第132話 夫は宝くじで……

 施設に行くと、夫にあることを頼まれた。

「年末ジャンボ40枚買って!」

 

 40枚? 思わず

「バラ10枚。連番10枚でいい?」

 と交渉する私に

「うん」

 と答える夫。


「10億円当たったら、どうするの?」

 そう訊ねると

「マンション買う。熱海と駅前に。それから、旅行に行く。そして、トゥルースリーパーと調理家電を買う」

 意気揚々として応える夫。


「……トゥルースリーパー? もしかして、腰痛いの?」

「うん」


 それを聞いていた娘が

「12月誕生日でしょ。トゥルースリーパーは私がプレゼントするから」

 そう叫んだ。

「プレミアムな」

 と夫はおねだりをしていた。


 暫くして、私は気になっていたことを訊ねた。

「倒れた日のこと覚えている?」

「いや」

「手術したことも?」

「うん」


 そうか、あの日のことを覚えていないなら、その方がいいか。

 そう思っていると、夫は動かない左肩を右手で抑えてこう言った。


「俺、車に轢かれたんだよ」

「……」


 どうやら夫は、車に轢かれて入院していると思っているらしい。


 夫の記憶はこうして改ざんされるが、日常の会話ができるのでコミュニケーションに困ることはない。

 

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