第44話 見学①
アレンは村長宅に泊まった。
6時の鐘とともに活動を開始する。荷物もないから出かける準備は万全だ。8時過ぎには出かけるとのことだ。腰にはいつものように木刀を差している。
領主、騎士団長、副騎士団長と一緒に村長宅を出る。領主の娘セシルと執事は村長宅でお留守番をする。執事っぽい人はそのまま執事であった。晩餐で執事とかセバスとか呼ばれていた。
(広場が野営地になっているな)
村にある広場では騎士団が野営のテントを張っていた。村のボア狩りが力不足と判断したら、ボア狩りをするつもりの騎士団だ。泊まれる場所がないので野営している騎士が20人ほどいる。
騎士団も既に準備が整っている。馬は置いていくようだ。歩いて領主たちの後ろをついてくる。
(お、ドゴラだ)
ドゴラが少し離れたところからキラキラした瞳で騎士たちを見つめている。今回はクレナを見に来た時の倍の騎士がやってきている。騎士の隊列を憧れの眼差しで見ている。
村の門までやってきた。門には平民と農奴の一団がいる。領主を待って待機中のその数は40人だ。去年狩りに行けるようになった平民と農奴は全員参加している。
「おお! 鎧を着ているではないか!!」
鎧を着ている者が半分ほどいる。それを見て騎士団長が声を上げる。
「はい、ボアの革で作った革の鎧です。全員分は揃えられませんでしたが、負担の大きい者から優先して着てもらっています」
案内係のアレンが回答する。負担の大きいとは? と聞かれるので、ボア狩りの中でご説明しますと答える。
「このために、村長が陳情をしてきたのか」
領主が思い出したかのようにつぶやく。去年18体のグレイトボアを狩った。10体分のボアについては全て納める。しかし8体については肉のみにしてくれと村長が陳情した。これはアレンの発案だ。
肉が欲しいなら肉は納める。しかし、ボア8体分の皮、骨、牙は今後の投資として使わせてほしいと村長に陳情させた。当然ロダン、ゲルダを通して村長に言ったのだ。
領主は目標の15体を上回る18体を狩ることを成功したこともあり、その陳情を聞き入れた。それで今年20体倒せるなら良いという話であった。
「はい、今年必ず20体達成するための準備に使わせていただきました」
「ほう」
「と、父ロダンが言っておりました」
ロダンが考えたことと付け足す。
今回、アレンの目的はロダンの功績を上げまくって、一家を平民にすることだ。アレンが思い付いたことも当然、全てロダンが考えたことにする。それに、アレンが考えたというより、ロダンが考えたと言ったほうが信用されやすい。
全員揃っているので、このままボア狩りの狩場まで行くという話をロダンが騎士団長にする。
農奴や平民が前進をはじめ、その後ろを騎士達が歩いてついていく。
騎士団長に乗れと言われて、騎士団長と一緒に馬に乗る。領主は村まで馬車でやってきているが、今日は馬に乗って狩場まで向かう。
3時間ほど歩いた12時ごろ、狩場に到着する。いつもの狩場だ。
木を組んで作った見慣れない高台がある。2メートルほどの高さに木を組んで作った、10人は乗れる高台だ。
「ぬ? これは?」
「これは領主様がご覧になりやすいように作りました。この上からボア狩りをお見極めください」
見学の準備はばっちりである。そうかと、領主が後方の階段から上に乗る。上には椅子を作っているのでそこに領主が座る。案内係のアレンと騎士団長も高台に上がる。副騎士団長は、騎士と共に高台を囲み始める。領主を守るためだ。
まだ木しか見えない林の奥を見つめる領主。鷹のように険しい目つきだ。
(改めて考えると、領主がわざわざ魔獣の出る林にやってくるとは、覚悟がすごいな。それほどの王命なのか?)
ボア狩りがずいぶんな話になったなと思う。
「これからどうするのだ?」
騎士団長に聞かれる。領主に直接説明をするのではなく、騎士団長に話すべきなのだろう。
「まずは3人でこの広場にグレイトボアを1体誘導します」
「ふむ」
「それから、囲んで倒すという形になります。3人が向かうようです」
ペケジを先頭に3人が奥の林に消えていく。
「あの大盾を使って、ボアの進撃を止めるのか?」
「そうです」
8体のグレイトボアの革、骨、牙の素材を使って作ったもの
・高さ2メートルの革の大盾2帖
・革の鎧17領
・革の胸当て3枚
カバ並みの大きさのグレイトボアだ。素材の量から言えばもう少し装備を作ることもできたのだが、それは作成費用に消えた。
村にこれだけの装備を作る防具職人がいなかったので、隣村から連れてきた。余った革や骨を渡すからとタダで作成してもらったので、お金はかかっていない。
2メートルにもなる革の大盾に目が行く騎士団長だ。
「はい、あの2枚で挟み込むようにボアの進撃を止めます」
「なるほど」
狩りをする農奴や平民、そして大盾を見ながら考え込む騎士団長だ。大体のイメージが掴めたようだ。
ペケジが林の奥に消えて30分ほど経過する。なお、ペケジら釣り班3人は革の胸当てを装備している。急所の胸だけ覆った軽量重視の装備だ。
1時間ほど経過する。まだ戻ってこない。
(む、今回は時間がかかっているな。狙いのボアがいないのか?)
林の中には数百体のボアがいるとペケジから聞いた。白竜山脈の麓から大挙してやってくるという話だ。
「そういえば、剣聖クレナは元気にしているか?」
騎士団長が、沈黙が続くので話を振ってくる。
「はい、とても元気です」
(元気の塊です。元気で出来ています)
「そうか、3年後の春先には講師を送るからそのように伝えておいてくれ」
はいそのようにと答える。
(というと11歳になった翌年か? その翌年に学園の試験だから勉強期間は1年か)
「ん? 大丈夫なのか? もう少し早く送れないのか?」
領主が話を聞いており、口を挟む。試験に落ちたら王都で笑いものになるという話をしだす。
「では、2年後の春先に送るよう執事に伝えておきます」
「そうしてくれ。あの学長は剣聖でも試験で落としかねないからな」
どうやら領主はかなり心配性のようだ。勉強期間が2年に延びる。今から1年半後にクレナの受験勉強が始まる。鉢巻をしたクレナを想像していると、林の奥から物音が聞こえる。
「来たようです」
「うむ」
広場の奥から地響きのような音が聞こえる。
『グモオオォオオオォォオオオ!!!』
出てきたと同時にロダンが激励を飛ばす。皆がその声に応える。
ペケジが林の中から出てくる。そして、ほどなくしてグレイトボアが林を抜けて突進してくるのだ。ペケジしか見えてないようだ。ペケジの真後ろをぴったりついてきている。ペケジの釣りの技術だ。ギリギリの距離を保っている。
大盾と大盾の間を走り抜けるようにペケジが駆けていく。
ゲルダを含む4人は槍を持っていない。4人が二手に分かれて2つの革の大盾の後ろに身構える。吹き飛ばされないように力が入る。
ボアが大盾に激突する。大盾に挟まれるようにボアの突進が止まる。ボアの口の両側に生えた牙が大盾を凹ませる。牙によって大きく伸びるが破れはしない。
「このように突進を止めます。あの大盾はグレイトボアの外皮の中で一番硬い背中の皮を二重に重ねて作っています。その1つの盾を2人がかりで押さえるのです」
「なるほど」
「突進が止まりましたので、ボアが暴れないようにさらに囲みます」
アレンが詳細な説明をしていく。大盾を外してボアの急所を狙えるようにしないといけない。それは今までどおり2メートルの槍を使って行う。
大盾の横にいた囲み班が槍で顔を中心にボアを押さえる。
ゲルダの掛け声と共に後ろで待機していた4メートルの長槍を持った参加者たちが前に歩みを進める。参加者も増えたので顔だけではなく背中まで長槍で攻撃を開始する。
「長槍隊は去年からの参加者です。参加歴の浅い者にやらせています」
「なるほど、防具は負担の大きい、盾や短槍を持っている者を優先させているのだな」
騎士団長が理解したようだ。
「そうです。長槍隊が誤って前方のものを攻撃しないように通達していますが、念のために背中、首、後頭部などの急所も革の鎧で覆っています」
そうかと言って、ボア狩りを見つめる騎士団長だ。
囲い込みも終わったので、ロダンたち止めを刺す班が首元の急所に渾身の力を籠めて槍を突き出す。
「ボアの外皮はとても硬いです。あのように動けなくなったところで首を狙います。どうやら急所に達したようです」
「おおお」
ボアの首から鮮血がでる。それを見て感嘆の声を発する騎士団長だ。
「御当主様」
「なんだ? ゼノフよ」
「彼らは騎士ではありません。しかし戦士でございます。ボアを狩る戦士であります」
それぞれが役割を果たすのは騎士も同じだ。槍隊、弓隊、斥候部隊。どの部隊が欠けても隊の力を失う。
このボア狩りに通じるものを感じているようだ。役割を理解した各自の行動に感動をしている。見事だと何度もつぶやいている。
鮮血を噴き出したボアがゆっくり倒れた。
「たしかに素晴らしい戦いであった。これなら20体の討伐は問題なさそうだな」
倒れたのを見届けた領主だ。
ボア狩りは村の人たちだけで達成できると確証が持てたようだ。領主もボア狩りを見ながら何度も頷いている。
「はい、御当主様、その通りでございますね。ん? 林に入っていった2人が戻ってきたな。なぜあのように全力で走っているのだ?」
3人のうちペケジしか戻ってきていなかったのだが、残り2人が林から飛び出てきた。
もう狩りは終わったはずなのに、ペケジ同様に全力で林の中から駆け抜けてくる。
そして、騎士団長の疑問の答えも林の中から出てくる。
『グモオオォオオオォォオオオ!!!』
『グモオオォオオオォォオオオ!!!』
現れたのは2体のグレイトボア。
血眼になって釣り班の2人に迫るのであった。
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