男子校に入学したはずなのに、メイド喫茶で精神的重労働な件

「いや、自分でできますから!」


 俺は慌てて手を……振り払うのはさすがに申し訳ないのでそっと押しとどめる。


「いやいや、最初のうちは難しいから、私が着させてあげるって!」


 アヤカさん、超ありがた迷惑!


「ほ、ほら、あったばかりの人と脱がせたり着せたりって、変な感じしません!?」


「女同士で何言ってるのよ!」


 じゃないんだよなぁ……。


「といってもほら、ただの服ですから!」


「後ろのファスナーとか、閉めるのには熟練の技がいるのよー?メイド業を甘く見ないでもらえるかしら!?」


 甘くは見てない!もう十分すぎるほどに大変だってわかってる!主にあなたを追い払うこととか!


「いや、でも、えっと……!」


「はい、じゃあ、脱がせまーす!」


 まさかの労働時間2分で懲戒免職か……!その時、神が助けてくれた。


「おーい、カレンたーん、ご指名入りましたよー!」


 どうやらどっかの誰かがカレンた……アヤカさんを指名してくれたらしい。


「ちっ。またあいつかよ。」


「今舌打ちしました?」


「してない。」


「いやでも……。」


「してない。行ってきます。」


 やったぁ、これでなんとか我がデリケートゾーンこと偽装胸のコルセットを隠し通せた!ところでこれどうやって着るんだろう……。






 十分後。


「君は一体、何をしているんだね。」


 俺は、ユミコのお母さんの前で土下座していた。背中だけを全面だして。


「どうか、この服の着方を教えてくださいませんか!」


「なんだいなんだい、メイド服の着付けもできないのかい。メイド服着方講座の案内を先にするべきだったか。」


 何それ死んでもいきたくない。周りが女くさくてしかもやばいやつ見る目で見られるんでしょ。俺にはちょっと耐えられません。


「こんなの、超能力で服をじぶんの周りにまとわせて、超能力でファスナー上げれば終わりだろ?何を悩むことがあるんだい。」


 超能力がないことを悩めばいいのだろうか。


「貸しな、次回までにファスナーぐらい上げるぐらいできるようになっておくんだよ。」


 無理に決まっておろう。


「じゃあ、いっておいで!」


 結局手を一切使わずに俺の背中のチャックを閉め、バシンと背中を叩くところまで超能力でやってくれちゃったユミコのお母さんは、そのまま俺を部屋から追い出した。


「新人研修とかはないのかよ……。」


 表に出ると、来た時とはけた違いの客がいた。まだ10時ぐらいなのだが……。


「お、きたきた。ご主人様方、お嬢様方、どうぞご注目くださいませ!


 今日からお店にはいった新人のカヅキたんでーす!」


 頼むからたん付けはやめてくれよ、そんなことを言う間もなくアヤカさんにがっつり紹介されてしまった。


「よ、よろしくお願いします!」


 思わずテンパって声が裏返りながらもなんとかそれだけ言うと、あちらこちらからカワイー、とか初々しいー、なんていう感想が聞こえてくる。


「コラ新人、ご主人様方に失礼のないようにって、研修でやったでしょ!?」


 あれ、本来研修あるものなの?俺だけなんかいろいろ扱い雑じゃない?


「し、失礼しましたッ!」


 慌てて頭を下げると、その勢いでアヤカさんの持っていたお盆に頭突き。乗っていたお冷を見事に頭からかぶってしまう。


「キャッ、冷たっ!」


 今度は反射で女子声が出る。オート式女装兵器だな。


「こらー、しんじーん、ここのお冷は一杯200円なんだぞー!」


 えっ。てことは、借金増えるってこと!?


「いいよいいよ、濡れメイドたん最高だし!」


 そのお冷を注文した人なのか、デブで眼鏡でハチマキまいた、アニメTシャツのいかにもな人がデュフデュフ言いながら笑って許してくれる。許してくれるのはうれしいんだけど、目がなんか怖い。


 周りの人も、みんな同じようにデュフデュフ笑いながら、言葉の端々に濡れメイド、とか、ドジっ子メイド、とか聞こえてくる。何このプレッシャー。


「じゃあ、カヅキたんの注文第一号は僕がもらうねー!デュフッ!」


 怖い怖い。


「デュフ、ずるいぞー、デュフッ。」


 なんだろう帰りたくなってきた。






「お金を稼ぐのがこんなに大変だったとは……。」


 その日一日萌え萌えキュンしていたせいで、しばらくはケチャップが嫌いになりそうだ。


「お疲れ様、大変だった?パフォーマンスとはいえ、いびったりしてごめんね?」


 バックに入ると、アヤカさんが急に優しくなった。どうやら、みんな、○○系メイド、ということで売っているらしい。カレンたんことアヤカさんはドS系らしい。なんじゃそのメイド。


「じゃあ、がんばったご褒美に脱がせてあげるー。」


 またこのくだりやるの!?俺が疲労困憊して抵抗もできずにいると、服にかけたアヤカさんの手が止まった。


「どうかしましたか?」


 見ると、アヤカさんの顔が真っ赤だ。


「女の子同士だから、いいよね、問題ないよね。これは合意の合図、ゴーサインだと思っていいんだよね。」


 こちらの言葉は聞かず、さっきのデュフ男たちと同じような顔になっている。超こわいんだが。


「こーらアヤカ、また新人に手を出そうとして!」


 どこからともなく表れたユミコのお母さんが猫掴みでアヤカさんを投げてくれなかったら、俺はどうなっていただろう。


「この子はいわゆる百合なんだ。カヅキも気をつけな!」


 なるほど、二秒で理解した。この人のせいでここ店員が少ないんだな。


「あ、それと、今日は泊まり込みでいいよ。明日もシフト組んどいたから!」


 ついでに、みたいなノリで恐ろしいことを言ってくれたユミコのお母さんはそのまま帰っていった。


 これってブラック企業ってやつですかね。

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