たどり着いたのはあの子らだけじゃの
「終わったようじゃのう……」
晃生たちと約束を交わした場所。魔女の森を囲む塀の外に大鷲、緒方、センジュカの三人は立っていた。
いつも細められた大鷲の両目が開いている。それだけでなく、額、頬にいくつかの目があり、それらがぎょろぎょろと自由に瞳を動かしていた。じっと森の方角を見つめていた大鷲はため息をつき、目を閉じると首を左右に振った。
「たどり着いたのはあの子らだけじゃの」
大鷲がそういって振り返った先には一台の車がある。逃げてきた子供たちを乗せるために大きめのものを用意したのだが、たどり着いたのは二人だけ。開いた空間の意味を考えるとなんとも寂しい帰宅になりそうだと気が重くなる。
「面白くありませんわね。晃生でしたっけ? あの子がたどり着くのが一番面白かったのに、残念ですわ」
センジュカはそういって息をはくと額に手をおき、頭をふる。それから不満げな顔で車に乗り込んでしまった。
先に乗って休んでいた双子、由香里と絵里香がおびえた顔をするが一切気にせず後部座席でふて寝を始める。
「二人逃げられただけでも大健闘だろ。リン様が張り切ったうえに、双子の上が外レたんだ。よくもまあ、逃げ延びられたな嬢ちゃんたち」
緒方が感心した様子で由香里と絵里香を見た。緒方の言葉が聞こえていない二人は身を寄せ合って黙り込んでいる。まだ来ていない同級生たちのことを健気に待っているのかもしれない。
「……緒方さん、俺の代わりに伝えてくれんじゃろか?」
「俺は直接見てないからな。見たお前が伝えた方が正確だろ」
「そういわずに……」
大鷲はそういって緒方に両手を合わせて頼むが緒方は顔をそらしタバコに火を点けた。これは話を聞く気はありません。という緒方の主張であり、こうなったらいくらいっても無駄だ。
大鷲は肩を落した。一度いった場所であれば透視が出来る自分の能力を恨みつつ、由香里と絵里香の二人にどう伝えたものか考える。
二人を逃がす大きな切っ掛けとなった晃生はリンに食べられた。晃生が食べられたことを知った鎮と慎司は逃亡する意思を失ったようだ。しばらく二人で泣いていたが、先ほどふらふらと羽澤の本邸に向かって歩いて行くのが見えた。二人だけで逃げる。その選択肢がないのは情に厚いとみるべきか、弱いと思うべきか。
「今回はずいぶん食われたんだろ」
「そうじゃのお、リン様が十二人。咲月じゃったかの、あの子が十一人。魔女様が三人くらい呪い殺しておるの」
「……大惨事じゃねえか……」
状況を想像したのか緒方が顔をしかめた。大鷲のように目で見ていなくとも、長年こちら側の世界で生き残ってきた緒方は情報だけで十分想像できたようだ。
「薄れかけていたリン様の威光は復活じゃろな。魔女様も扱いが今以上に丁重になるじゃろうし」
「双子の監視もキツくなるだろうな」
ふぅっと緒方は煙を吐き出す。
「ってなると、俺たちも介入しやすくなる。彼奴らの監視は羽澤家よりも俺たちの領分だ。今回みたいな大惨事を避けるって名目で、御膳祭も止めさせられるかもな」
「そうじゃのお。リン様も今回の件はご立腹みたいじゃったし、こっち側についてくださるやも。となると、生き残った子らも保護できるかもしれん」
決して善行だけで生きてきたとは言えない。それでも救えるものがあるのなら救いたい。
センジュカには甘いと言われるのが、大鷲は生来そういう気質だ。今回も出来ることなら全員助けたかったのが本音だった。
「羽澤家が落ち着いた辺りで話し合いの場を持ちたいの」
そう呟きながら大鷲は第三の目を開いた。森の中の至るところを眺める。死体が折り重なった場所や慎司たちが泣いていた場所。カメラの画面を切り替えるように森を眺めていた大鷲はとある場所で視線をとめた。
森の真ん中、目立つ場所にリンが立っている。ぐるりと周囲を見渡していたリンは大鷲の目に気づく歯を見せて笑い、来い。とジェスチャーした。
「……緒方さん……お呼び出しじゃ……」
「誰から?」
「リン様……」
緒方が御愁傷様という顔をした。出来ることなら大鷲も逃げたいが、大鷲の能力をしっているリンとばっちり目があったのだ。気づかなかったという言い訳は通用しない。
「そんなにかからないだろうし、待っといてくれ」
「おー、月でも眺めて待ってるよ」
そういうと緒方は塀にもたれてタバコをふかした。片目がつぶれた彼に今宵の三日月はどう見えているのか。そんなことを考えながら大鷲は進む。
人がたくさん死んだ。子供たちは逃げられなかった。こういうとき、自分は見ていることしかできない半端者なのだと実感する。
「やるせないのお……」
呟きは未だ暗い夜に書き消された。
※※※
「以上が今年の御膳祭の詳細となります」
航の報告にその場に集まった全員が険しい顔をした。それはそうだろう。逃げ出した御膳を捕まえにいった者のほとんどが帰ってこなかった。
次の日、リンに言われて向かった森の中はまさに地獄。血まみれになった遺体とリンに魂を抜かれた抜け殻が転々と転がっていた。何体かは体が黒く変色し、体の一部だけが残っていた。
「刺殺体は羽澤咲月と入れ替わっていた双子の兄の犯行。黒く変色した遺体は魔女様の仕業であると判明しました」
「魔女様まで関わっていたと……」
「行方が分っていない羽澤由香里、羽澤絵里香の姉妹は魔女様の召使いとしての責務を果たしておりました故、逃げる際に魔女様が協力したと考えられます」
ざわめきが広がる。魔女が人間を逃がしたという戸惑いは航にも理解できた。しかし二人の行方が分らないのは事実。
清水晃生と羽澤咲月も見つからなかったが、彼らはリンが適当に処理したと笑っていたため、死体すらもてあそばれたのだろう。
森は羽澤の人間によりくまなく捜索されたが、生存者は森の入り口付近で倒れていた岡倉鎮と川村慎司だけだった。
目覚めた二人に聞いた話は航が見聞きしたことと相違がない。あの夜に起こったことは夢でも幻でもなく事実だったと思いしる結果となった。
「生存者の岡倉鎮と川村慎司によりますと、リン様は清水晃生と羽澤咲月を名乗っていた双子の上を食べて、御膳祭の終わりを宣言したそうです。リン様にも確認をとりましたが、間違いなく今年は終了。来年からも必要ないとのことです」
最後の言葉に今日一番のざわめきが広がる。誰もが顔を見合わせた。本当であれば嬉しいが、その意図が分らず恐ろしいという顔で。
「今回の件で振り回されたのが腹正しい。来年もこんな風に揉める可能性があるならもういい。今回で十分食ったから満足だ。とのことです」
航が苦い顔でそういうと沈黙が広がった。リンが食べたのは十二人。少なくとも十二年分の御膳は捧げた事になる。いつまでリンの気まぐれが続くかは分らないが、来年のことは考えなくていいようだと安堵の空気が流れた。
「それで、生き残った二人の処分は?」
その言葉で再び空気が引き締まる。そうだ、どうなった。と口々に声が上がった。生贄が逃げたせいでリンが怒り多くの人間が死んだ。
航は怒りで鼻息を荒くする羽澤の人間たちを見て眉を寄せた。気持ちは分らなくもない。けれど、今回の件は逃げ出した少年たちよりも役目を他人に押しつけた羽澤家に問題があったと航は考えている。
「リン様から仰せつかっております。二人は俺が逃がした。自由にさせてやれ。とのことです」
その言葉に一瞬座敷の中は静まり返る。しかしすぐに大騒ぎとなった。立ち上がり罵声を航に浴びせるものや、テーブルを拳でたたき、意味が分らない。と叫ぶものなど、途端に騒がしくなった部屋を一喝したのは羽澤家当主――航の父であった。
「その言葉、直接リン様に言える者だけ文句を言え」
当主の言葉に先ほどまで騒いでいた者たちは一斉に黙り込む。文句を言いたげではあったが誰もなにも言わず、大人しく座りなおした。
当然だ。リンの怖さは散々に見せつけられた。あの惨劇の後、リンに文句をいえる人間がいるはずもない。
「……御膳祭は今年で終わり。生存者は自由だ。これを覆そうとすれば怒りを露わにするのは私ではない。リン様だ。それを肝に銘じろ」
その言葉で話し合いという名の一方的な宣言はお開きになった。誰もが不満を抱えて、それでもそれを口にすることが出来ずその場を後にする。
当主の息子として同席することになった快斗は始終気まずげな顔で下を向いていた。すべてが終わったと知り息をはく。快斗にとってもあの夜の出来事は悪夢として深く刻まれたらしい。
深里は音もなく出て行った。ただ一人、不満も言わず、驚きも露わにせず、凪いだ目で事の終わりを見ていた深里。リンの信者としてなにも思わなかったわけではないだろうに、航には深里がなにを考えているのか少しも理解できそうになかった。
「……これで終わりなんだよな……」
快斗が確認するように航を見上げた。
「今回の御膳祭についてはな」
決着はついた。しかしながらすべての問題が片付いたとは言いがたい。リンが恐ろしい存在だと再認識されたことで、リンに寵愛されている響の地位が上がった。本人は当主になる気はないようだが、周りがそれを許さないだろう。となれば、航が響、そして深里と比べられる日々は続く。当主が誰になるか、決着がつくその日まで。
「厄介な一族に産まれたな……」
羽澤家に立ち向かい、逃げおおせた彼らがうらやましく思えた。
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