第4話 依頼④

 俺は慌てて首を振った。


「違います、違います。俺はこの事務所に勤めている者で……雪ひ――所長なら、中です。どうぞこちらへ」


 正門を開け、女性を案内する。

 ――まさか、うちの事務所に協会関係以外で依頼人が来るなんてっ!

 夏が近いってのに、雪が降りそうだ。……いや、槍とかかな。

 ああ、そうだ。携帯で雪姫に伝えて――切れている。人の気配を察知して自室へ引き籠りやがったなっ!?

 飛鷹雪姫はとにかく人が嫌いなのだ。

 一年前、俺と出会った当初なぞ、仕事を依頼してくる協会の人間とすら一度も会ったことがなかった、と言う。

 俺は思わず舌打ちした。


「……ちっ」

「どうかされましたか?」


 後方の女性が訝し気に声をかけてくる。

 ぎこちない笑みを浮かべ、説明。


「いえ……此方の事です。こんな格好ですいません。どうぞ」


 玄関扉を開け、女性を屋敷内の客間へ通す。

 そして「今、お茶をお持ちします。少々、お待ちください」と告げ、リビングへ。

 案の定、雪姫の姿はなくあるのは、冷蔵庫に張られたメモ紙のみ。


『万事、任せたっ! なお、仕事は断っておくれっ!!』


 ……何時か締める。

 携帯でメッセージを打ち込みながら、電気ケトルでお湯を沸かし、トレーナーとジーパンを脱ぎ、仕事用の白シャツとスーツに着替え、ネクタイを締める。

 ……今年に入って袖を通したの何度目だ?


『実質、初めての依頼人だぞっ! 降・り・て・来・いっ!』

『嫌だっ!!!!! 人間なんて嫌いだっ!!!!!(※唯月だけは除く。嬉しいかい? ふふふ……そんなに嬉しがらなくてもいいんだよ☆)』

『…………今日のチキンライスは無し』

『!?!!!! 酷いっ! あんまりだっ!! 唯月には人を思いやる心がないのかいっ!? 第一、チキンライスは昨晩、私が君を助けた際の対価だろう!?!! 魔術師が対価を払わないのは、世界の法則が乱れるじゃないかっ!!!!!! 私は、認めないよ。ああ! 断固っ! 認めないともっ!!! 飛鷹雪姫の名において、今日のお昼はチキンライス(私だけタンポポオム。メッセージ付き☆)だ。それ以外は認めない』

『勘違いするな。枕詞に『俺の』がつく。出前を取る』


 二階から大きな音がした。大方、雪姫がベッドから転げ落ちたのだろう。

 客用の紅茶を丁寧に淹れ、お茶菓子を選ぶ。

 えーっと……この前、魔術師協会の人が持って来てくれたクッキーでいいかな?

 携帯が鳴った。スピーカーに。


「嫌なら、降りて来て、依頼人に会えっ!」

『うぅぅぅ………………汚いっ! 長遠唯月は何処まで汚くなれるんだい? 言っておくけれど、私をそんな風に虐めるのは、世界で君だけだよ? こんなに、綺麗で、お金持ちで、君を誰よりも大事に想っているご主人様へその仕打ち……人として恥ずかしくないのかい??』

「全然」

『言い切ったぁぁぁ…………唯月が虐めるぅぅぅ…………私のタンポポオムライス…………』

「偶には違う味も美味いぞ?」


 トレイにカップとお茶菓子を載せ、携帯を手に取る。

 ああだこうだ、と言っているが……雪姫は降りてこないだろう。

 心底拗ねた声。


『…………君の料理以外は食べられないの、知っているだろう? 嗚呼! 唯月。君は何て、罪深いんだっ! 一年前なら、他の料理でも辛うじて食せた、というのに……この責任、どうつけてくれるんだい?』

「そうだなー。次は南瓜とトマトだなー。大丈夫だ。最近、料理楽しくなってきてるから」

『うぅぅ…………ゆづきのバカぁぁぁ……。――ああ、依頼は君の判断で構わないよ』

「ほいよ」


 最後だけ真面目に告げてきたので応え、通話を切る。

 ――普段、全く依頼人が来ないうちの事務所に、朝っぱらから魔力を感じられない依頼人。

 怪しさ満点だ。

 そして、ぐーたら引き籠り魔女は絶対無敵でも、俺は『使い魔』も使役出来ない、落ち零れ魔術師に過ぎない。

 ――やばかったら、即断ろう、うん。

 決意を固め、客間へ戻る。

 女性は椅子に腰かけ、静かに待っていた。


「お待たせしました。それと――申し訳ありません。生憎、所長は別件がありまして……少々、長い電話になるようです。御用件は私がお伺いします。所長のアシスタントをしている、五級魔術師の長遠唯月です」

「……そうですか」


 古い木製テーブル上にトレイを置くと、紅茶の良い香りが漂った。

 咳へ座り、視線で促す。


「ありがとうございます。――私はこういうものです」

「頂戴します」


 女性が名刺を差し出してきたので受け取る。


『二級魔具士まぐし 白峰塔子しらみねとうこ


 俺は目を見開いた。

 魔具士—―魔術師達が使う様々な道具を作る職人であり、魔術士同様、級でランク付けされている存在だ。

 二十代前半で二級。間違いなく才能がある。

 ただ『白峰』という姓に覚えはないが……。

 俺は女性と視線を合わせた。


「端的に。御依頼の内容をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「はい。まずはこれを見てください」


 白峰さんは脇に置かれた鞄から、数枚の写真を取り出し、テーブル上に置いた。

 ――そこに映っていたのは、小さな木製小箱。幾重にも赤黒い糸で結ばれている。

 俺は顔を顰めた。


「……呪物、ですか。しかも、旧式ですね」

「その通りです。お若いですが、目は確かなようで安心しました。……これは、私の先祖が手掛けた【匣】です」


 ――魔術には、『新式』と『旧式』がある。

 俺達が専ら使っているのは明治維新以降に作られた『新式』で、諸外国の魔術がベースになっている。

 対して、『旧式』はそれ以前。日本古来の魔術を指す。

 そして……【匣】。

 白峰さんが、深刻そうな顔で告げる。こうして見ると、若く見えるな。


「これは、長年に渡り私の家で、誰も知らず封じられていました。ですが……つい先日、百障子の残党によって盗まれてしまったのです。私の依頼はこの【匣】の奪還となります」

「……魔術師協会に何故、頼まないのですか?」

「理由はお分かりでしょう?」

「…………」


 俺は沈黙する。

 ――魔術師協会が結成されたのは、明治維新以降。

 それ以前に作られた【匣】が盗まれた、と訴えた際、間違いなく調べられるのは『登録されている』か、だ。

 そして、この【匣】は……おそらく、魔術師協会に登録されていない魔具。

 俺は尋ねる。


「……中身は?」


 白峰さんが目を細めた。

 そこにあるのは……更なる深刻さ。


「恐らくですが……一級以上の『使い魔』です。街中で解き放たれれば、簡単にテロを起こせるレベルの」

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