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 五年前、ボクは23歳にあと2週間でサヨナラ、と言う頃。


 この当時、ハル君は、17歳にもなったかならないかくらいだったハズっス。

 いくらなんでも、高校生に見られるのは、心外っス。一応スーツだって着ていたっスよ。



 ただ、まだハル君の存在を知らないボクは、そんな土岐田さんの勘違いにも気付かず、ただ『お先真っ暗』っていう言葉に反応してたっス。


「……どういうことっス? こんな若いのに可哀想って? いったい何が見えるんスか?」

「……えっと、ここじゃなんだから、場所変えよっか? ……ゴメンね、美晴さん。せっかくたまには一緒にランチしようって誘ったのに」

「もう食べ終ったから大丈夫よ。私達は、あとデザートがあるから、ゆっくりしていくわ。キリの分のお土産も、頼んであるし。その子、助けてあげて」

 よく見たら、テーブルには、他にも、小さな男の子と高校生くらいの男の子がいたっス。二人ともキレイな顔立ちをしていて。小さな子は、幼稚園か、小学生1年生くらい。


 高校生くらいの男の子は、真っ青な顔をして、気分が悪そうだったっス。なのに、ボクと目が合うと、ニッコリ笑って。

「お兄さん、もう、大丈夫だから」

 そう、泣きそうな声で、言ったっス。

 何が大丈夫なのか、全然分かんないまま、でも、何だか妙に安心して。

 また、涙が出そうになったボクの背を押しながら、カッコいいお兄さんは、家族に謝って。

「ホントごめん。ハル、ナミ、また後でね」

「うん、お仕事頑張ってね。お兄ちゃん、助けてあげてね」


 後から考えると、きっと美晴さんもナミくんも、ボクの歳、勘違いしてたっスよね?

 て言うか、土岐田さんだって、外見詐欺っスよ?

 この時、ボク、絶対同じ歳くらいだって思ってたっス。30歳過ぎとか、あり得ないっス!


 まあ、それは置いといて。


 土岐田さんに連れていかれたのは、明知屋の二階、そう、『明知探偵事務所』の一部屋っス。


「単刀直入に言うけど、色々ヤバいもの、背負ってるんだよね、キミ。何か、ものすごい罪悪感抱いていることがあるんじゃない?」

「……罪悪感、スか? ……そうっスね。そう言えば、そんなことも、あったっス……」

「あった、ってことは、今は、もう何とも思ってないのかな……そう、思い込んでいるだけ、なんじゃなくて?」

「そんなこと……考えるだけ、ムダっス、よ。考えたって、どうにもなんないっス。考えたって……ツラ……い、だけ……」


 言い訳しながら、ボク、泣いてたっス。

 ハンバーグ食べながら泣いてた時の3倍くらい、もう、ボロ泣き。

 気が付いたら、人の良さそうなオジさんが、タオル貸してくれたっス。丸っこくて、騙されやすそうな、イイ人っぽい、この人が、明知小太郎所長だったっス。

 その顔を見たら、今まで押し込めていた感情が、どっと溢れてきて。


 こんな優しい、イイ人達を、騙す手助けを、ボクはしてきたんだ。


 後始末するだけ、って言いながら、自分を誤魔化して。でも、ボクのやっていたことは、せっかく騙されたことに気が付いて、お金を取り戻そうとした人を、また暗い穴に引き戻すことじゃないか……騙しているのと、おんなじっスよ……。


 そう思ったら、訳も分からず、唐突に、みんなぶちまけたっス。


「……えっと、キミ、ハタチ過ぎ? 嘘だろ?」

「……瑛比古、反応するの、そこじゃないだろ? っていうか、お前が言うな。この万年20歳代が」


 この時は知らなかったっスけど、明知所長、警察OBで、元同僚にもバリバリ現役の警察官が沢山いて、速攻で某ブラックなイカサマ商品販売会社、摘発したっス。

 ボクも同罪だったんスが、良心を持って内部告発をした協力者で、そもそも半分騙されて入社させられてたってこともあって、罪一等減じられて、厳重注意の不起訴処分、ってことになったっス。


 で。


 あの時、土岐田さんに見えていたモノなんスが。


 警察への通報の最中、土岐田さんが話すには。


「……いや、多分、罪悪感の塊になっていたところへ騙された人達の怨念やら、同僚の人達の後ろめたさとか、罪の意識やらが、小早川クンに引き寄せられちゃったと思うんだよね。で、その頃と前後して、その罪悪感に蓋しちゃったもんだから、一緒にその怨念やらもキミの体に封印? みたいな感じで根付いちゃって。で、更に怨念は引き寄せられるし、その影響で感情も含めて、色んな感覚、どんどんマヒさせて行っちゃって……キミも、キミの守護霊も、悲鳴上げていたんだよね」

「……ボクと、ボクの守護霊、っスか?」

「うん。キミも、相当苦しかったんだと思うよ。気が付かないうちに、心が悲鳴上げていたんだと思う。おかげで、楽しい家族ランチ中断して、キミの対処せざるを得なかった」

「そんなに、顔にでも出てたっスか? あ、まあ、泣いちゃっていたっスね、確かに」

「それ以上にね。うちのハルが、真っ青になって震えていたし。相当、ヤバいなあ、って。あ、あと、キミに連なる血族も、助けを求めていた。これは、俺にも分かった。キミの、弟? かな? かなり幼い魂が、泣いてすがっていたよ」

「……あー、たぶん、うちの息子っス」


「そっか、息子……息子?」

「はい、ボク、もう妻子もいるっス。うちの一歳になる息子が……泣いてたっスか……」

「……いや、そっか、もうハタチ過ぎなら、おかしくないな、そうだよな。この顔で、もう父親……」

「あのな、瑛比古。お前、人のこと言えないだろ? 美晴ちゃんが子供産んだのは、お前が高校生の時じゃないか。22歳なら、まだ標準だぞ?」


「この場合問題なのは、歳じゃなくて、この顔です。こんなガキに……しかも、いかにも人の良さそうな、頼りなさそうな子供に謝られたら、ジイサンバアサン、許さざるを得ない、っていう、心理効果狙って採用されたんですよ、きっと。なのに、ハタチ過ぎとか、コイツが一番の詐欺師だ」


「だからお前が言うなよ。小早川クン、といったかな? すまんな。コイツは口が悪くて」

「いや、いっスよ。ボクこそ、キレイなお姉さんと弟さんと、可愛い甥っ子くんとのランチ、邪魔しちゃって申し訳ないっス」

「……いや、ナミくんは、瑛比古の子供だよ?」

「美晴さんは俺の妻だ!」

「そうなんスか? あー、じゃあ、瑛比古くんも、ボクのこと、言えないじゃないスか?! あ、22歳が標準って、そういうことっスか? でも、あの子、年の割に大きいっスね。もう、小学生くらいに見えたっスよ」

「ナミは、小学生だけど?」

「え? じゃ、瑛比古くん、何歳でお父さんになったんスか? まさか、15歳くらいで?」

「……いや、あのな、瑛比古は、今、33歳だ」

「……は? 23歳、の間違いじゃなくて?」

「……瑛比古の長男のハルくんが産まれたのは、コイツが18歳の時だ。おまけに言うと、今日キミがあったのは長男のハルくんと、末っ子のナミくんで、間にもう一人、男の子がいる」




「………………どっちが詐欺師なんスかーっ?! このっちゃん坊やが!」




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