年や何千年もかかると言う。


 生まれたばかりの精霊の幼体と契約をしたばかりで何ができるとエルフ達は思っていた。


「しかし、形勢を逆転するほどの力があったと」


「はい、精霊王様は私の先祖をハイエルフに変え、ダークエルフとの戦いも一変しました」


 契約を交わした祈りの巫女は、金色の瞳と真っ白な髪に変わったと言う。

 ハイエルフの始まりであった。

 そして、精霊の幼体と契約を交わした少女の力は、ダークエルフの軍勢を払いのけるほどのものであった。


 形勢は完全に逆転した。

 その力は現在のローゼンヘイム最強の男である精霊使いガトルーガすら超える力であった。


「その後、ダークエルフはどうなったのでしょう? ほとんど滅ぼしてしまったと?」


「いいえ、ダークエルフを今のネストの付近まで追いやり、今後二度とエルフを攻撃しないという命の契約を結ぶか、この大陸から出ていくか選ばせました」


(命の契約か、自分の意志に関わらず強制する契約なのかな?)


「どちらを選んだのですか?」


「ダークエルフ達は、この大陸から追放されることを選びました。ここから南にある連合国のある大陸へ追放されました」


 ダークエルフは1人残らず船に乗せ追放したと言う。そして、ダークエルフには二度とローゼンヘイムの地を踏むことを許さなかった。


 これは1000年以上昔の話だと言う。


(そうか、エルフ達にとって祈りの対象は、世界樹から精霊王に移ったのか。しかし、まだダークエルフは世界樹を望んでいる、ということか?)


 ソフィーの話や学園の授業で世界樹について聞いていた。

 しかし、ソフィーにとって、エルフにとって大切な存在は精霊王や女王であるように感じる。

 ダークエルフから自分らを守った精霊王と祈りの巫女の末裔を、今でも崇拝しているのかと思う。


「魔神レーゼルについては何かわかりますか? その対ダークエルフ戦争の時敗った指導者の名前であったり?」


「いえ、そんな名前ではなかったような気がします。書庫にダークエルフの資料がありますが、なにしろ1000年以上前の話ですので」


 個人を特定できるほどの資料が見つかるとは考えにくいと女王は言う。


「そうですか」


「あの……」


「はい、女王陛下」


「ぜひ、お力をお貸しください。アレン様無くして今回の戦いに勝利はありません」


「「「な!?」」」


 エルフの女王が頭を下げた。


 エルフ同士の戦いに入るのは気が乗らないと言ったアレンに対して、5大陸同盟の盟主にしてローゼンヘイムの女王が頭を下げた。

 このまま戦いを止めないでほしいということだ。


(さすがに異世界でも完全なる勧善懲悪の話にならないか)


 アレンは健一であったころ一方的な悪を叩く物語をよく見てきた。

 一方的な悪が理不尽な暴力を振りまき、完璧な正義の主人公が悪を叩く話が多かった。


 しかし、この世界では全ての人物が主役でお互いに関わり合いながら、1つの物語を作っている。アレンもこの物語の登場人物の1人に過ぎないと思っている。


「当然です。今分かっているのは、ちょっと耳が長いエルフっぽい名前の魔神ってだけですからね。ただ、今の話は聞いておいてよかったです」


(結局魔神レーゼルについてはっきりしたことは分からないと。まあ、俺の憶測から発展した話だからな)


「……あ、ありがとうございます」


 女王がアレンに対して心からのお礼を言う。

 こうして、魔王軍との戦いが続く中、ローゼンヘイムで起きた光と影の話をアレン達は聞いたのであった。

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