第5話

05 その男、人間のクズ

 ピュリア、アーネスト、ママベルの聖女トリオに突如として巻き付けられたのは、縄の首輪。

 少女たちは折れそうなほどの細いのどを掻きむしるかのように、縄を外そうとする。


 しかし結び目のないそれは、いくらやっても外れない。


 アーネストはローブの裾をめくりあげ、太ももに巻いたベルトから隠しナイフを取り出す。

 よく手入れされたそれを使って切断しようとしたが、いくら縄をギコギコやっても傷ひとつつかない。


「ど、どうして……!?」


 焦るアーネストに向かって、オッサンは言った。


「その首輪はスキルで生成されたものだから、ナイフなんかじゃ切れねぇよ。

 それを証拠に、こうするだけで……」


 オッサンは少女たちに向かって手をかざす。

 すると首輪から枝分かれするように縄が伸び出し、鞭のようにしなりつつオッサンの手に収まった。


 少女たちは、オッサンに縄で引かれる奴隷のような状態になる。

 オッサンが手にした縄を軽く引っ張っただけで、


「えっ!?」「あっ!?」「きゃっ!?」


 3人とも前のめりに倒れ、四つ足を付かされる。

 少女たち驚きのあまり、すっかり大人しくなってしまう。


 いきなり奴隷商人に捕まったような村娘のような、怯えきった表情でオッサンを見上げていた。


 「まあそうビクビクすんなって」とオッサンは引き綱を手放す。

 床に落ちた3本の縄は巣に帰る蛇のようにしゅるしゅると縮み、元の結び目のない首輪へと戻る。


「俺の言うことを聞いて働いてりゃ、悪いようにはしねぇよ」


 ピュリアは素直に「はい」と頷き返す。

 ママベルままだ戸惑った様子だったが、アーネストは真っ先に自分を取り戻していた。


「ふ……ふざけないで! 誰があなたみたいな男の言いなりになるもんですか!

 行きましょう、ピュリア様! ママベルさん!」


 アーネストは吊り目をさらに釣り上げながら、スックと立ち上がる。

 ピュリアとママベルを助け起こし、先陣をきって聖堂を出て行こうとしたが、両開きの扉に手をかけた瞬間、


「うっ……!? くっ、苦しっ……!?」


 首輪が縮み、アーネストの首を締め上げた。

 オッサンはその場から微動だにせず告げる。


「逃げようとすると、そうやって首輪が締まるんだ。ほっとくとどんどん酷くなるから、戻ってきたほうがいいぞ」


 しかしアーネストは負けず嫌いな性格だった。

 歯を食いしばって振り返り、強気さを保ったままの瞳でオッサンを睨む。


「ぐぎぎぎぎっ……! だっ……誰がっ! わたしは、痛みには強いのよ!

 このくらいの痛みで、わたしを従わせようだなんて……!」


 しかしその気丈さもすぐに崩れ去る。

 後ろにいたピュリアとママベルは心配そうな顔をしていたのだが、ついに彼女たちの首にも魔の手が及んだのだ。


「あうぅぅっ……! く……苦しいっ……!」


「あはぁんっ……! ママっ、もうダメぇ……!」


 ふたりはアーネストと違い、早くも白目を剥きつつある。

 オッサンは「いい声で鳴くじゃねぇか」と片笑む。


「お前らみたいな偽善者は、自分が傷付くのはなんとも思わねぇそうじゃねぇか?

 だからひとりが逆らったら、仲間も傷付くようにしておいた。

 おいアーネスト、つまらねぇ意地を張り続けてると、お前さんの大切な姫巫女様を絞め殺しちまうぞ?」


「ひっ……卑怯者ぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!!」


 瞳から涙を溢れさせながら、倒れ込むようにして扉から離れるアーネスト。

 『逃げたい』という気持ちが消え失せた途端、首の縄は一気にゆるんだ。


 少女たちはまた床に倒れ伏し、ゴホゴホと空気を貪る。

 不意に聖堂の扉が開いたので、咳き込みながら見やると……。


 そこには、かつての戦場をバックに、ひとりの少女が立っていた。

 背が低くて痩せていて、年の頃は小学生くらい。


 おかっぱ頭にカチューシャをしており、顔立ちは愛らしいが気だるそうな寝ぼけ眼。

 服装は、黒いワンピースに白いエプロンに黒いエナメルの靴と、この世界では標準的なメイドスタイル。


 しかしなによりも目を引いたのは、白磁の肌。

 冷たくツヤのあるその肌は陶器のようで、明らかに人ならざるものだとわかる。


 ビスクドールのような少女は、サンタクロースのような大きな袋を担いでいた。

 その袋は元は純白だったようだが、血のようなどす赤いシミがいたる所に付着している。


 彼女は床の聖女たちには一瞥もくれず、まっすぐオッサンの元へと向かう。


「ただいま戻ったまね」


 オッサンは「おお、ご苦労だったな」とメイド少女を労ったあと、聖少女たちを手招きした。


「おい、お前らいつまで這いつくばってんだ。先輩を紹介するからこっちに来い」


 呼ばれた聖女トリオは、お互いを支え合うようにして立ち上がる。

 拾われてきたばかりの子猫姉妹のように身を寄せ合い、おそるおそるオッサンとメイド少女に近づいていった。


「コイツは俺のアシスタントで、悪魔のくぐ……じゃなかった、メイド型魔導人形ゴーレムのマネームーンだ」


 奥歯にものの挟まったような紹介を受け、マネームーンは聖女トリオにぺっこりと頭を下げる。


「はじめましてまね。悪魔の傀儡くぐつ……じゃなかった、メイド型魔導人形ゴーレムのマネームーンまね」


 『悪魔の傀儡』とは、邪悪な魔力によって動く人形のこと。

 高位の悪魔などに仕える存在で、人間からすればモンスターの一種である。


 すかさず、アーネストが突っ込んだ。


「ちょ、今ふたりして『悪魔の傀儡』って言ったわよね!?」


 「言ってない」「言ってないまね」と、平然と声を揃えるオッサンとメイド。


「ウソおっしゃい! おかしいと思ったら、やっぱり悪魔だったのね!」


「そんなことはないさ。もし俺が悪魔だったら、わざわざ聖堂までおっ建てて、人間たちを助けたりしねーよ」


 「それもそうですね」「それもそうねぇ」とあっさり納得するピュリアとママベル。

 「そういうこった」とオッサン。


「ところでマネームーン、そっちの首尾はどうだった?」


「パーペキまね」


 マネームーンは担いでいた袋をどしゃりと床に降ろす。

 袋の口を開くと、目玉や爪、脳や内臓などがあって、まだ生きているかのようにピクピクと蠢いていた。


 「ひいーーーーっ!?!?」と聖女トリオは総毛立つ。

 オッサンは大量の魚でも見るかのように嬉しそうだった。


「おお、下級悪魔クラスの素材がこんなにたくさん!」


「そうまね。最初はお布施として、魔物たちの金品を受け取っていたまね。

 でもケツの毛まで毟ってやっても、なお蘇生や治療を希望したまね。

 魔物の小隊長は言っていたまね。この戦いは絶対に負けられないから、と。

 だからマネは、モンスター素材を対価として要求したまね」


 衝撃告白に、「え……」と真っ白になる聖女たち。


「ま………まさか、魔物さんたちの『邪教の館』にいたのは……?」


「あなた……マネームーンちゃんだったの……?」


「それで向こうでも、魔物たちの蘇生や治療を……?」


「ああ、おかげで大儲けだ。小規模とはいえ、戦争ってのは本当に金になるよなぁ」


 オッサンは良心の呵責も感じていないようなホクホク笑顔。

 マネームーンは手を口に当て、肩を揺らして忍び笑い。


「下級とはいえ悪魔クラスの魔物たちが、泣きながら自分の生爪を剥いだり、絶叫しながら腹をかっさばいて内臓を取り出して、お布施として差し出す姿はケッサクだったまね」


 聖女たちは戦慄する。

 いま目の前にいるコンビは、人間の兵士だけでなく、魔物の兵士たちとも取引をしていたのだと。


 しかも下級とはいえ、かなりの狡猾ぶりで有名な、悪魔たちを相手に……!

 人間も魔物も、守るべきもののために戦っているというのに、その気持を利用して、金を稼いでいたのだ……!


 まさに悪魔以下の行為。

 アーネストはこみ上げてきた吐き気を、怒声としてまき散していた。


「さっ……最低っ! 最低最低最低最低っ! 最低よっ、あなたっ!

 もはや悪魔どころじゃないわ! クズよクズっ! あなたみたいなのを、クズっていうのよっ!!」


 オッサンはクズ呼ばわりされても飄々としたまま。

 それどころか、自己紹介する手間が省けた、みたいなニンマリ笑顔で答える。


「よくわかったな、俺はクズだよ。クズリュウ・ダストバーンだ。

 俺みたいなクズに飼われた気分はどうだ、聖女サマ?」

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