第六話
食事も和やかに終わり、今は食後のお茶を飲んでいる。
城で使用人が入れるお茶とはまるで違うが、奥さんの入れてくれたお茶は素朴な味がして美味い。胸が暖かくなる。
「それじゃあ、上の娘達は皆嫁いで今居るのは末娘だけなのだな」
「おうよ。皆早くに結婚して出てっちまったからな。
末娘のニーナ位は家に残って欲しいもんだが」
「そうは言っても婿に来たいって人は、どの人もニーナよりもウチの財産目当てばかりなのよね」
「ったく巫山戯んなってんだ!そんな奴に大切な愛娘をやる訳がねぇんだよ」
ふむ?上の娘達は個人でモテてたらしいのに、末娘はそれ程器量が良くないのだろうか?
疑問には思ったが、これは言ってはダメな気がして思うだけに留めた。
だがこの疑問は直ぐに解消される事になる。
「ただいまー。あれ?お客さん?」
当の本人が帰宅したからだ。
籠を両手で持って入ってきた娘は、確かに見た目は器量良しとは言い難かった。
長く茶色の髪を後ろに編み込み、顔はソバカス混じりで日焼けしている。ワンピースから覗く手足は貴族の娘とは違い、筋肉が程よく付いていた。よく見れば籠の中身も重そうな果物が大量に入ってる。
「お母さん、これ。モー婆ちゃんから」
「あら。とっても美味しそうね。早速剥くわ」
重そうな籠は、そのまま娘よりも小柄な奥さんへ手渡される。
あわや腕が折れると思ったが、奥さんは慣れた手付きでヒョイと受け取った。その内の五つをテーブルに並べて籠を片付けると、ナイフでスルスルと皮を剥き始めた。鮮やかな手付きだ。
「平民の女は皆ああも力強いのか?」
今迄の常識が覆された光景に、思わず隣のテルロに耳打ちで聞いてみた。
テルロは初見の様な無表情で暫く俺を見て、何か考えているのか瞑目した。
「耳打ちで聞いたのは正解ですね。間違っても本人には言わないように。
力は個人差があるかと思いますが、農場で働く女性にか弱い方は少ないと思います」
そして目を開いたと思ったら真剣な顔で耳打ちを返してきた。
いくらなんでも本人には言わん。それ位の分別は有るつもりだ。
少しばかり憮然としてしまったが、以前起こした事を思えば不安に思うのも当然かと自分を納得させた。
「初めまして。あたしはニーナよ」
バクシーさんが軽く互いを紹介してくれた。
俺が好意を寄せた貴族令嬢とはまた違った快活さのある娘だ。ニッコリと歯を覗かせて笑う様が気持ち良く感じる。
「俺はアスターだ。ここで世話になっている間は会う事も多いだろう。よしなに頼む」
「うん。よろしく。今はモー婆ちゃん所に手伝いに行ってるけど、終わったらこっちの仕事に戻るよ」
初めて見ると思ったら、どうやら俺が働いていた時間は他所で働いていたらしい。
ニーナは食事をそこで済ませてきたらしく、席に着くと茶と切り分けた果物だけ受け取った。
「ウチの仕事大変でしょ。牧場が主で尚且つ田畑も手を付けてるからねー」
「平民は皆こうではないのか?」
「あはは、まさか!ピンからキリまでいるよー。
今からでも楽な仕事に変える?」
初めての仕事体験だからここが当たり前だと思っていたが、そうではないのか。
しかし他の楽な仕事と言われてもピンとこない。それに何より俺は楽をして生きてはダメだと思う。そうでないと迷惑を掛けた皆に申し開きも出来ん。
ニーナの提案は魅力的に感じたが、即座に否定した。
「な?見所ある良い奴だろ?
噂やお触れなんざ所詮絵空事と同じよ。テメェの目で見て感じたコイツが俺達の真実さ」
バクシーさんに良く思われ、俺は誇らしくなり喜びを感じた。
「本当ね。アスター君はウチが初めての就職希望だったの?」
「いや。何軒か訪ねたのだがな。俺の事情を話さん訳にもいかんだろ。それを聞いて尚受け入れてくれたのはバクシーさんだけだったんだ」
「ひゃー!お父さんやるじゃん!」
「ったぼーよ!俺ぁっそこらのモヤシと人を見る目が違うってんだ!」
俺の話を聞いたニーナはバクシーさんと盛り上がった。
俺はその光景を眩しく感じた。そんな親子の触れ合いなどした事がなかったのだ。故に羨ましい。
「アスター。私達もああいう会話をしますか?
私は貴方の兄代わりです。苦手分野では有りますが精進します」
俺が親子を見ている姿に、テルロがその視線を遮って真剣に聞いてきた。その明らかに気を遣ってる姿に安堵感と寂しさを感じた。
嫌われていない安堵感と、気安さのない寂しさを。
「いや。無理してするものでもあるまい」
テルロは城の人間だ。平民よりは貴族寄りの見方をしているだろう。
ならば俺のした事はテルロにとっても不快に映っていた筈だ。
嫌われていないだけ、まだ救いがあるというものだよな……。
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