第30話「ご機嫌と緊張」
「…………」
家――というか、もはや屋敷みたいな建物の前に立っている俺は、門を開けることに少し躊躇していた。
「何今更緊張しているの? 自分の家でしょ?」
「夜見さん……。いえ、よく考えると一ヵ月以上勝手に家を出ていた上に、学校も休んでいたので父さんめちゃくちゃ怒ってるんじゃないかなって……」
「まぁ、用がなくてそんなことしてたら、ボコボコにされた上に山に放り投げられていただろうけど、今回は理由を知ってるから大丈夫だよ。それに、夜見が話はつけてるし」
それもそうか。
ほんと、理由を話していなかったら命がいくらあっても足りないような目に遭わされていただろうけど、今回はちゃんと理由を話しているから理不尽な目には遭わされないと思っていい。
それに、夜見さんが付いてくれている手前、父さんも乱暴なことは出来ないだろう。
あの人、雇い主の娘だからか夜見さんにはめちゃくちゃ甘いし。
「なら、とりあえず入りますか。ただ、一つ気になっていたんですけど……」
「今度は何?」
門に手を添えた状態で夜見さんのほうを振り向くと、とてもめんどくさそうな表情を向けられた。
お前まだ駄々をこねるつもりか、とでも言いたそうな表情だ。
「いえ、なんだか見覚えのない車が駐車場に止まっていたな、と思いまして。もしかしなくても、父さんが会わせたいと言っていた大切な相手がもう来てるってことですかね?」
「君、そういうのは気が付かずに入って、鉢合わせするからこそ面白いんだよ?」
「俺の人生に面白さを求めないでください……」
どうやら俺の勘は正しかったようだ。
となると、別の意味で緊張をしてくるな……。
おそらくこれから俺の母親になる人だろうし。
「それでは、夜見さんは車で待っていてもらえませんか?」
「えっ、おしおきされたいの?」
「なんでそうなるんですか……」
母親になるかもしれない人と会うのに、よその女の子がいたらまずいということで俺は夜見さんにお願いした。
それなのにどうしてこんな白い目を向けられないといけないんだ。
「夜見も、挨拶をしておきたい」
「えっ、それはちょっと……」
「何か問題?」
「むしろ、問題しかないと思うのですが……」
確かにこれから会う人が母親になる人であれば、今後は夜見さんとも関わりを持つことにはなるだろう。
夜見さんのお父さんは俺の父さんのクライアントだし、夜見さんは俺のクライアントなのだから、家族ぐるみの付き合いとして必然関わりは出てくる。
しかし、挨拶は家族になってからでいいのではないのか?
むしろここで踏み込んでくるのは失礼になると思うんだが……夜見さんらしくないな。
「今度では駄目なのですか……?」
「だめ。それに、話はついてる」
「いったいどれだけ先に手回しをしているんですか、あなたは……」
まさか、挨拶をすることにまで手を回しているとは……。
本当にこの人は準備のよさが怖いな。
「それよりいいの? 約束の時間をすぎるほうが痛い目に遭わされると思うけど」
「確かにそれはそうなのですが……まぁ、いっか。父さんに話はついてるってことだし」
「ふふ、楽しみ」
「…………」
あれ、なんだろう?
なんだか嫌な予感しかしないし、一瞬寒気がしたんだけど?
しかし、約束までもう時間がないのも事実なわけだし……。
「えっと、変なことはしないでくださいね?」
「大丈夫、合理的なことしかしないから」
「いえ、何もしないでください」
絶対この人何か企んでいるな……。
さすがに、俺の家に住むとかは言い出さないだろうけど……。
「では、行きましょう」
「んっ」
俺は門を開けて夜見さんとメイドさんを先に中へと入れる。
そして一応の礼儀として、彼女たちに案内するように前に出て、庭の中を歩いた。
とはいえ、夜見さんの家と違って庭は狭いので、すぐに扉の前には辿り着いたのだけど。
「――ただいま」
「ふむ、やっと帰ってきたか」
屋敷の扉を開けると、着物に身を包んだいかついおじさんが立っていた。
仁王立ちで待ち構えているとか、今から決闘でもするつもりなのだろうか?
というか、普通に怖いからやめてほしい。
なんだかいつにもまして無愛想だし。
「父さん、待たせてごめん」
「いい。それよりも、こっちに来てくれ。夜見さんたちもどうぞ」
父さんはそれだけ言うと、踵を返して奥へと入っていった。
俺は靴を脱いでスリッパを履き、夜見さんとメイドさんにもスリッパを用意する。
そして歩き出そうとすると――。
「緊張してる。珍しい」
夜見さんが、クスクスと笑って何やら呟いた。
「えっ?」
「わからない? あれ、相当緊張してる」
「もしかして、父さんですか?」
「んっ」
「そんな、まさか……」
あの父さんが緊張?
ちょっと想像がつかないんだけど……。
「だから、いつも以上に無愛想になってる」
「なるほど……?」
「ふふ」
首を傾げると、夜見さんはご機嫌な様子で微笑んだ。
本当に今日はなんだかご機嫌だ。
今までで初めて見るくらいにご機嫌かもしれない。
だからこそ、この後何が待ち受けているのか俺は不安で仕方がなかった。
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