第79話 妹はたまには和やかに過ごしたい

「雪季ちゃん、料理上手いね。うん、美味い美味い」


 春太が晶穂を連れて桜羽家に帰宅――

 雪季は、春太が晶穂を連れてくると確信していたようで、夕食もきちんと五人分用意していた。


 霜月の帰宅を待って、四人で夕食の卓を囲んでいる。


 残念ながら父の帰りを待っていたら就寝時間になりかねないので、子供たちだけでの夕食となった。


 本日のメニューは、分厚い牛肉多めの肉野菜炒め、にんにく抜きの餃子、ポテトサラダに玉子焼きとボリュームたっぷりだ。


 春太が育ち盛りでよく食べる上に、受験生の二人も頭を使って空腹になりやすいため、ここ最近の桜羽家の食事は量が多い。


 それでいて、誰も太る様子がないのが不思議なところだ。


「ありがとうございます。晶穂さん、どんどん食べてください。多めにつくったので」

「うん、全然遠慮なんかしてないから。あ、ハル、その玉子焼きいらないならちょうだい。これ、マジ美味いわ」

「いるよ、大事に取ってあるんだよ!」

「意外に食い意地張ってるね、ハル」

「それはおまえじゃないのか?」


 春太と晶穂は、バチバチと火花を散らす。

 カノジョであろうと妹であろうと、好物は譲れない。


「もー、仲良く食べてください。玉子焼き、もっと多めにつくったほうがいいでしょうか」

「ウチの旅館で朝食に出してる玉子焼きも今度つくります。砂糖と塩、二つの味が好評なんです」

「ふーん、それも美味そうだな。霜月、よろしく」

「は、はい、お兄さん」


 未だに桜羽家の家事は、雪季がメインで担当していて、霜月もかなり手伝っている。

 もちろん春太も、受験生の二人のために掃除や買い物は積極的に手伝っているが。

 それでも、料理はほぼ雪季たちに任せっきりだ。


「そういえば、晶穂さんはお料理しないんですか?」

「あたしはギタリストだからね。指をケガでもしたら大変だから、包丁は持たないんだよ。永遠に」

「永遠に……ですか……」


 雪季は驚いているようだ。

 大嘘で、つくるのがダルいからに決まっているが……。


 晶穂が音楽を口実に面倒を避けるのはよくあることで、春太はツッコミを入れるのも面倒くさい。


「あ、このポテサラも美味いね。ふんわりとろけるみたい。こりゃハルの胃袋、掴みにきてるよね」

「そ、そんなことはありません!」


「ああ、これはトーコちゃんがつくったんだ。やるね」

「へぇ……透子ちゃん、お兄ちゃんの胃袋キャッチを企んで……?」

「ち、違います、雪季さん! というか、ポテサラを任せたの、雪季さんですよね!?」

「ふふ、冗談です」


 雪季は、すっかり過去のことは忘れて、霜月のことを従姉妹の透子ちゃんとして受け入れているようだ。


「つーか、晶穂は普段なに食ってるんだ?」

「近所にやゆよ軒があるから、そこで食べるかテイクアウトが多いかな。チキン南蛮定食は週七で食べてるね」

「毎日じゃねぇか」

「タルタルソースたっぷりで美味しいんだよ。ハルとも食べたことあったよね」

「あったっけか……」


 雪季が母と二人で暮らしてた時期、春太は晶穂と夕食をともにすることが多かった。

 ラーメンや牛丼、ファストフードが多かったが、定食屋に行った記憶も確かにある。


「はー、お母さんが倒れたおかげでこんな美味しいご飯がこれから毎日食べられるなんて。あの魔女も、たまには役に立つよね」

「あ、晶穂さん、そんな言い方は……」

「雪季、気にすんな。こいつ、素直になれないだけだから」

「お兄ちゃんが晶穂さんに意地悪いのと似てますね」


「…………」

「…………」


 素直なほうの妹からの、グサリと突き刺すような一撃だった。


 春太はもちろん、晶穂もとっさに減らず口すら出てこないようだった。


 雪季は、春太と晶穂が実の兄妹だと既に知っている。

 あまりそのことをはっきり口に出したことはなかったのに。


「あ、あの? みなさん、どうしたんですか?」


 霜月だけは、まだ春太と晶穂が実の兄妹だと知らない。


「いや、気にしなくていい、霜月。うん、確かにこのポテサラ美味い。霜月は、さりげにサイドメニューのバリエーション多いよな」

「というか、メインは雪季さんの担当ですので……」


 霜月は家事を手伝いつつも、まだメインは任されないらしい。

 旅館で厨房の手伝いなどもしていて、料理の腕は確かなのだが。


「そうですね、そろそろ透子ちゃんにもメインの料理をお願いしてみましょうか」

「い、いいんですか、雪季さん!」


 いつの間にか、従姉妹同士の二人が師弟のようになっている。


「ウチの板長直伝の鍋料理があるんです。寒い時期には最高です。これなら間違いなしですよ!」

「い、いや、霜月、そんなガチで料理しなくても。おまえ、受験生なんだからな?」


 しかも元日以外は冬期講習がギッシリという多忙さだ。

 呑気に秘伝の料理を披露している場合ではない。


「食事は重要ですよ、お兄さん。それに、もし地元の高校を受けていたら旅館の手伝いは普通にしていたと思います。それに比べたら、お料理くらいは」

「たくましいな……」


「ハルの生活力のなさが浮き彫りになったね」

「おまえも料理できないだろ!」

「失敬な! 掃除も洗濯もできないっつーの!」

「余計ダメだろ!」


 まさか、生活力がないのは父からの遺伝なのだろうか。

 恐ろしい想像をしてしまう春太だった。


「ですが、私の場合は家事がいい気分転換になってるんですよね。家事を封じられたらHPゲージ真っ赤で瀕死になります」

「私も勉強だけと言われたら、調子がおかしくなるかも。試験前でも旅館の仕事をしているのが当たり前だったので」


 一方、冬野の血筋は働き者らしい。

 春太は、だんだん自分がクズのような気がしてきた。


「ふむ、桜羽家は居心地よさそうだね。上げ膳据え膳だ」

「この居候は、慎みを要求できそうにないな」


 そんなこんなで、和やかに夕食は終了――

 春太と晶穂で食器洗いを済ませると、再び四人はリビングに集まった。


 迅速に解決するべき、重要な問題があるからだ。


「それで、部屋割りはどうすんの?」

「雪季の部屋に三人……は無理だよな」


 まず、当人である晶穂からの質問で議論スタート。


 桜羽家は慎ましい一戸建てで、部屋数は少ないのだ。


「二段ベッドがあれば、三人もなんとかいけたんですけど……難しそうですね」

「今、雪季さんの部屋に私と二人でいっぱいですからね……床に二人は難しそうです」


「別にずっといるわけじゃないし、あたしは廊下でもいいよ?」

「そんなわけにいくか」


 いくらなんでも、居候を廊下に寝させるわけにはいかない。

 しかも、この寒い時期にどう考えてもナシだ。


「まあ、普通に考えれば晶穂に俺の部屋を使ってもらうしかないな。俺は寝るときは、リビングのソファでかまわないし」

「なるほど、それは却下として……」


「おい、軽くスルーするなよ、雪季」

「お兄ちゃんをソファなんかで寝かせるわけにはいきません。一家の大黒柱ですよ?」

「それは父さんだろ」


 一円も稼いでいない身で大黒柱扱いはありえない。


「つーか、そうだよ。俺が父さんの部屋で寝ればいいんじゃないか」


 父の寝室は、つい半年前まで母と二人で使っていた。

 母のベッドは処分されたが、春太が寝るスペースくらいはあるだろう。


「あ、そうでした。お兄ちゃん、パパの部屋に全然入ってないんですね」

「え? ああ、そういや軽く何ヶ月も見てないような……」


 別に父の部屋に用はないので、出入りした記憶がまったくない。


「パパの部屋、今はぷちゴミ屋敷化してますよ?」

「えっ!?」


 春太は慌てて立ち上がり、父の寝室へと向かう。

 ドアを開けると――

 すぐに閉じた。


「……大丈夫なのか、父さん。どっか精神を病んでるんじゃ……?」


 春太はリビングに戻ってきて、ソファに座り直す。


「掃除機はかけてるから、片付けなくていいと言われてるんですよ」

「全然知らんかった」


 父の部屋はギターやベース、さらにいつ買ったのか電子ドラムまで置かれていた。

 さらに大量の楽譜やCD、レコードまでが積み上がって層を成している。


「前、CDとかレコードは処分したんだよな? あれ、どこから湧いて出たんだ?」

「この数ヶ月で百枚単位で買い直したりしたらしいです。安物ばかりみたいですけど。お兄ちゃんには気づかれるまで言わないでおいてくれって」

「父さん、なに考えてんだ……?」


「なんだろうねえ。ハルたちのお父さん、ストレスでもあったんじゃない?」

「…………」


 そうか、コイツか。

 春太は隣ですっとぼけている晶穂を見て、やっと気づいた。


 ストレスというか、メンタルが不安定になるに決まっている。

 いきなり自分の隠し子が我が家に現れ、それが息子の友達だったのだから。

 そういえば春太は、晶穂をカノジョとしては紹介していない。


「離婚のストレスもあるでしょうから、私はパパになにも言わなかったんですけど……」

「ウチの父も、母が亡くなったあとは結婚前までの趣味だったプラモデル作りにのめり込んでました。プラモデルの箱が部屋に山積みになってましたよ」


「……現実逃避かな」


 春太は嫌がりつつも、父を責める気にはなれなかった。

 霜月の父親もそうだが、大人であろうと現実を忘れたくなることはあるのだろう。


 春太だって、雪季がいなくなったあと、学校にも行かずにゲームばかりしていた時期があった。

 人のことはまったく言えない。


 とりあえず、父の部屋で寝るというのは不可能だ。

 そもそも、父のベッドも物だらけで本人がどこで寝ているのか謎なレベルだ。


「仕方ありません、私とお兄ちゃんが一緒の部屋でいいですよね♡」


 雪季は、にっこにこだ。


「今年の春まで一緒だったんですし、一時的なことならパパも反対しないでしょう」

「まあ……それが妥当だな」


「う、うーん……晶穂先輩、いいんですか?」

「いくらこの二人でも、あたしたちが隣の部屋にいれば、おっぱじめないでしょ」

「なにを始めるっつーんだよ!」

「中学生二人の前で説明していい?」

「ヤメロ」


 とりあえず、部屋割りは決まったようだ。


 クリスマスが終わり、年末。

 年明けの晶穂の母親の退院まで10日もないくらいだろうが、先は長そうだ。

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