第7話 日記

 夕暮れが、少しづつ顔を沈め、だんだんと夜が迫る。

 僕はその光景をたった一人、公園の芝生の上で眺めていた。


「なぁ、天城。お前はいったい―――」

 ふと呟いた言葉が、白い息と混じり、冬の夜空へと消えていく。

 その手には2冊の天城が残した日記が握られている。

 赤い斜光がだんだんと細くなり、そして最後に眩く線を描いて地平線へと沈んでいった。


 天城の実家を訪れた夜のこと、僕は夜通し、彼女の日記を一枚一枚丁寧に読んだ。

 日記の初めのページは4月6日から始まっていた。


『20××年 4月5日(月)晴れ 今日は入学式!晴れて良かった!今日から私もJKだって(笑)香奈ちゃんとは別々のクラスになっちゃったけど友達できるかな……。少し不安だけどこれから3年間頑張る!(笑)』


 B6サイズの日記の一ページには2日分の記録が書き込めるようになっており、3行ほどの短い文章が書き込まれている。

 高校入学当時の不安は、僕にも手に取るように分かる。


 天城とまったく同じことを僕は経験しており、それを思い出して思わず笑ってしまった。

 そこから日記は、真面目に1日毎に欠かさず書かれている。


『20××年 6月11日(金)晴れ 体育祭めちゃくちゃ疲れた~!っていっても私は外から見てただけなんだけどね(笑)応援疲れってやつかな(笑)そうそう、いっつも教室の隅っこで本ばっかり読んでる小林君が陸上部だなってびっくりした!やっぱり人って見かけによらないんだね(笑)』


『20××年 8月2日(月)晴れ 今日は定期健診に行ってきた。ちょっとだけ不整脈が出てたけど大丈夫かなぁ……。でも心配してたって何も始まらないよね。明日は夏祭りだ!楽しみ』


『20××年 9月3日(金)くもり 今日は学園祭の出し物決めをした!お化け屋敷とか縁日とか色々でたけど、やっぱり私は喫茶店がいいかな!メイド服も着てみたい!学園祭、ちゃんと出れるといいなぁ』


『20××年 10月25日(土)晴れ 今日は学園祭だった!最高に楽しかった!途中、体がしんどくて抜け出しちゃったせいで後夜祭には出れなかったけどすごくよかったなぁ。他のクラスの男の子から声かけられるなんて思ってなかったから緊張しちゃった(笑)』


『20××年 11月30日(火)雨 最近、階段を上るだけで息苦しい。うちの学校にもエレベーターとかあるといいなぁ。私の体力がなくなっちゃったのかな』


『20××年 12月24日(金)雪 今日から冬休み!しかもクリスマスイヴ!香奈ちゃんは彼氏とデートだってさ!くそ、羨ましい!私も彼氏ほしい!(笑)お母さんから、クリスマスプレゼントに望遠鏡貰っちゃった!星ってすごく綺麗』


『20××年 2月21日(月)雨 不整脈が続いてるみたい。薬の数増えちゃった。飲みたくないなぁ』


『20××年 4月20日(水)くもり 気づいたら病院にいた。昨日の記憶があまりない。苦しくて、それから……分からないや』


『20××年 5月10日(火)晴れ 今日から学校に行ける!中間テストも近いし、遅れた授業分勉強しないと(泣)すごく疲れるなぁ』


『20××年 10月10日(月)くもり また入院になった。レントゲン取ったら心臓の血管が詰まってるんだって。手術しなきゃいけなくなっちゃった』


『20××年 12月24日(土)雨 まさか病室でクリスマスケーキ食べるなんて思ってもなかったよ(笑)ケーキって美味しいからいくらでも食べられるって思ってたけど、やっぱり一人だと、一切れでお腹一杯になっちゃうな……。去年貰った望遠鏡で見える星、すごく綺麗。私も星みたいになれるかな』


『20××年 3月10日(金)くもり 久々に学校に行けた。みんな私に優しいし、いろんな話を聞かせてくれた。私もあと何回学校に行けるんだろうなぁ。なんかそう思うとすごく寂しい。制服着て香奈と遊び行ったり、デートしたりしたかったなぁ』


 次のページを開くと、すべて空欄になっていた。

 残り10ページほどだというのに、そこには真っ白なページだけが存在している。


 僕は1冊目の日記を読み終え、2冊目の日記を開く。

 そこには、1冊目のような学校生活のことは書かれておらず、入院生活のことが書かれていた。


『20××年6月9日(金) 今日は体育祭だった。私は病室からリモートで観戦。昨日、心臓の精密検査をしたけど、孔っていうの?欠損孔って呼ぶらしいんだけど、少しだけ大きくなってるみたいなんだって。最近は酸素吸引してないといけないからちょっとだけつらいかも』


『20××年8月8日(火) 病室から見える入道雲がすごく綺麗だった。あの下はきっと大雨なんだろうな。夏なのに涼しい……』


『20××年9月12日(火) 疲れた』


 そこから、日付が3日おき、5日おきとなっていく。

 しかも、どの日記にもただ一言「疲れた」、「眠い」とだけしか書かれていない。

 読んでいくうち、僕にだんだんと不安が蓄積していった。

 そして、彼女の最後に残した日付までたどり着く。


『20××年12月24日(日) たすけt』

 最後の文字が蛇行し、途中で線は途絶えていた。


 この日、彼女は亡くなった。

 天城の母から聞いた話では、彼女は東光町森の丘公園で倒れているところをたまたま散歩をしていた通行人に発見されたのだという。


 彼女は時々、病室を抜け出して、望遠鏡片手に星を見ていたらしいのだが、その日も望遠鏡を持って、公園に訪れていた。

 死因は、急性心筋梗塞であった。

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