04.「それは、秘密です」

ビダンが店から出ていく。


一瞬あとを追うか考えたけれど、やめておいた。


今更嘘をついて姿を眩ますとも思えない。


それに、あいつが本気で尾行をまこうと思えば防げないだろう。


あたしとあいつの間には、ランクの差以上に冒険者としての経験の壁があった。




昼には宿に戻ると言っていたので、それまではしばらく時間が空く。


同じテーブルを囲む聖女様とふたり、朝食は済んでいてこのまま店を出てもいいのだけど、彼女に聞いておきたいことがあった。


暇な身ではないと言っていたけれど、あたしが席を立つまでは彼女もここを去るつもりはないようだったので、遠慮せずに話しかける。


「聖女様は」


「ティアナでいいですよ」


「じゃあティアナは、ビダンと知り合いなの?」


横で見ていた二人のやり取りは、どう見ても距離感が昨日初めて顔を合わせた人間同士のそれじゃない。


「はい。以前に一度、貴方のお姉様ともお話をしたことがあります」


予想していた答えではあった。


あいつとお姉ちゃんの繋がりは、あたしの記憶がまだ残っている子供の頃より更に前からだったから。


あいつと聖女様が知り合いなら、お姉ちゃんとも知り合いなのは自然な流れだ。


「ビダン様がいた勇者様一行には、一度助けていただいたことがありました」


「助けられたって言うのはどういう?」


「それは、秘密です」


からかうように言う聖女様に口をつぐむ。


断られればそれ以上は聞けない。


というか言葉を重ねてまで知りたいという態度をとりたくなかった。


「あいつが人助けって言うのも想像できないけど」


「そうかもしれませんね」


ティアナは軽く笑う仕草にもどことなく美しさを感じさせる。


そんなことを再確認して浮かんできた疑問がひとつ。


もしかして恋愛の対象としてビダンのことを見ているのか。


気にはなるが直接聞けるほど親しくはなかった。


なので少し遠回りして会話を進める。


「ティアナは本当に、あいつの旅に同行したいの?」


「はい、断られてしまいましたが」


そもそもこの街に移動してきた目的が謎なので、さらに旅に出るかも謎だったけど、それ以上にティアナが同行を求めるのは不思議だった。


いや、一度助けられたと言っていたからその恩返しなんだろうか。


頭の中で疑問を重ねていると、逆に聖女様に聞き返される。


「イリス様はなぜ、ビダン様と御一緒に?」


「あたしは……」


あたしの事情をなんでも話す気はならない。


だけど、それ以上に、あたしの気持ちをどう説明するのが正確なのか、自分自身でも上手く言葉にできる自信がなかった。


そんな内心の戸惑いがあって、上手く誤魔化せずに言葉に詰まる。


そしてそんなあたしの様子を見て、ティアナがなにかを納得するように頷く。


「なるほど、つまり恋ですね?」


「違いますけど!?」


何を勘違いされたのかわからないけど、そんな正の方向の感情ではない。


そもそも昨日と今日で、外側からあたしとあいつの様子を見ていても、そんなふうに見えるとは思えなかった。


「そういうのはティアナの方じゃないの?」


彼女の強い執着は、それが恋という感情なら分かりやすく説明できる気がする。


だけどその予想は見当違いだったようで。


「わたくしは違いますわ、強いて言えば愛ですわね」


「愛!?」


愛、愛ってなんだろう。


感覚で言えば、恋より上の感情に思えるけど、彼女の真意はわからない。


そもそも本当のことを言っているのかも怪しいところだけど。


信用できないというよりも、安易に自分の胸の内を明かさなそうな印象がティアナにはあった。


「どっちにしても大変そうね」


相手が相手だけにティアナの苦労が偲ばれる。


というか昨日からの時点でもう対応が酷かったし。


あいつとの同行を諦めないならこれからも苦労することになるだろう。


「この後はどうするの?」


「もちろん、ご一緒させていただきますよ」


だけどティアナは諦める気はないらしい。


「本当に戻ってくるかはわからないけどね。今だって一人でなにやってるのか」


自分の意思で戻ってこない可能性もあるし、自分の意思以外で戻ってこない可能性もある。


なにかトラブルに巻き込まれるとか。


「でしたら見てみましょうか」


言った聖女様が片手で自分の左目を隠して、微かに眉を動かしてから動きを止める。


何をしているんだろうか。


その答えはすぐに返ってきた。


「今は道具屋で買い物をされていますね」


「なんでそんなことが?」


「わたくしのスキル、<<遠見>>の効果です」


口振りから察するに、離れた場所の様子がリアルタイムで見れるスキルのようだ。


「便利なスキルね」


「そうでもありませんよ。離れていては見るだけではどうにもならないことも多いですから。なのでわたくしはこのスキルは余り使わないことにしています」


「ふーん」


特別なスキルを持たない自分からすれば羨ましい限りだけど、彼女の口振りからは謙遜だけではない感情が見てとれたので軽率に深掘りするのはやめておく。


聖女というクラスについてあまり知識はないが、人並み以上の苦労があるんだろう。


もちろんそんな苦労はあたしにはわかるわけもない。


しかしあいつは今買い物してるのか。


それなら急にどっかに行って姿を眩ます心配はない、かな?




その予想通り、あたしとティアナが二人で宿屋に戻ると、しばらくしてビダンが帰ってきた。


「街を出るぞ、着いてくるなら準備しろ」

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