第92話 強奪

 窓ガラスが割れる音と共に、何者かが3階で暴れているような物音がする。そして、女性の悲鳴が館に響き渡った。


(せ、セシル!)


 手入れをしていた銀食器を放り投げ、1階にいるアレンは3階を目指す。


 いきなりのことで何が起きたか分からない。叫び声は、セシルのものではないことは分かっている。女中の叫び声のような気がする。それでもアレンは階段を駆け上がる。目の前に使用人や執事もいたが、すごい勢いで抜いていく。


 まずアレンの目に止まったのは、セシルの部屋に続く廊下で震えながら立ち尽くす女中であった。そして、扉から廊下まで吹き飛ばされ横たわる従者であった。廊下の壁にめり込むほどの力で吹き飛ばされ、腹から血を流し死にかけている。


 女中を避け、部屋に入る。


(まじか、窓から入ってきやがった!!!)


 3階に設けられたセシルの部屋の窓が大きく破壊され、窓以上の大きさの穴ができている。どうやら、窓から無理やり侵入してきたようだ。


 そこには3人の男がいた。騎士のような風体ではない。革の鎧のような身軽な装備をしているが、冒険者というより、その雰囲気はゴロツキか盗賊のようだ。


 3人の男の1人が腕にセシルを抱きかかえていた。


 それを見ただけで、アレンがすべきことは決まった。収納からミスリルの剣を取り出す。セシルを抱きかかえる男に剣を握りしめ躍りかかる。


 すると、剣を持つ別の1人が邪魔をするように、アレンの剣を受け止める。3人の中で一番体格のいい大男だ。


「なんだ、このクソガキは!」


 罵声を浴びせながらもアレンが振るう剣を全て受け止める。


(やばい、なんだこいつら。強いな。カードを交換しなくちゃ、ああそれと)


 1合2合で侵入者の実力はかなりのものだと把握する。他の2名も同じくらいかと、武器を持った男たちの実力を推察する。


 現在アレンは50体の召喚獣のうち30枚を魚Dのカードにしている。


 アレンは剣を振るいながら、同時に収納から魔力の実を取り魔力を回復させる。生成や合成に必要な魔力が今ないためだ。


 魔力の実を取った後、一瞬後方を見ながら、魔導書を一旦消して、血を噴きだして今にも死にそうな従者の上に再度出現させる。

 ページ部分を下に開いた魔導書の収納から1枚の命の草を空中に出す。ひらひらと命の草が従者の上に落ちていく。


 怪我をした従者はみるみる回復していくが、いつまでも後ろを向いている余裕はない。賊はかなりの腕のようだ。まだ1人も倒せていない。


 侵入者と戦いながらも魔導書を空中で反転し、パラパラと削除、生成を繰り返しながらカードの構成の変更を始める。ステータスが上がっていき力がみなぎってくる。


「ヘルゲイ! さっさとそんなクソガキ殺らねえか!!」


「ああ分かっているぜ。死にやがれ!!」


 男たちも10歳かそこらの子供に手こずるとは思っていなかったようだ。時間もないのか焦っているように見える。


「賊が出たぞ!! 従者は武器を取れ!! 騎士を呼べ!!!」


 廊下では執事が既に状況を把握し、賊の知らせを伝える。男爵も指示を出している。既に従者達は最初の女中の叫びで武装を開始し、廊下に詰め掛け始めている。


「庭にも騎士たちが増えてきたぞ! おい、ヘルゲイもういい。ガキは手に入った、ずらかるぞ」


「逃がすか!!」


 侵入者達はアレンを倒すことを諦めたようだ。短剣を持っていた男が腰の袋から何かを地面に投げつけ、煙があたりに充満し始める。


(毒か?)


 息を止めようとしたが手遅れであった。一気に広がった煙を吸い込んだアレンは意識を失いその場に倒れてしまった。




(ここはどこだ? 意識を失っていたのか?)


 どれだけ時間が過ぎたのか、アレンは意識を取り戻す。意識を失う前の記憶を思い出そうとする。


(もしかしてセシルと一緒にさっきの賊共に攫われたのか? くそ、睡眠か麻痺か。状態異常対策ができていなかったな。これは縛られているのか?)


 自分が攫われたことを自覚したアレンは、周りに賊共がいるかもしれないと、身動きをすることなく体の状態を確認する。切られたり、骨を折られたりしているわけではないが、手足が動かない。縄か何かで縛られ、口元も何かでぐるぐる巻きにされている。拘束され芋虫のような状態のようだ。


(誰か近くにいるな?)


 意識を集中すると、近くに複数の人がいる気配がする。もしかして侵入した賊共がいるかもしれない。


(セシルの確認のためにもここは頑張らないとな)


 まだセシルが無事かどうかわからない。しかし、殺すつもりならセシルをあの場で殺していたはずだと考える。剣を交えて、それだけの実力があったことは分かる。一緒になって攫われたと思われるセシルがどうなったか確認することが最優先と考える。


(賊共めしくじったな。いや、これは幸運だな。目元を縛られていたらやばかったな)


 手足の身動きが取れず、口も塞がれ話せないが、目の周りに何も圧迫感がない。どうやら目を開けて周りを見られるようだ。


 召喚士には1つの大きな弱点がある。それは目だ。


 召喚獣を召喚する場所を目で見て指定しないといけない。だから遮蔽物があれば、その先に召喚はできない。当然、目を閉じていても召喚はできない。


 ゆっくり見えるか見えないかの細めで目を開く。


(なんだ? 倉庫か?)


 アレンが薄目であたりを見ると、そこは倉庫のように見える。倉庫のような部屋には、いくつも大きな木箱が置いてあるのが見える。そこそこの広さの倉庫か何かのようだ。


 木箱の上に鳥Gの召喚獣を召喚する。すぐに共有し、飛び回らないように指示も忘れない。


(よしよし、あんまり召喚しても不自然だが、視界は複数欲しいからもう1体召喚するか)


 2体目の鳥Gの召喚獣を召喚する。鳥Gの召喚獣の視界には、思い思いに座って休んでいる男達がいる。この倉庫のような部屋にいたのは館を襲った3人の賊達だ。


 そして、セシルがアレンの少し後ろに静かに横たわっている。


(セシルだ、これは無事だったとみていいのか)


 鳥Gの召喚獣の視界から、アレン同様に体をぐるぐる巻きにされているのが見える。体を拘束しているということは、生きている証なのではと推測する。


「おい!」


(やばいバレたか!)


 意識を取り戻し捜索をしていることがバレたのかと思う。召喚獣と共有した視界には、倉庫のような部屋に入ってくる別の男が映る。


 アレンに見覚えのない4人目の男が入ってきた。今いる3人とは違い、館を襲撃した賊ではないようだ。


 40過ぎのやせこけた頬の目つきの悪い男だ。格好は他の賊たちと同様、かたぎには見えない。が、どこか雰囲気が他の3人とは違うような気がする。


「なんでしょう? ダグラハの兄貴」


 部屋にいた3人のうちの1人が答える。


(お? 召喚獣を出したことが見つかったわけではなかったか)


「どういうことだ? ガキは1人攫うって聞いていたんだが、なんで2人もいんだ? 1人は使用人のようだが?」


 どうやらセシルだけ攫う予定だったのにアレンもいるのはなぜか訊いているようだ。


「へ、へい。ガキのくせに何か剣を覚えているみたいなんで、奴隷にして売ればいい金になるかっ、げは!!」


 最後まで言い切らないうちに、4人目の頬がやせこけた男が、話をしていた男の脇腹に拳を叩きこむ。殴られた男は革の鎧を着ているがそんなものでは防げない威力のようだ。


「てめえ、おい。勝手なことをしてんじゃねえぞ。聞いていると思うが、今回は俺がリーダーだ。命令には従え。今度余計なことをしたら、ぶっ殺すからな」


「へ、へい。すいやせ……」


 脇腹を押さえ、両肘を地面に突き悶える男が許しを請う。他の2人は助けようとはしないようだ。次からやるなよと言って頬のやせこけた男は部屋から出ていく。どうやら誘拐の首尾を確認しに来ただけのようだ。


「マーカス、大丈夫か?」


 殴られた男を心配しているようだ。


「ああ、大丈夫だ。なんでボスはあんな殺し屋を雇ったんだよ。マジでふざけてやがるぜ」


 腹を殴られて怒りが収まらないのか毒づき始める。


「ああ、たしかゼノフ対策に殺し屋を雇ったらしいぞ」


 まじかよと言いながら、殴られた腹を押さえる。


(くそ、これは完全に攫われてしまった)


 アレンはセシルと共に攫われ、どこかの倉庫と見られる場所に閉じ込められてしまったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る