第182話 軍事会議②

 アレンは、結局20万個ものBランクの魔石を使い、魔王軍を一掃した。

 100万体に達した魔王軍の魔獣は、遅滞作戦で40万体ほどを倒し、防衛戦でさらに40万体ほど狩った。20万体ほどの魔獣は侵攻する過程で散り散りとなってティアモの街から逃げて行った。それはもう軍と呼べる体を成していなかった。


 最後の1体になるまで戦い抜くぞという気概もない、ただの獣であった。


 お昼前に始まったティアモ攻防戦は夕方前には終わり、この2度目のティアモ攻防戦も完全勝利と呼べる結果に終わった。


 アレンはネストを含めた全ての街に、今回の攻防戦に勝利したことを伝達した。

 あまりに大きな戦果のため、将軍達は話を聞いても中々頭に入ってこない様子であった。

 しかし、避難民を含めた多くの民に勇気を与えるため、速やかに街の中に御触れを出したようだ。


 日が沈んだ後も、「精霊王様!」「女王陛下!」と両者を称える声が、街のあちらこちらで聞こえる。

 アレンの存在は今なお公にされておらず、全ては精霊王の奇跡と、女王を救うために命を懸けた兵達の働きによるとされている。

 ハープを弾く吟遊詩人の唄を聞きながら木のコップでゆっくりお酒を飲むエルフを見ると、これが本来のローゼンヘイムの夜の街の風景なのかと思う。


 そんな気の緩んだ街の風景と違い、緊張感が漂う場所がある。

 エルフの女王のいる広間だ。


「こ、来られたぞ」


「怖じ気づくな。我らは仲間だ」


「わ、分かっている。しかし、お前は外壁の上にいなかったから知らないのだ。あれは人が手にしてよい力ではなかった……」


 緊張感に包まれた中、アレンは女王の間に呼ばれてやって来た。


 戦果と今後についての話をするためだ。


(風呂に入って、飯を食うと眠くなるな。ん? 精霊王は今日もぐっすり寝ているな。ヘソ天ってやつか)


 そんな感想を抱きながら、女王陛下の前に、仲間達と共に立つ。


 アレン達には、戦いが終わりこの建物に入ると、十分な食事とお風呂が提供された。

 一狩り終わった後のお風呂はいつ入っても最高だなと、学園にいたころから思う。


 エルフの女王の膝の上には、モモンガの姿をした精霊王が眠っている。丸まらず、腹を天上に見せて寝る様子から、野生の本能を忘れたのか、いやそもそも精霊王だったなと思う。


「今回の戦い、誠にありがとうございました」


「はい。急なことであったため作戦らしい作戦ではありませんでしたが、ティアモの街が落ちずに済んで良かったです」


(いやまじで本当に良かった。あれは200万体で攻められていたら終わっていたぞ。魔王軍も攻めの速さを優先して、軍を十分に集めなかったと。まあ、ティアモの外壁は最北の要塞の5分の1程度の高さだからな)


 アレンは皆で守ったねと言う。その言葉に将軍達は息を飲む。今回の魔王軍100万体の魔獣のうち、少なくとも70万体はアレン達が倒していることになる。エルフ達の働きは10万体に過ぎない。


 しかし、エルフの斥候の活躍や、ティアモの街の北部で皆が協力して応戦したからこその戦いであったと、アレンは考えている。


 そして今回の戦いは、皆喜んでいるが、ギリギリであったと思っている。遅滞作戦を行うには、魔王軍がティアモの街から十分離れていないと意味がないし、遅滞作戦と回収した魔石による殲滅で、十分な数の魔王軍を倒さないといけない。魔獣の数が200万体なら、きっと今回の作戦は成り立たなかった。

 だから「良かったです」と、運も魔王軍側の判断ミスも味方になってくれたと言った。


(だが、レベル63まで上がったのにまだ指揮化が解放されていないんだが?)


 アレンは、ローゼンヘイムに来てからずっと経験値を得続けた。

 これは、1日どんなに頑張っても1000体かそこらしか倒せなかったダンジョン生活では考えられないほどの経験値だった。

 その結果、勇者ヘルミオスと戦った時レベル55だったアレンのレベルは、現在63だ。

 しかし、レベル63になっても、指揮化の横に表示された〈封〉の表示が消えない。


「それで、これからどうされるのだ? アレン殿?」


 女王の横に立つシグール元帥がアレンに話しかける。


(むう、これはエルフの戦いだからな。魔王軍とは戦うが、俺が作戦まであれこれ言っていいものか)


 エルフの国が襲われ、エルフ達が戦っている。大まかな作戦はエルフが決めたほうがいいのではと思うが、聞かれたので答えることにする。


「はい、今回の防衛戦を受けて、ローゼンヘイムにやって来た魔王軍の魔獣の数は半分近くに減ったはずです」


「たしかに、報告が正確なら残り170万体といったところだ」


「しかし、油断はできません。前回の防衛戦から今回の防衛戦までの魔王軍の一手は見事だと考えております。魔王軍はこのままでは終わらないでしょう。予備兵力の投入を含めて、新たな一手を打ってきます」


 アレンは魔王軍の動きを褒める。魔王軍の動きはとても速かった。各個撃破するために北部へ逃げる魔王軍を追い回していなかったら、動きを見誤るところだった。


「では、どうするのでしょう?」


 現状を理解した上で、女王がアレンに判断を仰ぐ。

 ここにいる全員がアレンの戦力を理解している。


「まず、魔王軍が今回のような大軍で街を落とすという作戦を実行しても、耐えられるようにしないといけません」


「では、やはりラポルカ要塞を落とすということか?」


「はい、シグール元帥」


 アレンの大軍に耐える必要があるという言葉だけで、次に何をすべきか分かったようだ。


 ローゼンヘイムは大きな峰の山々がたくさんあり、豊かな自然に恵まれている。首都フォルテニアはそんな山々に囲まれている。


 フォルテニアを守るいくつかの要塞は、山々に接した形で設けられている。それらは天然の要害と言える地形と相まって、かなり堅牢な要塞となっている。


 そして、ティアモの街から北に馬車で10日ほど移動した距離に、ラポルカという強大な要塞がある。


 アレンはこれを落とすべしと言っている。


「たしかに、大軍対策には要塞を落とさねばならぬ。しかし、ティアモの街からそこまで向かうまでに、既に落とされた街に待機している魔獣が攻めてくるぞ」


 シグール元帥は、ラポルカ要塞より前に落とすべき街があると言う。ティアモの街からラポルカの要塞までの間に、4つほどの街が点在している。


「そうですね。今回の魔王軍100万体のうち40万体は、そんな街からやって来たようです。今なら魔獣が減り、防御は手薄でしょう。落とすことは可能でしょうが、要所でもない街落としに浪費している時間はありません」


 100万体の戦力をティアモに差し向けるため、魔王軍は既に落とした街に待機させていた魔獣を、大量に投入してきた。魔獣の減った街とはいえ、要所になり得ない街を落としていたら、時間を浪費する。


 それは、ラポルカ要塞を手に入れるまでの時間も浪費するということだ。そして、要塞を落とすまでに400万体はいるという予備兵力のうち100万体でも投入されたら、今度こそティアモの街も含めて全てが終わるかもしれない。


 そこまでアレンが言うと、シグール元帥は考え始める。次の言葉はローゼンヘイムの未来を変えるかもしれないと思えるほどに、次の言葉を溜めている。


「確かに、ネストに待機している兵を含めてラポルカ要塞攻略に向かう時だな。各街から合わせて30万の軍を編成しよう」


 60万強いるエルフの兵の半数を使い、ラポルカ要塞の攻略を目指すとシグール元帥は決断した。


「ありがとうございます。どれくらいかかるでしょうか?」


「そうだな。ティアモを発つまでに5日は掛かるだろう」


(ティアモを経つまでに5日、そこから進軍しても早くて10日か。たぶん落とされた街から魔獣がやって来るだろうからそれ以上に時間が掛かると。この辺は時間との戦いだな)


 魔導船を総動員して、どんなに急いでも5日は掛かると言う。軍の行動というのは時間が掛かるものだ。ティアモの街からラポルカ要塞間にある占拠された街を無視しても、これだけ時間が掛かる。


 時間を無駄にしないため、アレンは次に何をすべきか考える。


「では、そのようにお願いします。私は逃げた魔王軍の掃討をします。あとは攻略法についても検討してみます」


 100万体の魔王軍のうち20万体が、いくつかの塊になって逃げている。この数はエルフの行軍において必ず邪魔になる。せっかくいくつかの塊になっているのだから、魔石の回収をしたい。


 魔石の在庫は現在10万個ほど。追加で10万個ほど回収予定だ。残りは竜Bの召喚獣が消し炭にして使い物にならなかったり、ローゼンヘイム側が魔導船の動力や天の恵みに使う予定だ。


 今回倒した魔獣80万体の魔石の内訳

・アレンが40万個(うち20万個は今回の防衛戦で消費)

・消し炭が20万個

・ローゼンヘイム側が20万個(魔導船に10万個、天の恵みに10万個)


 そのため、アレンの魔石の在庫は20万個ほどになる。これを、エルフ軍の準備が整うまで少しでも増やそうと考えている。20万体の魔王軍の残党を殲滅し、魔石の回収を進める。



 なお、今回に限らずAランクの魔石は全てアレンの物になるということで、女王とは話がついている。


 アレンは霊Bの召喚獣を見る。


(エリー、ラポルカ要塞に潜入してくれ。中の情報が知りたい)


 霊Bの召喚獣の意識に話しかける。


『承りましたデスわ』


 新たな一手を打ち、次の戦いに向けて動き出すアレンであった。

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