第5話
しかし、この九年、おみねちゃんにはそう言ったものはなかった。白骨死体の話で初めて見せた
話を終えた玄三は、冷めたお茶で喉を潤した。
「ありがとうございます。とにかく峰子さんのことが気がかりで。白骨死体と無関係であってくれるといいんですが……」
勇人は心配した。
「おみねちゃんが捕まるようなことはない。俺が保証するよ。ハッハッハ」
何かを隠すかのように、玄三は無意味な高笑いをした。
翌日。勇人は出勤すると、刑事課の課長、
「ああ。玄三さんのことなら知ってる。“イノシシの玄三”と呼ばれた新宿△署の敏腕
「……イノシシ?」
「ああ。足の速さは天下一品だった。だが、強盗を追っている時に足を撃たれてな。間もなく退職して、
……足を引き摺っていたのは、その
「足が速いから、イノシシって呼ばれてたんですか?」
「それもあるが、
「……亥と玄、……似てますね」
「だろ?そこから、亥の玄三と異名で呼ばれた訳だ」
「……なるほど。江戸時代の岡っ引きみたいでカッコいいですね」
勇人は納得した。
当夜、〈玄三庵〉が店を閉める時間を見計らうと、事情聴取を兼ねて峰子に会いに行った。そして、身分を明かした。
「……なんとなくですが、そんな気がしてました。お客さんが白骨死体の話をした時、あなたの刺すような視線を感じていました。その時、もしかして、と」
峰子は、勇人の前で俯いていた。玄三は止まり木で背中を向けていた。
「で、関係があるんですか?白骨死体と」
興奮からか、勇人は早口になっていた。
「……たぶん」
「たぶんとは?」
勇人は焦った。
「白骨死体がどこのどなたか分からないのに、こっちもはっきりできないでしょう?」
勇人を睨み付けた。
「では、たぶんというのは?」
「十年前という年月に心当たりがあったからです」
「その心当たりとは?」
「……十年前まで東京で暮らしていました。夫と二歳になる息子と。ところが、交通事故で一度に二人を亡くしてしまったんです。生き甲斐を失った私は、死に場所を求めて静岡に来たんです。歩き疲れて、ふと見ると廃墟がありました。体を休めているうちに眠ってしまって。目が覚めたのは夜でした。お腹が空いて、食べるものを探しました。死ぬことより空腹が勝ったんです。情けない話です。
林を抜けると、月明かりに畑が見えました。そこから、サツマイモやニンジンを抜き取り、近くの沢で洗って食べました。町に出て宿に泊まれば、こんな真似をしなくても済みます。でも、死に場所を探していた私は、そんな気持ちにはなれませんでした。
そんなことを数日続けていた時でした。戸を叩く音がしたんです。びっくりした私は息を殺してじっとしてました。すると、
『……よかったら、食べてくだせゃー』
と、男の声がしたんです。私が黙っていると、
『ここに置いとくで……』
そう言って、去って行きました。恐る恐る戸を開けると、新聞紙に包まれたものがありました。広げると、弁当箱と割り箸があって、中にはご飯や惣菜が入っていました。私は感謝の気持ちで、月明かりに男の姿を探しました。そして、次の日も、次の日も、男は弁当を戸口に置いてくれていたんです。
それから数日後。感謝の気持ちを伝えるために、戸を開けました。そこに居たのは、
『死なざぁんて思っちゃおえん。亡くなったご主人とお子さんのためにも生きなけりゃあ』
と。私はその言葉が嬉しくて泣きました。そして、生きる決意をした私に、男は駅の近くにアパートを借りてくれました。男の優しさに
『女房とは別れるで産んでくれ』
男はそう言ってくれました。悩みながらも、子供が欲しかった私は産むことを決意しました。男は
それは、子供が生まれて間もなくでした。離婚話に逆上した妻が包丁を手にして襲いかかってきたので、包丁を奪おうとして揉み合っているうちに、誤って殺してしまったと。駆け付けた男はそう言って、
「これから警察に自首する。このアパートはまずい。君に迷惑がかかるかもしれにゃー。乳飲み子を抱えて大変だらが、このアパートから出てくれ」
男はそう言って、紙幣の入った封筒を置いて行きました。私は男の言う通りにするしか
峰子は
「……それじゃなぜ、白骨死体の話に動揺したんですか」
勇人が疑問を投げかけた。
「……自首すると言っていたけど、もしかして、……遺体を埋めたのではと思ったからです」
顔を曇らせた。
「男の名は?」
「……
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