第192話 祈り

 エルフ軍が5万の軍勢で30万体からなる魔獣達が支配するラポルカ要塞の攻略に成功した。


 既に霊Bの召喚獣を通して、全ての街に連絡した。

 奇跡のような知らせを聞いたエルフの民達は、精霊王に感謝の祈りを捧げ、女王の安寧を願った。アレンは将軍達に、自らのことについては公言不要と伝えている。


 ほとんどの魔獣を倒して攻略したラポルカ要塞だが、まだやることがある。

 今後この要塞を使う場合、どこかに魔獣が潜んでいるとまずい。

 魔王軍は籠城も視野に入れていたのか、骸骨などの死霊系や鎧系など食事を不要とする魔獣を多くこの要塞に配置していた。


 魔獣が建物内に身を潜めていてはたまらないので、魔獣察知能力の高い斥候部隊を中心に掃討を行っている。不眠不休の疲れ知らずの召喚獣にも協力させ、ラポルカ要塞の完全な攻略を目指している。


 アレン達は、ルキドラール大将軍と一緒に一旦ティアモの街に戻る。

 最前線も大事だが、今後の話を女王や将軍達としなくてはいけない。

 

「ねえ、アレン。ごめんね、逃がしちゃったね」


 鳥Bの召喚獣に座るアレンの後ろにはクレナが座っている。

 夜も遅いので、天の恵みを作らず、覚醒スキル「天駆」を使わせ今晩中にティアモの街に到着しようとしている。


「何が?」


 セシルかフォルマールを乗せて街に戻ろうと思ったが、今日はクレナが一緒に乗ると言うので一緒に乗って街に向かうことにした。どうやらクレナは2人だけで話がしたかったようだ。


「私がエクストラスキルを使いこなしていたら、アレンのこと知らされずに済んだのにね」


(ああ、そう言うことか。だからこんなに凹んでいるのか)


「まあ、どうだろうな。あの状況でスキルを使えていても逃がしていたかもしれないな。それに」


 ネフティラはすごい勢いで逃げていた。それなりに素早さがあり、自ら回復魔法を掛け逃げる相手を倒すことは、とても難しい。


 エルフの兵と一緒に戦わせている召喚獣に追わせれば、エルフの兵を見殺しにすることになる。

 そして、エクストラスキルを発動したグラスターは、これがAランク相当の力なんて思えないほど、とんでもなく強敵であった。

 倒すのに1時間以上かかるほどの強敵相手にアレンがいなければ、仲間を見殺しにしていたかもしれない。あの場で、アレン自ら追うなんて選択肢はなかったと思う。


「それに?」


「過ぎたことを悔いても仕方ないぞ。エリーを1体同行させることができたからな。まあ、魔神レーゼルに会う条件は整ったな」


 現在、ネフティラはすごい勢いでフォルテニアに向かっている。ネフティラが逃げ出した瞬間に、グラスターのいた建物にいた霊Bの召喚獣に付いて行かせることに成功したので、魔神レーゼルに会う条件は整ったともいえる。


「……そっか」


「クレナもそんな話ができるようになったんだな。アレン先生嬉しいよ」


「もお!」


 身を乗り出したクレナに後ろから両頬をニギニギされる。


「冗談冗談。それに、アイツみたいに逃げるのも大事なんだぞ」


 ネフティラのように逃げることが大事だと言う。


「え? 逃げるの? 頑張って戦わないの?」


「当然、俺もよく逃げていたぞ。立ち向かうだけが戦い方じゃないからね」


 初見の敵を必ずしも倒せるとは限らない。勝率を上げ努力しても敵わないときは、逃げるに限ると言う。アレンは暗殺者ダグラハとの戦いの時も逃げ一択を選んだ。


「そっか」


 クレナには難しい話だったようだ。首をかしげながらアレンの話を理解しようとしている。


(どうせいつかは漏れる情報だったからな。それにしても得た情報も大きいな。魔族はエクストラスキルを使うことができると。解放者って何だろうな。ソフィーも知らないって言っていたけど魔族用語かなんかなのかね。精霊王は知っているかな?)


 魔族との戦いで、知ることができたことも多い。


 鳥Bの召喚獣で覚醒スキル「天駆」を使っているため、夜のうちにティアモの街に着いた。

 女王も将軍達もお休みになっていたので、今後の話は明日にすることにした。




 そして、夜が明ける。

 朝飯がどんどん豪勢になっていくなと思いつつ、ややあっさり風味の味付けのエルフ料理を堪能する。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


「おはようございます。はい、ぐっすり眠れました」


 夜が明けしばらく経ってから女王のいる広間にやって来た。

 将軍達もなんだか上機嫌だ。


 ラポルカ要塞を落としたことが、これまでにないほどの朗報であったのだろう。


(なんか感謝されているな。ん? 精霊王は朝になったが今日も爆睡しているのか。最近起きているとこを見ないな)


 アレンには、特に英雄になりたいという思いはない。開拓村でもグランヴェルの街でも随分感謝されたが、必要だからしただけだ。今も、ローゼンヘイムが困っているから力を貸しているだけだ。


 モモンガの容姿をした精霊王は、女王の膝の上で、ヘソ天ですやすやと寝ている。

 今後の話をしても良いか確認すると、問題ないと女王も将軍達も言うので、アレンは話し出す。


「今後の話ですが、短期間でラポルカ要塞を落とすことが出来ましたので、魔王軍の予備部隊400万の軍勢がやってくるまでに随分時間を稼げました」


 どうやら魔王軍は、2手に分かれたうち北から攻める部隊はローゼンヘイムに上陸したばかりのようだ。北の端からラポルカ要塞まで、人より移動速度の速い魔王軍をもってしても2、3日で攻め入れるほどの距離ではない。


 南から海路で攻めてくる魔王軍についても同じくらいのようだ。


「「「おおお!」」」


「アレン様、何から始めた方が良いでしょうか?」


(何か、全部決めてしまっていいのだろうか?)


 来た当初は魔王軍と戦う協力だけするつもりが、随分踏み込んだ立場になってしまったなと思う。100万の軍勢殲滅とラポルカ要塞攻略がずいぶん効いているのかなと考える。


「そうですね。2つあると思います」


 アレンは考えていたことを口にする。


 1つは、ラポルカ要塞以南の場所を完全に勢力下におくこと。ラポルカ要塞以南の地は広大で、魔獣に落とされた街がいくつもある。集団で固まられると困るので、早めに叩くべしと言う。

 放っておくと、北から魔王軍がやって来た時に挟み撃ちにされてしまう。

 根城としていた街から魔獣は出てしまったので、倒すなら今だと言う。


 もう1つは、エルフ軍の本部をラポルカ要塞に移すこと。

 今度こそ最低30万以上の軍勢をラポルカ要塞に派遣して、守りを固めようと言う。


「ですが、ネストの街への魔王軍襲来についてはどうするのですか?」


「一応、私達の方で対応したいと思います。抜かれてしまったときのために、ネストの街には10万は兵が必要かと思います」


 60万人強いるエルフの軍のうち30万人をラポルカ要塞に、10万人をネストの街に移動するように言う。北から300万の軍勢が、南から100万の軍勢が迫るので、南北ともに10倍の戦力と戦うことになる。


 そうですかと女王が答える。

 100万の軍勢を止めると言ったが、反対はしないようだ。


(これはかなり厳しい戦いになるんだが、さてどうするかな。指揮化スキルを1日も早く分析して作戦を組まないといけないな。あと何日の猶予があるかな?)


 ローゼンヘイム最北の要塞は300万の軍勢で陥落した。

 この最北の要塞は、ラポルカ要塞の倍の高さの外壁がある。

 これを乗り越えて、魔獣達は攻め落とした。空を飛ぶ魔獣もたくさんやってきたと聞いている。


 今回、その半分の大きさのラポルカ要塞で守り切らないといけない。

 海路と挟み撃ちのため、そちらの対応もしないといけない。


(高速召喚以上のスキルであると信じるばかりだな)


 指揮化スキルの分析結果次第で作戦は変わってくるなと思う。


「何から何までありがとうございます。まだ戦いは終わっていませんが、民からの不安の声が幾分か減りました。女王として感謝の言葉を述べさせてください。ありがとうございます」


「いえいえ、兵達が良く頑張ってくれたおかげです。そういえば、ラポルカ要塞で魔族から気になることを聞いたのですが、女王陛下やここにいる方で知っている方はいませんか?」


「何でございましょう?」


「魔族が私のことを解放者と呼んでいました。解放者という言葉を聞いたことのある方はいませんか?」


 「解放者とは何だ」と言いながら、女王も将軍達も首を傾げ始める。

 どうやら、ここにいる誰も答えられないようだ。


(やっぱり分からないか。精霊王は知っているかな。起きてほしいんだが。呼んだら起きるかな?)


 そう思って、寝ている精霊王に語り掛けようとしたその時だった。


『祈りが満ちるようだ』


「「「な!?」」」


 精霊王が目をつぶりヘソ天のまま、一声発した。

 そして、体から光が溢れ始めた。


(お? 何だ何だ? 何が始まった?)


「せ、精霊王様。もしや?」


『ああ、祈りの巫女の末裔よ。僕に対する祈りが間もなく満ちてしまうようだ。少し早かったが、目の前の少年による行いが何度も僕の肩代わりをしてくれたからね。はは』


 宙に浮き、体から光が漏れる精霊王が口にする。


(肩代わり? 何かしたかな?)


 アレンに何かを肩代わりした自覚はなかった。


「ああ、精霊神になられるのですね?」


 女王の両目から大粒の涙が零れていく。


『そうだ。僕は間もなく精霊神になれるようだ。あの時、こんなことになるとは、僕も想像できなかったよ。己の運命の先見はどうも苦手だ。はは』


 女王の問いを肯定すると、精霊王は光を全身に宿したまま、もう一度女王の膝の上にゆっくりと降りる。


(あの時ってどの時だ? む、将軍達もソフィーもめっちゃ泣いているな。俺も泣いた方がいいのか? ついて行けない俺がいる)


 ソフィーもその横のフォルマールも号泣している。並び立つ将軍達も歓喜のあまりむせび泣いている。


 エルフでないアレンや仲間達が困惑する中、精霊王は光に包まれていくのであった。

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