第10話 石投げ

 10月下旬。アルバヘロンが北に向かって飛んでいく。アレンの名の由来になった鳥だ。


(そろそろ収穫も終わって、完全に狩りの季節かな)


 最近、アレンの父ロダンの機嫌がいい。狩りの季節になったからだ。10月になると男衆の予定を調整して狩りに行く。今年も既に2回ほど芋の収穫の合間に狩りに出かけている。ロダンは身長が180センチメートルを超える大柄で肉付きもいい。猟師になりたかったロダンは、狩の季節を心待ちにしている。2人目の子供のためにテレシアにも栄養が必要だ。


 おかげでアレンやクレナもすくすく育っている。狩りに成功すると参加した者にブロック肉が報酬として配られる。普段豆をタンパク源にしている農奴にとって貴重な動物性タンパク質だ。10月から12月にかけてだいたい10回ほど狩りに成功するので、中々の腕なのかもしれない。


 なお、1月から3月まではホワイトディアというヘラジカのようなCランクの魔獣を狩りに出かけるとのことだ。雪に覆われ、敵も真っ白で発見が難しいということで秋のグレイトボアほどは捕まえられないという話だ。


(ふむ、さて検証結果はどうだったかな)


 昨日の朝、獣Gのモグラに作らせた穴に入れた虫Hのバッタを確認する。


「お! デンカ! 生きているな! これで丸1日召喚しても問題がないということが分かったな」


 庭の隅に掘った穴の中にバッタを入れて、カードから召喚した召喚獣がいつまで召喚されたままでいられるのか検証をしていた。

 攻略サイトもなく、質問も受け付けないとのことなので、召喚獣の性能については自ら試行錯誤で検証しないといけない。庭先に自由に出られるようになったので、あれこれ検証をしてみようと思う今日この頃だ。


 なお、デンカとは虫Hの愛称(名前)である。

 召喚獣にはそれぞれ名前を付けられる機能があり、虫Hではなく愛称でも生成、召喚、合成が可能である。声を出す必要もなく、念じるだけでよい。


召喚獣の名前一覧

・虫H デンカ(バッタ)

・虫G ピョンタ(カエル)

・獣H チョロスケ(ネズミ)

・獣G モグゾウ(モグラ)

・鳥G チャッピー(インコ)


 明らかに召喚獣というよりペットに付ける名前である。変更は何度でも自由で、魔導書の名前欄を変更するだけでよい。


(さて次はと)


 アレンは、虫Hをそのままにして、庭に生えている木のもとに行く。足元には10個の石ころが落ちている。アレンが置いたのだ。アレンはおもむろに拾い、木に向かって1個ずつ投げ出したのである。投げながら、3年ほど前に異世界に来たことを思い出す。


(たしかヘルモードの説明は、職業で選択したスキルのみ初期に入手することが可能です、だったよな。俺なら召喚術だ。これは別に、他のスキルは獲得できませんという意味では決してないよな)


 木に石ころを10個投げたら、拾い集め、地面に「正の字」でメモしながらまた投げ出す。


(とりあえず、100個だ。毎日100個投げて、スキルの取得条件の法則性みたいなものを発見しないと)


 アレンは石を投げて、いわゆる『石つぶて』のようなスキルが獲得できないか確認がしたい。


 この小石投げにより、召喚関係以外のスキルの獲得は可能か、スキル取得の条件はどんなことがあるのか、なるべく早めに知っておきたい。せっかく0歳から異世界に転生したので早めに知って損はない。


 現在合成のスキル経験値を稼いでいるが、基本的に魔力を消費するだけで、1日数分が3セットで終わる。この異世界において、やり込みたいアレンにとって、それはあまりにも物足りない。


 遠くのほうで12時を知らせる鐘が鳴る。

 

「アレ~ン、お昼ご飯よ~」


「は~い、ママ」


 どうやらお昼ご飯のふかし芋ができたようだ。家に戻る。まだ、お昼前である。アレンは石投げを午前中の日課にしようとしている。




「またあしたもあそぼ~ね! あれん!」


「うん」


 それから4時間が経過する。そこには、今日もへとへとに騎士ごっこで遊んだアレンがいる。テレシアに促されて、クレナは走って家に帰る。灯りの少ない開拓村で、特に郊外ともなると夜は真っ暗になる。さすがに危ないので、食事を食べていきなさいとはあまり言わない。


(今日も終わったな。もしクレナが毎日来るなら、剣術のほうが先に上がりそうだな)


 本日も防戦一方だった。毎日騎士ごっこするなら、剣関係のスキルが生えてほしいとも思う。


 今日もテレシアが作った夕食が並び、親子3人で囲炉裏に座る。農奴は質素で貧しいが、食べるものが少ないかと言われたら、そんなことはない。ロダンだけでいっても、身長180超えの体格のいい人間が、朝6時から午後4時まで肉体労働を行う。消費カロリーは現代人の平均を上回る。


 油などの調味料は少なく、肉もほとんど出ない状態でそれだけのカロリーを摂取する必要があるため、必然的にそれなりの量になる。イモ、小麦を練って焼いただけのパン、豆が並ぶ。薄いスープに夏に取れて乾燥させておいた野菜が入れられている。


「今日そういえば、木に石を投げていたわね」


「うん」


 さすがに、息子がよく分からないことをしていたので、テレシアは気にしていたようだ。


 ロダンも反応する。テレシアはアレンが黙々と木に向かって石を投げていたことをロダンに報告する。


「なんで、そんなことをしていたんだ?」


「うん、パパがおうちの外は魔獣が出るかもしれないからって言っていたから。出てきたら石でやっつけてママを守るんだ!」


 考えておいた理由を子供らしく笑顔で答える。アレンはテレシアやロダンから家を出てはいけない理由として、魔獣が外にいるかもしれないという話を聞かされ続けていた。


 この開拓村は柵で覆われており、柵の外も低位の魔獣しかいないと聞いている。しかし、そんな低位の魔獣であっても、塀の隙間からたまに入ってくる。発見したら、すぐに見張りであったり、村の大人達に退治されるが、それでも子供にとって危ないことには変わりない。


(角が生えた兎みたいなのが出るんだっけ。うまかったな)


 覚えているだけでもロダンは過去に2匹ほど捕まえてくれて、食卓に並んだことがある。中型犬ほどの大きさの角の生えた兎であった。捕まえた人の物という不文律があるので、貴重な肉として発見したら我先にと捕まえられる。


「もうアレンったら」


 食事中であるが、テレシアがアレンの回答に感動して強く抱きしめる。


「おお、そうかそうか!」


 どうやら、息子が勇敢に育ってくれてロダンは嬉しいようだ。子供の答えとしては満点に近かった。わしゃわしゃとテレシアに抱きしめられたアレンの頭を撫でる。


「もちろん、クレナちゃんも守ってあげるのね」


「うん!」


 クレナが既に角兎ぐらいには負けないことは、ゲルダから聞いているロダンである。だから、クレナのほうからアレンの家にやってきているということもある。


「そうだな、騎士ごっこも楽しくやっているし、5歳になったら鑑定の儀があるからな。うまいこと才能があればいいけどな!」


「そうね」


(お? なんだ? 初めて出てきたワードだな)


「かんていのぎ?」


「5歳になったらね、みんな神様に才能があるか見てもらうのよ」


 テレシアが教えてくれる。この異世界では、農奴も含めて、全ての人に対して才能を調べる儀式があるということを知らされる。才能無しとの鑑定結果を受ける人も大勢いるので、期待してはいけないなどと言う両親こそが期待していると感じる。どうやら、才能ありと鑑定されるのは、農奴から脱出できる数少ないチャンスのようだ。


 午前は石投げ、午後は騎士ごっこ、空いた時間に召喚の検証、定期的に魔力消費によるスキル経験値獲得、テレシアの手伝いという日々が続いていくのであった。

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