今年も無事に祭りが終わりさえすれば
「1年生、御膳祭については問題なさそうか」
理由を探ろうとしていた鎮は3年生の言葉で顔をあげた。上級生の視線が1年生に集まり、同級生たちが動揺しているのが分かった。ただの世間話であれば多少は話せただろうが、内容が悪い。同級生たちはみなお互いの顔を探り合い、誰が話すかと視線で押し付け合いを始めている。
その様子を見て3年生がため息をついた。情けないと表情で語るが、それで済ませているあたり1年生の気持ちをくんでもいるのだろう。2年前同じ立場であり、同じことを経験したからこその温情だ。
「鎮、お前は特待生と仲がいいそうだな」
「同じクラスなので話しぐらいはしますよ」
クラスメイトなんだから当たり前だ。という姿勢を貫くと同級生たちが気まずげに目をそらした。上級生は鎮の態度をみて苦笑を浮かべている。
「今年はA評価の者がいると聞いたが、彼に決まりそうか?」
「何事もなければそうでしょうね」
羽澤家以外でA評価はなかなか珍しい。今回は数年ぶりだと聞くし、その前は数十年ぶりだったとか。試験でいくら成績がよくてもアレのお眼鏡にかなわないことはままあり、岡倉は毎回選定に困っている。今回は10年おかずにA評価が見つかったということで、選定していた大人たちも喜んだという話だ。
なんと歪んだ価値観だろうと鎮は思う。
「たしか清水といったか……6年前、快斗様の代で出した御膳と同じ名字だったと記憶している」
その言葉に教室がざわめいた。鎮も一瞬動揺して、すぐに納得と共に飲み込んだ。晃生の最初からこちらを疑うような視線。同じ立場の慎司とは明らかに違う態度や雰囲気。初日に兄が入院しているという話を聞いてもしやとは思っていたが、鎮の予想は間違っていないらしい。
となれば、晃生はわざわざ危険な場所に飛び込んできた大間抜けだ。
「こちらの事情に気づいている様子は?」
「疑ってはいるようですが、気づいてはいないでしょう。そもそも信じられないでしょう」
英華を極めた羽澤家が毎年こんな時代錯誤なことをしている。そんなことに気づいて、ましてや信じるなんて出来やしない。外から来たものなら尚更だ。
下宿に何度も通って外の人間と関わってきた鎮はここにいる誰よりもそれを知っている。外は自由で家柄なんかに縛られずに生きている者がたくさんいる。生きる選択の自由がある。そんな世の中だというのに、未だこんなことを続けている狂った一族がいるなんて世間は受け入れられないし信じたくないだろう。
「それならいいんだ。今年も無事に祭りが終わりさえすれば」
先輩はそこでふと息を吐き出した。先輩も緊張しているのだと初めて気づく。3年生はこれで3回目。そして今年が最後。やっと気の重たい役目から解放されるのだとしたら、最後は何事もなく終わってほしい。そう思う気持ちは分かる。
分かるからこそ嫌悪した。
「今回の定例会はこれで終わりだ。各自気づいたことがあればすぐに報告するように。解散」
重苦しい空気を払いの受けるように先輩がそういうと、すぐさま立ち上がる。先輩たちが出て行くまで帰れない1年生は退室していく先輩たちを頭を下げて見送った。
なんて馬鹿馬鹿しい年功序列だろう。そう鎮は毎回思うのに、周りがそうしているから。その流れに乗っていれば楽だからと毎回周囲に習うのだ。
鎮は周囲の重圧から逃げられない自分も、そんな重圧を押しつけてくる周囲もどちらも嫌いでしかたなかった。
先輩たちが全員退室したのを確認して息をはく。片付けなどは1年生の仕事だ。周囲は何かをぼそぼそと話していたが、鎮はさっさと片付けて帰りたかった。こんな辛気くさいところに長居は無用だ。
片付けが済むと鞄をとりに教室へ向かう。ホームルームが終わって時間がたっているからすでに教室に人はいないだろう。そう思うと気楽でいい。定例会の後は誰にも会いたくないし、ましてや明るく振る舞う事などしたくなかった。
特に晃生と慎司。2人の顔は見たくない。
そう思ったからかもしれない。教室のドアを開けると誰もいない静まりかえった空間に、慎司の後ろ姿が見えた。ドアの開く音が聞こえたのか振り返り、鎮が視界に入ると控えめに笑う。一切の邪気のない笑顔を見て鎮はなんとも言えない気持ちになった。
「……晃生は?」
近づけば慎司の机の上にはノートと教科書、参考書が並んでいる。ここで勉強していたのだろう。特待生である慎司たちは勉強が遅れている。これは毎年特待生が苦労することなので頑張ってくれとしか鎮には言えない。けれど、なんでこんなに必死に勉強するのだろうとも思った。
真面目に勉強したって、いくら頑張って努力したって、待ち受けているのが幸せとは限らないのに。
「晃生くんは最近、図書室で勉強しているみたい」
「慎司はついて行かないの?」
「僕はあそこ居心地悪くて……」
眉を下げて笑う慎司を見て鎮はなるほどな。と思った。
御酒草学園はレベルが高い分、勉強に時間をかける生徒は多い。そのため図書室は白、灰色、青が集まる数少ない場所となっている。しかしそこに黒は歓迎されない。特に1年生、まだ祭りを終えていない黒など視界に入れるのも嫌がる者が多い。
そんな中で平然と勉強しているのだという晃生の話を聞いて鎮は苦笑した。度胸があるといえばいいのか、怖い物知らずと嘲ればいいのか分からない。
「晃生くんはすごいよね。羽澤の人たちにも動じない。僕はどうしたって萎縮しちゃうのに」
「あれはマネしていい所じゃないと思うけどな」
そもそも認識が違うのだから慎司にマネ出来るはずがない。晃生は羽澤を敵だと思っている。兄のことをどこまで知っているのかは分からないが、この学園に来たことが原因だということは理解している。だからわざわざ特待生にまでなったのだ。
しかし、なんでそんな問題人物をわざわざ特待生にしたのか。そう鎮は考えて、思い浮かんだ口封じという可能性に眉間にしわを寄せる。嫌な考えだと思うが、それが正解なのだと鎮の直感は告げている。羽澤に悪意ある者を泳がせておくよりもアレに捧げてしまった方が面倒ごとにならないに違いない。
「でも図書室って勉強するのにちょうどいいのかな……。晃生くん、前より勉強が身についてるんだよね。僕もよく教えてもらってるし」
慎司が考えるそぶりを見せる。勉強するのに効率的であれば自分も利用した方がいいのだろうか。そう悩んでいるらしい慎司を見て鎮は首をかしげた。
「図書室に勉学の御利益があるなんて話きいたことねえけど。たまたま晃生にはちょうど良かったってだけじゃねえ?」
晃生はどちらかというと逆境をバネに成長するタイプだ。そんな晃生にとって敵だらけの図書室は相性が良かったのだろう。鎮からすると理解できない精神構造だが。
「そうなのかな……」
慎司は納得いっていなさそうな顔でノートを見つめている。
慎司の字は小さく丁寧だ。女子と間違えてしまいそうな綺麗な字は慎司の性格をよく現している。走り書きすぎて自分でも読めない時がある鎮や、大きく自信にあふれた字をかく晃生とは違う。優しくて穏やかな字を見ていると、なんでコイツはこんな場所に来てしまったのだろうと鎮は思う。もっと慎司にあった暖かくて優しい世界があったに違いないのに。
「気になるなら様子見に行くか。俺も一緒ならまだマシだろ」
そういえば慎司が顔を上げて鎮をみた。パチパチと目を瞬かせて、いいの? と表情を明るくする慎司を見ていると弟がいたらこんな感じだったのだろうかと考える。鎮は末っ子だし、実の兄は親戚のおっさんくらいの感覚なので新鮮だった。
「いいよ。このまま帰るのも暇だなーと思ってたし」
本当は慎司にも晃生にも顔を合わせたくなかった。そう思っていた自分はなかったことにして、鞄をもった鎮は教室のドアへと向かう。慌てて慎司がノートや教科書を鞄にしまい後についてきた。
「勉強会しようぜー。俺もやっとかないとテスト怖いし」
「鎮くんは頭いいから大丈夫だよ」
「俺に頭いいなんて言ってくれるのお前くらいだよ」
わしゃわしゃと自分より下にある頭をなでると慎司が居心地悪そうに身をよじる。その姿は世界の悪意などなにも知らないようで鎮の気持ちを和ませ、同時にどうしようもなく悲しくさせた。
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