第372話氏寺

春日虎綱「井伊谷の者と話していましたところ、立て籠もりの原因はたぶんこれでは無いか?と言う事がわかりました。」


私(村上義清)「申してみよ。」


春日虎綱「はい。気賀の民を堀川城へ避難させた上。家康に抵抗するよう働き掛けたのは、今川であります。」


私(村上義清)「氏真か?」


春日虎綱「いえ。氏真ではありません。」


私(村上義清)「どう言う事だ?」


春日虎綱「正しくは氏真が掛川まで後退してしまった事が要因であります。」


私(村上義清)「氏真の保護があって初めて、成り立っていた者たち?」


春日虎綱「はい。」


私(村上義清)「いったい誰なんだ?」


春日虎綱「宝渚寺であります。」




 宝渚寺は今の浜松市北区細江町気賀にあるお寺で宗派は……。




春日虎綱「臨済宗であります。」




 臨済宗は鎌倉時代。栄西が日本に伝えた宗派で、大陸との行き来を通じ獲得した大量の銅銭で以て蓄えた経済力を背景に、時の政権北条氏並びに将軍足利氏と結託。鎌倉や京を始め、全国に波及していった一大勢力。その影響力は遠江にも。その要因となったのが……。




春日虎綱「今川の氏寺は臨済宗であります。」




 駿河今川氏4代範政の時代に今の静岡県富士市にある臨済宗の善得寺を氏寺に指定。以後、発展を遂げたのでありました。




私(村上義清)「それだけの力があるのであれば、金持ち喧嘩せずで構えて居れば良いのでは無いのか?」


春日虎綱「駿河はそれでも良いと思うのでありますが、遠江は事情が異なりまして……。」




 遠江において臨済宗が発展したのは、遠江における今川支配が安定した義元の代になってから。




春日虎綱「まだ20年ぐらいしか経過していません。」


私(村上義清)「安定しているわけでは無い?」


春日虎綱「気賀の民が皆、堀川城に避難。抵抗を試みている事を見ますと、安定はしていると思います。ただ気賀は義元以来。いくさが無い場所でありました。何かあったら今川が守ってくれる。そもそもその心配も無い。何故なら戦場は遠く離れた尾三国境なのだから。と有事の際の備えも出来ていないのが実情では無かったかと思われます。そこに来ての家康の侵入並びに氏真の後退。そして武田の進出。加えて、気賀は交通の結節点。富の集積する場所であります。」


私(村上義清)「それに……家康だしな。」


春日虎綱「従って来ました国人の権益を奪うわけにはいきませんし、敵対した者を打ち破るためには国人の協力を得なければなりません。当然、成果に応じ分配しなければなりません。労役の割に得る物は少ない。効率的に自分の物にする事が出来る場所は無いか?で狙ったのが、一向宗でしたからね……。」


私(村上義清)「自分の筆頭家老に改宗を迫ってまで突撃したからな。あいつは……。そんな奴が何を言っても信用出来ないか……。」


春日虎綱「仰せの通りであります。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る