第4話
04 はずれスキルなど存在しない
『ヘルボトム領』。
それは帝国内にありながら、帝国の治安が及ばない無法地帯。
なぜならばそこは、罪人を追いやるために作られた場所であるからだ。
『ヘルボトム領』はひとつだけではなく、帝国に4箇所ほど存在する。
北端にあるのが『ヘルボトムノース』。
南端にあるのが『ヘルボトムサウス』。
東端にあるのが『ヘルボトムイースト』。
そしてシュタイマンが向かおうとしている、西端の『ヘルボトムウエスト』。
ヘルボトム領はすべて帝国とは陸続きであったが、ヘルボトムウエストは深い森林と山岳地帯の果てにある。
そのためシュタイマンがいた国からは、陸路よりも海路で行くほうが近い。
シュタイマンは港で兵士たちに分かれを告げ、ヘルボトムウエスト経由の船に乗り込んでいた。
帝国でたったひとりのスキル
いや、ほったらかしにすればいくらでも休める立場ではあったのだが、実直な性格がそれを許さなかった。
ひたすら無休で帝国じゅうを飛び回っていて、その移動手段は転送陣だったので一瞬。
こうして長い時間馬車に揺られ、そのあとは船に乗り換えるなどという移動は久しぶりであった。
客船のテラスに座って潮風に吹かれていると、実にのんびりとした時間が流れる。
シュタイマンは帝国の民のことだけが気がかりであったが、『結界』があれば不調なスキルは自然治癒するから大丈夫だろうと思い直す。
問題なのは、『結界』で補うのは難しい上級スキルを持つ者たち。
すなわち王族や貴族、とりわけ『聖偉』たちである。
彼らの顔が頭に浮かんできたが、シュタイマンは首を振ってそれらを追い払った。
「あれほどの権力者であれば、自分の力でなんとかできるであろう。
それに今頃は、わたくしを追放した喜びで祝杯をあげているに違いない」
シュタイマンの予想はほとんどが当たっていたが、一部でハズレていた。
まずは、ゴッドマザー。
彼女はシュタイマンが泣きついてくると思ってウッキウキであったが、真逆の方向に旅立ったと聞かされ荒れに荒れていた。
「きぃぃぃぃぃぃ~~~~っ! どうして、どうしてなのぉ!?
どうしてママのところに来てくれないのぉ!? もうっ! いじわる! いじわるぅぅぅ~~~~~っ!」
ゴッドマザーは大きな胸を揺らしながら、大魔神のように大暴れ。
シュタイマンが描かれた肖像画をひっぺがして足で踏みつけ、シュタイマンが勧めてくれた本を窓から投げ捨て、シュタイマンの彫像で大臣を下敷きにした。
紳士の顔に押しつぶされながら、大臣は轢き潰されたカエルのような悲鳴をあげる。
「ぎゃあああっ!? 落ち着いてください、ゴッドマザー様っ!
あなた様はシュタイマン様に愛想を尽かしたとおっしゃっていたではありませんか!?」
「それはシュタイマンちゃんを慌てさせるために決まってるでしょ!?
もう、なんでママの気持ちがわかってくれないの!? もぉ、もぉ、もぉ~~~~~~~っ!」
ゴッドマザーは彫像ごと大臣を足蹴にしながら、ヒステリックに叫ぶ。
「いますぐ人を手配して、シュタイマンちゃんを捕まえてきて!」
「ええっ!? 追放刑にした者を捕まえろ!? 国内に潜伏しているわけでもないのに!?」
「そうよ! それともあなたは、ママの言うことが聞けない悪い子なの!? えいえいえいっ!」
「わ、わかりました! わかりましたぁ~っ! だから踏まないで、踏まないでくださぃ~っ!
た、ただしおおっぴらに捜索はできません! 他の聖偉様たちにバレたら大変なことになりますので!
私の配下のものを、数名だけこっそり動かしますのでぇ~~~っ! それでどうにかご勘弁を~~~っ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……。それでいいわ。
でも見つからなかったら、『メッ』ですからね!」
「ひいっ!? 『メッ』だけはお許しくださいぃぃぃぃぃ~~~~っ!」
「嫌だったらさっさと行く! ほら、早く早く早く、早くっ!」
ゴッドマザーに追い立てられるようにして、部屋をあとにする大臣。
そこから廊下をひとつ挟んだ先には、ゴッドフォーチュンの部屋があった。
彼女もまた、シュタイマン擁護派のひとりである。
しかし彼女の部屋からは、金切り声は聞こえてこない。
ゴッドフォーチュンは薄暗い部屋のなかで、ひとり水晶玉と向かいあっていた。
ぼんやりと光るその水晶玉の中には、船のテラスでくつろぐシュタイマンが映っている。
「……わらわがシュタイマンを助けなかったのは、『地獄に落ちる』という占いをシュタイマンに信じ込ませるため。
追放されれば心を入れ替え、わらわの専属マッサージになると泣きついてくると思ったのに……。
あやつはこのわらわを無視して、遠くに旅立ちおった」
ゴッドフォーチュンはかざした両手で水晶玉を操るかのように、ゆらゆらと動かしていた。
「どうやらシュタイマンは本当に、自分自身が地獄に落ちることはかまわぬらしい。
であるならば、周りにおる者たちまで地獄に落ちるような目にあったらどうであろうか。
それも運命の導きのような、大いなる力で……!」
水晶玉のフォーカスはシュタイマンが見つめる海に映っていた。
さらにそこから海の底に潜ると、そこには……。
海底から今まさに這い上がってきたかのような、巨大ガニが……!
「ふふふ。船を丸ごと沈めるほどの厄災が起これば、きっとあやつも気付くであろう。
わらわの占いに抗うことなど、できはしないことを……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……ドォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーンッ!!
シュタイマンの乗っていた船は穏やかに海を進んでいたが、突如として爆音とともに大きく揺れる。
見ると、船首が巨大なカニのハサミに捕まっていて、今まさに船首像が切り取られようとしていた。
「うわああああああっ!? 巨大ガニだっ!? 巨大ガニが襲ってきたぞーーーーーーーーーっ!!」
「なぜあんなモンスターがこんな近海に!? それにこのあたりはサメはいても、モンスターはいない安全な航路のはずだったのに!?」
「逃げろっ! 逃げろっ! 旋回して逃げるんだ!」
「む、無理だっ! 船体がハサミで貫かれていて、身動きが取れないっ!」
「こうなったら戦うしかない! 戦えるヤツは巨大ガニ撃退に力を貸してくれーっ!」
船員たちは乗客に向かって呼びかける。
乗客の中には冒険者らしき者たちも大勢いたが、誰もが尻込みしていた。
無理もない。巨大ガニは強固な甲羅で覆われていて、剣撃も魔法もほとんど通用しない。
そのうえ戦っている最中に海に落とされでもしたら、サメのエサになってしまうからだ。
シュタイマンはパニックに陥った乗客たちをぬうようにして、船内を走り回っていた。
やがて冒険者学校の高校生らしき集団を見つけ、片隅で膝を抱いて縮こまっている、ひとりの生徒の腕を取った。
「少年、キミのスキルの力を貸してほしい。わたくしといっしょに来て、巨大ガニを倒すのだ」
ぎょっと顔を上げたのは、赤毛でそばかすの少年であった。
「ええっ、ボクのスキルの力で!? そんなの無理だよ!?」
周囲にいた少年のクラスメイトたちが失笑する。
「あっはっはっはっ! オジサン、なに言ってんの!?
冒険者見習いの俺たちに声をかけるのもアレだけど、よりにもよってソイツを選ぶだなんて!」
「そうそう、ソイツは俺たちクラスの中でもいちばんの落ちこぼれなんだぜ!
いわゆる『はずれスキル』ってヤツ!」
シュタイマンのこめかみが、わずかにピクリと震える。
少年は言い返しもせずにうつむいていた。
「そ、そうだよ。オジサンは知らないだろうけど、ボクは『はずれスキル』なんだ。だから……」
シュタイマンは腹の底からこみあげてくるものを抑え込み、つとめて冷静に、しかし力強く言った。
「少年たちよ、キミたちが持っているスキルが何か、わたくしは知っている。だからこそわたくしは彼を選んだのだ。
さぁ、立って、わたくしといっしょに来るのだ」
クラスメイトたちは大爆笑。
「ぎゃはははははは! このオッサン、シュリンクラブのヤツと一緒にあの巨大ガニを倒すんだってよ!」
「面白ぇ! 完全にイカれてる! あのスキルでどーやって巨大ガニを倒すってんだ!」
「もしかして引っ込みがつかなくなったんじゃねぇの!? シュリンクラブが『はずれスキル』野郎だって知らずにさ! ぎゃははははははははっ!」
次の瞬間、その場にいた誰もが感じていた。
空気をピンと張りつめさせるオーラが放たれたのを。
まるでガンマンが銃を、武士が刀を抜く直前のように。
「……黙るのだ!!」
その一喝は、巨大ガニの一撃よりも衝撃的であった。
さっきまで腹を抱えて笑っていた少年たちが蒼白になり、一斉に直立不動になる。
シュタイマンは己のプライドを傷付けられたような声で、少年たちに告げた。
「この世界に、『はずれスキル』など存在しない……! なぜならば、このシュタイマンがいるからだ……!」
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