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さて、前置きが長くなった。
ここで改めて、土岐田家の面々について紹介しよう。
長男、
呼び名はハル、または
市立病院付属の看護専門学校三年生で来年の春には看護師になる予定。
男女比一対五の女性優位の中で、必死に学生生活を送っている。
今は病院など実際の現場で学ぶ臨地実習をしながら、国家試験目指して勉強中という状態なのだ。
が、実習後、最終レポート提出を終えて、次の実習に向かうまでのわずかな期間は、比較的のんびり体も頭も休めている。
と言っても、その休暇も結局かわいい
次男、
呼び名はキリ、または
この春、徒歩十分の所にある県立高校に入学したばかり。
中学生まではリトルシニアリーグに在籍し、入学そうそう野球部に入部した野球少年である。
県立
城北は文武両道がモットーで、学力の方もかなり求められるが、要領よく勉強の方もこなし、すんなり合格してしまった。
愛嬌があり、人気者で、実は「彼女」といえる存在もかつてはいた。
が、野球優先のキリに愛想を尽かしたため破局。
別れ文句は、
「私と野球、どっちが大事なの」
で、こればかりはキリも譲れず、
「野球」
と答えた。
ちゃっかり者だが、信念は貫く、熱血漢だったりする。
三男、
呼び名はナミ、またはチイ兄ちゃん。
小学六年生ながら(というか、家族の中で)、一番朝に強く、家事も上手い。
中でも料理は、大の得意。
料理上手でレシピを見れば一発で暗記する。
更に自分なりの工夫を加えてレシピ以上の料理に仕上げることに執念を燃やす。
野菜は桂むき、飾り切りまでこなす。
魚は丸で買ってきて、お造りもこしらえる。
現在の目標は片手返しでオムレツを作ること。
オマケに家計の遣り繰りまで考えてくれる、しっかり者の小学六年生である。
長女、
呼び名はメイ、またはメイちゃん。
言わずと知れた、
生後間もなく母親と死別し、写真でしか母親の姿を知らないが、そんな生い立ちを微塵も感じさせない、明るくおしゃまな女の子である。
生後二ヶ月から日中は保育園で過ごしている。
その愛らしさに、誰かに拐かされるのじゃないかと、父や兄達をヒヤヒヤさせている。人見知りもせず、誰にでもなついていくので、さらに過保護ぶりはヒートアップしていく。
その溺愛ぶりは、成長しボーイフレンドでも出来た日には、血の雨が降るのは避けられない、とご近所でもっぱらの噂である。
そして。
家長、
三十八歳。
計算ではハルは
実は、
両親を早くに亡くした
父の妹の夫である叔父の家で世話になりながらも、
縁あって
しかし、親族、後見人でもあった叔父は、
というか、唯一の反対者が、叔父だった。
裏を返すと。
法律上、後見人に任されているのは
が、実は財産の幾ばくかを自分の経営する会社の資金に当てていたのだ。
会社の経営が軌道に乗ったら補てんするつもりが、出来ないままズルズル流用していたのであった。
結婚すれば、財産の管理は当然
ことの露見を怖れて、結婚に反対していたのだ。
……と書くとまるで莫大な財産があるかのようだが。
もし
国公立なら何とか足りるかな、という程度は確保されていたのである。
叔父の会社は社員十二名の(その内家族が三人)の印刷会社で、流用した金額は安いとはいえないが、
実父の妹である叔母の
なので、学費や空き家になっている家の維持費以外は、財産に手をつけないでいた。
……三回目には
会社の台所事情が厳しいことは
会社が倒れてしまったら、
……という旨を騒動の最中、
「じゃあ、その分はお貸ししておきます。催促なしのある時払いで」
「何を言うの! あなたがここを出て自立するなら、耳を揃えて返さないと! 生活するにはお金もかかるんだから」
「そんなにかかるんなら、僕の生活費分、ちゃんと引いてください」
「バカ言わないで。あなたは身内よ。あなたが稼いだお金ならともかく、兄さん達があなたのために遺したお金を……使い込んだのは、あの馬鹿だけど……ともかく、もらえません」
「だって、耳を揃えて、なんて、無理だと思うけどなあ」
「……それは……」
図星を指され、
「それは、一遍には無理でも、きちんとするから」
「それに、僕、大学行きませんから」
「え? だって……」
「高校だって卒業させてもらえるかわからないのに」
「それは、確かに難しい問題だけど……、不可能ではないわよ。もったいないわよ。頭いいのに。……進学は、すぐには難しいかもしれないけど、あきらめることはないわよ」
「そこまで勉強好きなわけじゃないし。大学出てなくても、働くことはできますよ。僕も男として、妻や子を養う責任があるんです」
決意を込めて、言い切った
「あのねえ、責任、って……後先考えず、子供が出来るようなこと、やらかす方が無責任じゃないの?」
ごもっともな科白に、今度は
「……スミマセン。自分もここまで後先考えなくなるとは思ってませんでした。ホント、恋って、すごいですね」
両手を胸に、瞳をきらめかせる
「もっと上手く立ち回ると思ってたけどねえ……」
「……叔母さん…………」
「兄さんにそっくりだと思っていたのに、意外と純情なのね。あ、でも、夢中になると周りの迷惑考えないのは、まさに兄さんゆずりなのかもね。
実の兄にそこまで言わなくても……。
「まあ、あなたはそんなんで見事に落とされた
高校生の分際で子供が出来るなんて、ふしだらな! と叱られるならともかく。
立ち回りが下手だとか、詰めが甘いだとか、どうして言われなければならないのか。
やはり父の妹である。
「言い訳になっちゃうけど、子供は、早く欲しかったんです。彼女も両親を早くに亡くしていたし。早く家族になりたかった。だから、彼女の妊娠自体は、びっくりしたけど、うれしくて。だから、詰めが甘くてもいいです」
まあ、こんなにも直ぐに出来るとは思ってもみなかったけど。
「もともと僕が高校卒業したら、入籍しようって話してたんだけど。まあ、ギリギリ籍を入れてから出産なんで、結果オーライ、かな?」
「じゃあ、あちらは、特に反対は無いのね」
「反対も何も、縁談持ち上がっていたのを、乗り込んでいってぶち壊したんだから、責任取るのが筋だと思ってるんじゃないかな」
「縁談?」
「彼女の父方の実家」
「?」
「旧家の本家で、まあ次男だったんで跡継ぎとかは関係ないんだけど……。あ、だからって財産目当てなんて、絶対あり得ないです。多分彼女の結婚に当たって用意されてた持参金の方が、多いかもしれないし」
「持参金……って、いつの時代の話よ」
「まあ、遺産の生前分与、ってことですか」
長老格のお祖母様が彼女のことを可愛がっていた。
早くに二親亡くした不憫な孫娘に早く良い婿を、と、考えたのだ。
莫大な持参金付きで。
県会議員の息子で造り酒屋の御曹司、という一見良い縁談が持ち上がった。
だがしかし。
「相手に問題ありで。興信所の調査報告しがてら、将来の約束をしました、と挨拶に行ってきたんで」
「興信所?」
「だって、たかが高校生のいうこと本気にしてもらえないし。あちらも議員なんかしてるくらいだから、色々気になるのか、彼女のこと調査してるから、逆手に取って、仲間になっていただきました」
「それ、違法とかにならないの?」
「彼女の調査は、きちんと行われましたよ。僕は彼女のバイト先の、単なるお得意様、ってなってましたが」
「それを知ってることが、違法な気が……」
「まあ、バレるようなポカはしてませんから」
「お得意様って、まさか水商売とか?」
「なわけないでしょう! 僕、高校生ですよ! ……角の本屋の店員です」
「ああ、あなた本の虫だものね……でも、依頼人のプライバシーは守秘義務、って、既に守ってないけど……。でも、交渉には使えないでしょう?」
「依頼人は父親の議員ですから。で改めて、彼女が相手の素行について調査依頼したわけ。自分の結婚のことだから、調べたっておかしくないでしょう? もっとも楽勝でしたよ。地元では真面目な働き者で通っていたみたいだけど、写真見ただけで、沢山張り付いていて」
「あれ、やったのね……」
「生きてる方がいたので、現場もすぐ押さえられましたね。所長にも気に入っていただいて、来月からとりあえずバイトに入ります。もっとも、調査費用分、しばらくタダ働きだけど」
「それは、まあ、バイトなら、高校行きながらでもできるわよね?」
「だから高校はどうでも……」
「ダメ。行けるんだったら行きなさい。将来、子供のために高校卒業できなかったって、その子に八つ当たりしない自信あるの? 子供のために何かをあきらめなきゃいけないにしても、努力は必要よ。子供とどちらかを選ばなきゃいけないんだったら、どちらかを選ぶのはかまわないけど。でも、できる限りの努力はしなさい。考えて、考えて、努力しまくって、それでも不可能だったら、それで最後に選んだのが子供なら、それは『子供のために』選んだんじゃなくて、『自分のために』選んだ結果だから」
神妙に、
「それから、あなたさっきから『責任取って』って言ってるけど、……まあ、日本古来の言い回しというか、常套句だから、揚げ足取るのは何なんだけど」
「はあ」
「子供ができたから、責任取るの? それは、彼女でなくあなたが負う責任なの? だったら、その責任は、後見人である私と夫も負わなきゃいけないわ。十七歳の未成年を守ろうと思えば、大人の責任の取り方はいろいろあるのよ」
それは、結婚という責任の取り方以外にも、結婚はせず、慰謝料を支払うという手段、とか、逆に未成年の
今まで散々話をさせておいて、意地の悪い揚げ足取りである。けれど、
逆に言えば、もし納得のいかない答えを返そうものなら、決して許してくれないということを、瑛比古さんは知っていた。
「……彼女と結婚したいんです。二人で生きていきたいんです。おまけに、ラッキーにも早々子供にも恵まれたので、三人で生きていきたいんです! 家族になりたいんです! そのためには、必死で努力します! 結婚を認めてください!」
「良くできました」
「まあ、あなたはそれでいいとして。そんなことしでかしておいて、あちらのお宅は気を悪くしたんじゃない? 子供まで出来ちゃって」
「大丈夫。僕、お祖母様の、戦地で亡くなった旦那様に似てるらしいよ。僕はそれほどではないと思ったけど」
「写真でも見せてもらったの?」
「もう、成仏されていて、お祖母様を守ってらした。あ、声は似ていたかもね。メッセージ伝えたら、とても喜ばれて」
「! ……話したの?」
「お祖母様だけにね。調査報告は普通の内容だよ。それに、こんなに早くひ孫の顔が見られるとは、って大喜びだって」
「あ、ひ孫は初なんだ、そりゃ喜ぶわね」
「ついでに過分な持参金は丁重にお断りしました。彼女自身、成人した時に両親の遺産は受け取っているしね。なので、他の親族方も文句ナシです。まあ、もう成人しているから、法律的には誰も反対できないしね。なので、彼女の方は大丈夫です」
「じゃあ、あとは私が夫を説得するだけね。仕方ない。頑張るわ」
「お願いします。住む家だけ保障してもらえれば、他の遺産については、後は時に叔母さんの裁量に任せます」
「ごめんなさいね。何年かかっても、必ず何とかするから。あ、高校卒業は交換条件で、絶対だからね」
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