第180話 ティアモ攻防戦③
アレン達から100万の軍勢がティアモの街に向かっているとの情報がもたらされてから3日が経った。
太陽は十分に昇り、昼前になった。
2日でティアモの街にやって来る予定の魔王軍だったが、2日経ってもやって来なかった。
遅滞作戦が成功し、1日分遅らせることができたのだ。
街から離れたところで魔王軍の進行を確認するため待機させていた斥候班から、魔王軍の襲来を示す狼煙がスキルにより上がる。
外壁には既にエルフの部隊が隊列を組んで待機している。
「来たか。配置に付け。作戦のとおりだ! 3層目に攻撃態勢を取るように指示をするのだ!」
「「「は!」」」
エルフの将軍が、外壁の外に3重に設けられた塀の一番外側を守備する部隊に攻撃態勢を取らせるように指示する。
これはエルフの精霊魔法使い達が3日間かけて、石の塊を積み上げて作った石積みだ。
積み上げたその高さは5メートル以上に達するが、外壁と違い足場が良くない。
まるで海岸にある消波ブロックのように無造作に積み上がっている。
石積みの後ろには、積まれた石の隙間などから前方を窺いつつ、精霊魔法使いや弓隊が待機している。
この3日間、ネストの街へ魔導船で避難民を誘導したり、復帰した負傷兵をティアモの街に連れて来た。
30万に達したエルフ兵が、街を囲むように守備体勢を取っている。
将軍が合図を上げてから、そんなに時間を空けずに轟音が聞こえ、地面や積み上げた岩が揺れ始める。
魔王軍の行軍により木々がへし折られ、地面を踏みしめる音だ。
自然豊かなローゼンヘイムが踏み荒らされていく。
魔王軍は、街の東西南北に分かれるようなことはしない。真っ直ぐ一塊になって、ティアモの街北門の突破を目指して来る。
直ぐに、最も外周である3層目の石積みに魔獣達が達する。
『来たぞ!!! 女王陛下をお守りするのだ!!!!』
『『『おおおおおおぉおおおおおおぉおお!!!』』』
魔王軍が咆哮とともに全力で向かって来る。弓隊の矢が、日の光を覆うほど魔王軍に降り注ぐが、ものともせず進んで来る。何に興奮しているのか、血眼になって向かって来る。
魔獣の群れが石積みに激突した瞬間、石積みが地響きを立て大きく揺れ、いくつもの場所で崩壊していく。
5メートルに達する石積みを作る1つ1つの岩は1メートルを超えているが、Bランクの魔獣にとってそれほど大きいものではない。魔獣達は無造作に掴み投げ、石積みを崩していく。
必死に矢や精霊魔法で応戦するが、数の暴力には敵わないようだ。
1時間も持たず、石積みはあちこちで決壊を始め、魔獣達が溢れる。
『引け!! 引くのだ!!!』
将軍が、この石積みは持たないと判断し、撤退を指示する。負傷者を天の恵みで完治させ、全員で東西に分かれ、逃げるようにエルフ達が撤退を始める。東西に分かれたエルフの軍隊は応戦しつつ撤退し、東西の門から街に入り、東西の外壁を守る。
そして、2層目も1時間も持たず決壊してしまう。
容易く攻略される石積みの守備部隊を、外壁の上で待機している将軍や兵達が絶望的な表情で見ている。これでローゼンヘイムも終わりか、希望は無いのかと思えるほどの数の暴力だ。
最も高い位置から見ても、魔王軍の軍勢は世界を埋め尽くすほどの数だ。
最後の石積みで守備部隊が戦い始めたとき、空から巨大なグリフォンが将軍達の目前に舞い降りる。
一瞬構えてしまうが、グリフォンに跨る者を知っている。
「ふう、間に合った。最後の遅滞作戦は余計だったか?」
「でも、良かったんじゃない? まだ外壁にも達していないわ」
セシルと会話しながら、アレン達が外壁の前でホバリングする。
「これから前に出て参戦します。魔獣の進行をなるべく止めますので、上からの応戦お願いしますね」
(今回はさすがに挟み撃ちできる魔獣の厚さじゃないからな)
挟み撃ちなんてしようものなら外壁が抜かれるかもしれないと思われるほどの、数の暴力だ。
「う、うむ、だが……」
だが、外壁の前に出ていって良いのかという言葉を飲み込む。
外壁の上から戦わないということは、障害物などの守りのない状況で魔王軍と戦うことになる。
そんな状況が分かっているはずなのに、鳥Bの召喚獣に跨るアレン達は、ソフィーを含めて不安な表情をしていない。
(さて、召喚できる数は50体か。Bランクの魔石の数は残り3万個だが、こんなもんか)
現在召喚できる枠数と魔石の残数をいま一度確認する。ティアモ攻防戦と各個撃破で13万個まで増やしたBランクの魔石は、召喚獣の生成と天の恵みのために3日間で10万個も減ってしまった。遅滞作戦を行った3日間の激戦が、魔石の消費量で窺える。
「アリポン達、ドラドラ達、ケロリン達、ハラミ、フカヒレ、ゲンブ出て来い!」
虫Bの召喚獣が20体、竜Bの召喚獣が23体、獣Bの召喚獣が4体、魚Dと魚Cと魚Bの召喚獣が1体ずつ、鳥Eの召喚獣を1体召喚する。今この場では、これがベストな布陣のような気がする。
召喚獣を一気に召喚し、虫Bの召喚獣には産卵させ陣形を組んでいく。
そうこうしているうちに最後の石積みも突破され、魔獣達がアレン達の前に迫る。
「腹が減っただろ。お前らの国には兵站といった概念が無いのか?」
アレンは魔獣達が必死な理由を知った。迫ってくる魔王軍には補給部隊のようなものが見られなかった。その理由は、士気を上げるためなのか、兵站の概念が無いのか分からない。1つ分かっていることは、魔獣達がこの3日3晩ほとんど食事にありつけていないということだけだ。
『来たぞ!!! 弓隊、精霊魔法隊、攻撃を開始せよ!!!!』
『『『おおおおおおぉおおおおおおおおおぉおお!!!』』』
3層全ての石積みを破壊して今にも迫る魔王軍に、外壁の上から攻撃を開始する。
しかし、攻撃力が足りないのか、魔王軍の進行は止まらない。
(さて、援護をしてくれるからな)
「ドラドラ達、火を吹け!!」
『『『おう!!!』』』
最後の石積みで守備についていたエルフ達が避難したことを確認し、召喚獣に指示を出す。
23体の竜Bの召喚獣達が、攻められないように特技「火を噴く」を隙間なく使い、魔王軍を灰にしていく。
「セシルは3つの石積みよりかなり先にプチメテオを頼む。最後に石積みから避難したエルフ達が街に入るまで、魔王軍の進行を緩めたい」
「分かったわ」
アレンは天の恵みを使う。
外壁を挟んで戦った前回と違い、外壁から十分な距離があるので、セシルにエクストラスキル「小隕石」を使ってもらう。
街から離れた位置を目標としたのは、セシルの小隕石は効果範囲が広すぎるので、外壁の上にいるエルフ達の身を案じてのことだ。
「プチメテオ!」
外壁の遥か彼方に、巨大で真っ赤に焼けた岩が落ちる。轟音と共に魔獣達の絶叫が広がるが、魔王軍はまっすぐ向かって来る。
竜Bと蟻Bに子アリポンで構成する召喚獣とアレンの仲間達により、魔王軍の進行を必死に抑える。
(ふむ、ぎりぎり拮抗していると言えなくもないな。魔王軍は残り50万強ぐらいか)
アレンは今の状況を分析する。
今の構成で、どうやら魔王軍の侵攻を、ギリギリ抑えられているような気がする。気がすると言うのは、背後の外壁は守られているが、魔王軍の進軍の範囲が広すぎて、北側の外壁の東西の端が現在戦闘中だったりする。
(もう少しドラドラを多くしないと、外壁の両端から崩れてしまうぞ)
目まぐるく移り変わる戦況で、全ての状況の把握に努める。
虫Bの召喚獣は驚異だ。たった1つのBランクの魔石で、100体もの自らの半分のステータスの子アリポンを毎日生むことができる。
しかし、Bランク程度のステータスでしかない。しかも、攻撃力が1200しかない子アリポンは、殲滅速度が遅すぎる。時間制限がなかったり、敵軍の援軍のない状況では、子アリポンの攻めは有効だが、今はそんなときではない。
殲滅が遅いこともあり、かなりの数の魔獣が北壁の東西端に激突し、エルフ達が必死に応戦している。
(おお! 精霊使いも戦っているな)
北壁の東側には、精霊使いガトルーガがぬいぐるみのようなふわふわしたもの、神秘的な羽の生えたものを出して戦わせている。
ローゼンヘイム最強の男と呼ばれるだけあって、外壁の上から魔獣をどんどん屠っていく。
初めて精霊を視認したなと思ったが、初めて見た精霊はモモンガだったなと思い出す。
(さて、魔石よ持ってくれよっと。アリポンをしまってドラドラを増やしてと)
竜Bの召喚獣を生成するためには29個のBランクの魔石が必要だ。
しかし、その特技は子アリポン以上の威力を発揮する。
虫Bの召喚獣を減らせば、子アリポンも一気に減る。お陰で竜Bが攻撃を受ける機会が増えるため、再生成で魔石がさらに減っていく。しかし、今は殲滅速度が何よりも大事だ。
倒される度に高速召喚でどんどん数を回復させていく。再召喚した竜Bの召喚獣には、まず覚醒スキル「怒りの業火」を使わせることも忘れない。使わずにやられてしまったら勿体ないではすまない。
魔石の消費に比例して、殲滅速度が上がっていくのを感じる。
(これだとすぐに魔石の在庫が切れるな。これは魔王軍の作戦の成果か。さすがだと言っておこう)
アレンは敵軍に賛辞を送っておく。
竜B主体の構成に変えたため、収納にある魔石がすごい勢いで減っていく。
「クレナ、ドゴラはAランクをメインで狙ってくれ! Bランクはセシル、フォルマール、ドラドラとアリポンで十分だ!!」
「「「おう!」」」
数の暴力はセシルの魔法、フォルマールの矢、ドラドラとアリポンでカバーする。
召喚獣がやられ無駄に消耗が激しくなるAランクの魔獣は、クレナとドゴラに優先して狙わせる。
そして、攻防戦は休むことなく続いていく。
(あと1時間どころか30分もせずに魔石が切れる件について。いける作戦だと思ったんだが。って、お! 来た来た!!)
湯水のごとく使ってきた魔石の残数は5000個を切った。
そんな中、魔王軍の行軍から少し離れて並走している1人のエルフを鳥Eの召喚獣が捉える。
エクストラスキルを発動しているようだ。
体全身が陽炎のように揺らめいて見える。そして、肩から大きな袋を引っ提げて、必死にティアモの街を目掛けて走って来るのであった。
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