第41話 妹は兄の裏取引を知らない

「お疲れ様でーす」

「サク、おっつー」

「……ちょっと待ってください。美波みなみさん、なんで裏にいるんです?」


 桜羽家からもっとも近いショッピングモール、“エアル”。

 その一角にあるゲームショップ、“ルシータ”。


 新品のゲームソフトも取り扱っているが、メインは中古ソフトの販売だ。

 バックヤードに更衣室などはなく、裏口から入った部屋が事務室で更衣室で休憩室になっている。


 長いテーブルが置かれ、パイプ椅子がいくつかある。

 そこに、一人の女性が座ってスマホをいじっている。


 セミロングの赤い髪に、左耳に白いピアス。

 黒いハイネックセーターに、ミニの白いタイトスカート。

 その上に、“ルシータ”のロゴが入ったエプロンを着けている。


「今、ワンオペなんでしょ? 表には誰が出てるんです?」

「家族サービス中だったテンチョーがいるみたいだね」

「こらこら」


 店のフロアへのドアを少し開けると、確かに店長がレジに立っている。

 いつもワイシャツにズボン、ネクタイをきちんと締めているのに、今日はラフなトレーナーにジーンズだ。


 確かに、いかにも休日スタイルのパパという感じだ。

 春太は、そっとドアを閉じると。


「……店長は可哀想ですけど、だったら俺、来なくてよかったんじゃ?」

「ほら、さっきのLINE、ウチのLINEグループに送ったじゃん? それ、テンチョーも見て、駆けつけてきたんよ」

「俺が行くって返事したのに……」


「美波とサクだけだと、二人でイチャイチャしちゃうと思われてんのかな?」

「店でイチャついたことなんてないでしょ!」

「その言い方だと、お店以外でイチャついてるかのようだね」

「……失言でした。店長、心配性すぎますね。道楽でやってる店なんでしょ?」


 世界一有名な配管工に似ている40歳ヒゲヅラの店長は、アパートやマンションなど不動産をどっさり持っているらしい。


「道楽だからじゃない? 趣味のコレクションを守るためなら誰だって必死になるでしょ」

「わかりやすいお話っすね」


 春太も雪季の次に大切なゲーム機を守るためなら、友人との遊びも放り出すだろう。


「っと、そんなこと話してる場合じゃないっすね」

 春太はもう一度フロアへのドアを開けて、小声で店長に話しかける。


「お疲れ様です、店長。俺、来たんであとは美波さんとやっておきますよ」

「え? いいの? 桜羽くんもシフト入ってないのに悪いなあ」


 振り向いた店長は、そう言いながらもニコニコと嬉しそうだ。

 今ならまだ、家族サービスにも戻れるのだろうか。


「それじゃ、レジをお願い。陽向さんをちゃんと見張っておいてね」

「いつもそうしてます」

「なんて頼もしい……この店は、いつか桜羽くんに継いでもらおうかな」


 店長は真顔でそう言って、バックヤードへ戻っていった。

 継ぐどころか、俺が高校卒業するまでゲーム業界の荒波を乗り越えてこの店は存在してるんだろうか。

 春太はそんな失礼なことを考えながら、レジについた。


「ていうか、お客さんいないじゃねぇか……」

 店内は見事にがらーんとしている。


 考えてみれば、日曜の夕方にゲームショップに買い物に来る客がそういるはずもない。

 この時間のシフトにはあまり入ったことがないので、春太は気づいてなかった。


「サク、ぼーっとしてないでお客さんいないなら、やることあんでしょ」

「……じゃ、レジお願いします、美波さん」


 レジに店員が張り付いている必要もなさそうだが、二人でレジにいても仕方ない。

 春太は店内を見回りながら、棚の商品を軽く整理などしてみる。


 といっても、たいして在庫に動きはなかったようで、商品の並びも綺麗なものだ。

 これはマジで、卒業どころか1年後すら怪しいぞ、と春太は不安になる。


 この店のバイトは時給こそ安いが、ゲーム好きの春太には働きやすい職場だ。

 店長は良い人だし、他のバイト店員たちもたいてい親切だ。


 美波も――かなりの美人で見てる分には楽しいし、仕事はできるし、性格を除けば問題はない。


「あっ! これって」

 ふと、春太は棚を見ていてとある商品に目を留めた。

 それを手に、レジへと戻る。


「あの、美波さん」

「商品をこっそりヌくなら、美波に見えないようにやれば?」


「一発クビじゃないですか。そうじゃなくて、これ買っていいっすか?」

「うん? またふっるいソフトだね。こんなもん買うの?」

「レトロゲーマーの美波さんには言われたくないですよ」


 春太は美波の部屋に遊びに行ったことがあるが、見たことすらない古いゲームが山積みになっていた。


「ちっちっ、そんな懐古厨みたいに言われちゃ困る。美波は、最新のゲームもちゃんとやった上でレトロゲーと比べて“最近のゲームはなー”ってツイッタでボヤいてんの」

「なんて厄介な」


 もっとも、最新ゲームもしっかり遊んでいるのはゲーマーとして正しい姿だ。

 いや、正しいも間違ってるもないが、古今東西のゲームをこだわりなく楽しんでいるゲーマーが春太には好ましい。


「えーと、なんだっけ? 初代『ストバス』か。10年くらい前のゲームじゃない?」

「俺たち――ウチで初めて買ってもらったゲームなんですよ」


「ふーん。これ、ハードはあるの?」

「ありますよ。壊れてなければ」


「“Vii V”は壊れにくいって言うし、大丈夫じゃない? 一応、まだ修理受付もしてたはず……ウチは中古の在庫はないね。あれ、今でもけっこう高値つくんだよね。どう、サク、ハードが生きてるならウチに売らない?」

「商売始めないでくださいよ。思い出のハードなんで、売れないですね」


「ふっ……青いな。思い出なんて物理的なスペース不足の前には無力なんだよ」

「部屋のスペースを物で埋めてる人に言われても。で、これ買っていいんですか?」


「いいんじゃない。テンチョーになんか言われたら、美波さんには内緒で買ったって言っときや」

「後輩をかばう気持ちは1ミリもないっすね」


 実際のところ、店長からはほしい物があれば好きに買っていいと言われている。

 ルシータの店長は商売っ気が薄い。


「ウチの妹がハマってたんですけど、持ってたヤツは俺が無くしちゃって」

 それで雪季とケンカしたことを思い出す。

 幼い頃から、ほとんどケンカしない兄妹なので、珍しいことだった。


「たまに探してはいたんです。まさか、ウチの店で見つけるとは……」

「初代ストバスは廉価版は山ほど売ってるけど、通常版はあんま見ないんだよね」

「そうそう、しかも通常版と廉価版でパッケが違うんですよね。これがいいんです」


 雪季は通常版のパッケージがお気に入りで、ハマっていた時期はテーブルに立てかけて飾っていたほどだった。


 春太が無くしたときは、既にかなり熱は冷めていたとはいえ、妹のショックは大きかったようだ。

 泣きながら怒られてしまい、春太もショックを受けたものだ。


「そういや、この前店に来てたね、妹ちゃん。あー、あの妹ちゃんへのプレゼントかー。そりゃ、物をやってご機嫌も取りたくなるのもわかるよ。クッッッッッソ可愛いもんね」

「言葉遣いに少し気をつけてはいかがですかね」

 この先輩バイトも、見た目だけならクソ可愛いのだから。


「お客さんの前では、気さくで清楚なお姉さん店員だからいいんだよ」

「…………」

 残念ながら、そのとおりなのが困る。


「別に機嫌を取ろうってんじゃないっすよ。今、受験で頑張ってるんで、行き詰まったあたりでこれをあげたら、いい気分転換になるんじゃないかと」

「それをご機嫌取りって言うんじゃない?」

「……言いますね」


 だが、中古ソフトは一期一会、今を逃せば出会えない。

 2980円で10年前のゲームにしては高いが、仕方ない。


「しっかし、いいなあ、サクは。あんなクッ――可憐な妹さんがいらして」

「意外と語彙力ないっすね。まあ、ウチの妹は可愛いですよ」


 妹、という単語には今は思うところがありすぎるが、こう言っておくしかないだろう。


「ズバっと妹の容姿を褒められるのも凄いね。あの子、髪も顔も大人っぽいし、背も高いけど、中学生っぽくないかって言われるとそうでもないんだよね。どっか幼さが残ってて、それもきちんと可愛さに繋がってるっていうか」

「説明、長いですよ。まあ、言わんとしてることはわかりますが」


 雪季は背が高く、大人びた美少女だが、“可愛い”という形容詞もきちんと似合う。

 どこか不完全さがあって、そこが可愛いのだ。


「……そうだ、サク。妹さんの写真ってある?」

「そんなにないですよ。まだ3ケタです」


「4ケタに届く可能性があるんかいっ! サク、カノジョでもそんなに撮らないよ!」

「そ、そうっすかね……」


 春太は、周りを確認する。

 客がいないのはわかっているが、レジ前で店員がくだらない雑談をしているところを見られるのはまずい。


「でも、なんで写真? なにか悪いこと企んでないでしょうね?」

「ふっふっふ、さぁてどうでしょう?」


 悪い顔をつくるのが上手い先輩だった。

 春太はもちろん不安を覚えたが――美波はろくでもなくても、悪人でないことは知っている。


 ましてや、中学生を悪事に巻き込むようなマネはしないだろう。

 写真の一枚や二枚、美波にあげても雪季もまったく気にしないこともわかっている。

 だが、なんとなく不安のほうが勝ってきたのはなぜだろうか……。


「あ、カノジョで思い出したけど、あの黒ロンロリ巨乳のカノジョはどうしたん? よくここの駐輪場で落ち合って乳繰り合ってたのに、最近見なくない?」

「……乳繰り合ってはいませんよ。駐輪場を待ち合わせ場所にもしてないし」


 おそらく、美波が春太と晶穂の姿をセットで見たのも一度か二度だろう。

 だが、確かにここ最近は晶穂とは外で会っていない。


「可愛い妹が帰ってきて嬉しいのはわかるけど、カノジョをほったらかしはまずいよ」

「ほったらかしにしてるわけでは……」

「妹はどうなろうと妹だけど、カノジョと別れたら、自分好みの女が次の男に行くところを指をくわえて見てることになるんだからね?」

「イヤな話をするなあ……」


 ただ、妹はどうなろうと妹――

 その言葉は、今の春太には心臓を止めるほどにキツい一撃となる。


 自分好みの女。

 それもまた、事実。


 あんな強烈なネタバラシがあったあとでも、晶穂を少しも嫌いになれないのは、彼女のことが好きだから――なのかもしれない。

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