第十一話

 ニーナを追うのは然程苦労はしなかった。

 知り合いは皆、いつもと違うニーナを気に掛けてくれていたからだ。

 それ程時間を掛けずにニーナの背を見つけた。あとは見つからない様に後を追うだけだ。何もなければ良いが……。

 不安に思うのは悪漢達の存在故だ。

 俺はもう何度となく街中で悪漢に襲われてきた。その度にニーナが助けてくれていたが、今のニーナに冷静に対処出来るか心配だ。

 そう思い木陰からそっと見守っていたが……。


 「ひゅ~♪ラッキー。一人だぜ」

 「こりゃ楽勝だな。コイツ攫えば俺達ゃ大金持ちだ」


 何故か悪漢は乙女たるニーナではなく、俺の元へとやってきた。何故だ!?

 ニーナに意識を取られていた俺は囲まれるまで気付けなかった。壁を背に状況を確認すれば、人相の悪い男達が下卑た笑みを浮かべている。手にはナイフ。人数は、ひのふの……目の前に三人と見張り役に二人。計五人か……。

 一人二人なら俺一人でもなんとかなるが、流石に人数が多い。

 嫌な汗が頬をつたう。


 「何か用か?」


 わかり切っていることを尋ねつつ、武器となる物を探す。

 王子時代と違い今は帯剣していない。立場故にナイフすら持ち歩けない。頼りになるのは周囲にある物と己の体術のみ。


 「用?そーそー用があるのよ俺達。ちょっと体貸して貰えませんかねぇ」


 品の無い笑い声を忍ばせ笑う悪漢。一応周囲の目は気にしている様だな。

 俺も誰かが気付くかと視線を走らせたが、ニーナに見つからない様に隠れていたのが仇になった。


 「返す予定は無ぇけどなあ!アスター殿下様よぉ!!」


 !!

 悪漢の内手前にいた男がナイフを突き立てて来た!

 俺はそれを寸前で捻って躱し、反し手で男の手を捻り上げる。


 「テメェ!」


 反撃された事に逆上した別の男が俺に向かって来たのを、捻り上げた男を蹴飛ばしぶつける事で防ぐ。しかしその背後から一番体格の良い男が現れのし掛かられた。

 俺は対処が遅れ倒れ込んでしまう。


 「うっ」


 受け身は取ったが上から力任せに頭を抑えつけられてしまった。


 「ふん。他愛の無ぇ。

 おい、いつまで寝ていやがる。さっさと眠り草と袋を持って来い」

 「うっす!」

 「ってぇ。糞っ、この野郎!」


 俺の上に乗っている男がリーダー格なんだろう。あとの二人が素直に従い言われた物を持ってきた。内の一人が腹立ち紛れに俺に蹴りを入れる。

 しかしその蹴りが当たる事は無かった。


 「アスター君に何するの!!」


 ニーナの怒声と共に旋風が巻き起こったのだ。

 あまりの爆風に目を開けていられなくなる。


 「大丈夫!?アスター君!」


 ニーナが駆け寄る音だけが妙にリアルに聞こえる。

 肩に触れる手の感触に目を開けると、そこには泣きそうな顔のニーナがいた。

 さっきハチのところで見せた顔とは違う。ただ、俺を案じてくれている。


 「ああ。ありがとうニーナ」

 「良かった!!」


 抑え付けられたとはいえ大した怪我はしていない。

 安心させる様に笑ってやれば、ニーナは大粒の涙を溢して俺を強く抱き締めた。


 「ちょ、ニーナ!まだ悪漢が!」


 こんな時に襲われたら今度こそニーナが危ない。そう思い辺りに視線を向ければ……。

 悪漢達は五人ともピクピクと痙攣をしながら倒れていた。如何やら気を失っている様だ。

 女の子に助けられて男として情け無いな、俺は。


 「……また情け無い所を見せてしまったな……」


 やるせ無い思いが口に出る。

 するとニーナは俺の胸に顔を埋めたまま、勢いよく首を横に振った。


 「そんな事ない!」

 「ニーナ?」

 「だってアスター君、あたしを心配して見守ってくれてたんでしょ?それって凄く嬉しかった。

 あたしが甘かっただけなのに。あたしがアスター君の忠告に反発した結果莫迦を見ただけなのに。

 それなのにアスター君はいつだってあたしの為に心を砕いてくれてるんだ。

 そんなの。超格好良いよ!」


 ガバリと顔を上げたニーナの言葉は熱が篭っていた。

 真っ直ぐ視線を合わせる目にも情熱が輝きとなって現れていて、俺は不覚にも泣きそうになった。

 こんな俺を格好良いと言ってくれる人がいる。


 「あは。やだ、アスター君感動した?」


 笑み崩れるニーナが輝いて見える。


 「ああ。ニーナはこんなにも可愛かったんだな」


 この時。俺は初めてニーナを恋しいと思ったんだ。

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