瞬殺姫〆アデッサの冒険【リメイク版】~漂泊者たちの聖戦編~

西れらにょむにょむ

瞬殺姫〆アデッサの冒険

瞬殺姫〆アデッサの冒険①

 神話の時代。


 英雄は女神と共に戦い、邪神を地下聖堂に封じこめた。英雄は邪神が二度と復活しないよう、地下聖堂のうえへ封印をかたどった城をかまえた。城のまわりには英雄をしたう者たちがつどい、ときずして小さな国ができた。


 英雄は人々にのぞまれて王となった。

 その国は英雄の名にちなんで『ヤーレン』と名付けらた。


 女神はヤーレンを祝福した。そして、邪神の封印を守護しつづけることを条件に、英雄の子孫へ神の力を授けることを約束した。


 以来、ヤーレンの子孫は十五歳の誕生日に女神と王国への忠誠を誓うと、女神から【神の紋章】を授けられるようになった。【神の紋章】を体に刻まれた者は、さまざまな神の力を行使こうしすることができるようになる。


 ヤーレンは紋章がもたらす神の力により大きくさかえた。


 これが『西の強国』と呼ばれるヤーレンのなりたちである。



 ヤーレンの建国から約二千年後。


 南方の辺境で自らを『魔王』と名乗る悪しき存在が生まれた。魔王は軍勢をひきい近隣地域を制圧していった。周辺の国々は団結して魔王の軍勢にあらがい、奪われた領土の半分を取り戻す。だが、戦線は膠着こうちゃくし、多くの血が流れ続けた。


 無論、ヤーレンも魔王へ敵対する立場をとった。


 しかし、ヤーレンから魔王軍が猛威をふるう南方地域は遠く、国境をいくつもまたいでいる。故に、ヤーレン国内では魔王討伐への関心は薄く、『我々は封印の守護を最優先する』という名目のもと、前線へ兵は送らず、同盟国への支援のみをおこなった。


 各国はその支援に頼りつつも、誇り高き英雄国家への信頼を徐々に失いはじめていた。


 魔王軍との戦いが開始され、すでに三十年の月日が経過している。その時のながれのなかで、いつしか魔王は『そこに存在するのが当たり前の脅威』となっていた。



 そんなある日。

 ヤーレンの中央にある大理石造りの巨大な聖堂。


 第八十七代ヤーレン王の末娘、第十三王女、アデッサ・ヤーレンコリャコリャは十五歳の誕生日を迎え、【神の紋章】受章の儀式ぎしきのぞんでいた。


 聖堂の入り口に立つアデッサ。琥珀色の瞳。凛々しい眼差し。引き締まったくちもと。長いブロンドと、この日のためにあつらえられた純白のドレスがふわりと風にたなびく。足もとには赤い絨毯じゅうたんが敷かれた身廊しんろうが祭壇へとまっすぐに伸びている。


 聖堂の中に詰めかけていた人々の視線が、一斉にアデッサへ集中した。人々が息を吸う間の一瞬の静けさ――そして、巨大な大聖堂が震えるほどの大歓声と拍手がアデッサへと押し寄せる。人々の祝福にアデッサが笑顔で応えると歓声はさらに沸き立った。なかには感動のあまり泣き出す市民もちらほら見受けられる。


 アデッサは人々の熱気を全身に受けながらにこやかな表情と堂々とした姿勢をくずさず、正面の女神像を見据えた。


 大理石造りの巨大な聖堂。天井は見上げると溜め息が出るほど高い。そこには女神と英雄の偉業を伝える鮮やかな天井画が描かれていた。祭壇は二階ほどの高さにあり、その奥には女神像がまつられている。


 アデッサは女神像へ向けていた視線を伏せ、しばし立ち止まった。

 やがて何かを決意したかのように視線を上げ、大きく息を吐くと祭壇へ向け、緩やかに傾斜する身廊を歩みはじめる。


 そのあいだ、歓声と拍手はひとときも止まない。


 長いヤーレンの歴史のなかでも、これほどたみに愛された王族はめずらしい。その理由は、アデッサが王族でありながら子供の頃から市井に出向き、街人の声を聞き、彼らの悩みを知り、共に育ってきたからだ。


 アデッサへ向けられた親し気な声援を聞き、ヤーレン王も、先に紋章受章の儀式を済ませている姉王女たちも、どこか誇らしげであった。


 身廊の中ほどでアデッサが再び軽く手をあげると、聖堂がふるえるほどの黄色い声援が巻きあがる。


 子供の頃は精悍せいかんな顔立ちとやんちゃな性格から『アデッサ王子』などとからかわれていたが、いまではその長く美しいブロンドと、豊かに育った体をまえに、誰も彼女を男と見間違えたりはしない。


 だが、その凛々しい目鼻立ちが放つ中性的な魅力は、男性よりもむしろ女性の視線を強烈にきつけていた。群衆の最前列にはファンの女性陣がべったりと貼り付き、その誰もが彼女の晴れ姿を目に焼き付けようと熱い視線を送っている。


 アデッサが祭壇にあがり女神像の前でひざまづくと、一同は固唾かたずをのんだ。歓声が止み聖堂の空気がぴんと張りつめる。


 静かに燃える青い炎がアデッサの前へ現れ、周囲をまばゆい光で照らす。地上へ顕現けんげんした女神の姿だ。


「忠誠の誓いを述べよ」


 二千年ものあいだ変わらずにそうであったように、女神はひとことだけ言葉を発した。


 だが、アデッサの誓いは、二千年の決まりを破るものであった。


「私、アデッサ・ヤーレンコリャコリャは女神様への忠誠を誓います――」


 アデッサの、少女にしては低く、だが澄んでよくとおる声が聖堂に響くと、周囲がざわめいた。ヤーレンの国民であれば誰でも知っている、誓いの言葉は『女神とヤーレンへの忠誠』という決まりだ。だが、アデッサは女神への忠誠までで言葉を区切ったのだ。


 それどころか、アデッサは誓いの言葉の最中にスッと立ち上がった。見守っていた群衆のなかからいくつか、驚きの声があがる。


「ですが女神様、私が忠誠を誓うのはヤーレンではありません。南方地域では人々が魔王に苦しめられていると聞きます。たとえヤーレンだけが栄えても、他の国の人々が苦しんでいたのでは意味がないのです。私が忠誠を誓うのはこの世界! 私は世界の人々の幸せのために力を使いたいのです! 初代ヤーレン王がそうであったように!」


 突然の堂々たる宣言に、聖堂は一瞬静まったのち、称賛しょうさんの声であふれた。


 だが、そのとき――


 聞いたこともないほど激しい雷鳴がとどろき、まるで世界が引き裂かれるかのような激しい音をたて、稲妻が高窓を突き破り、アデッサに直撃した。


 白煙と、なにかが焦げる臭い。


 叫び声をあげることさえ忘れ、おののき身をかがめていたひとびとが恐る恐る目をひらくと、そこに映ったのは、祭壇で右腕をおさえうずくまるアデッサの姿。


 その腕に刻まれていたのは赤い、【瞬殺の紋章】。

 敵を一撃のもとに殺し、殺し、殺すことしかできぬ力。

 世界の幸せとは程遠い、血塗られ呪われた紋章がその腕に刻まれていたのだ。


 この事件を受け、ヤーレンの世論は二つに割れる。アデッサの高いこころざしをたたえ、彼女こそが英雄の再来であると主張する声。そして、二千年続いた伝統を勝手に壊し、まさに天罰ともいえる呪われた紋章を刻まれた者を処刑せよという声。神官は真意を女神に問うたが、ついに神託しんたくは得られなかった。


 揺れていたアデッサの処遇はヤーレン王のひとことで決着をむかえる。


「王女アデッサを国外追放とする。以降、このヤーレンで王女アデッサの名を口に出すことを禁ず」


 誇り高きヤーレンの民、ましてや封印の守護者である英雄の末裔まつえいにとって、国外追放は耐え難い罰である。だが、国を統べる者として、しきたりを破った者を放置することは出来ない。たとえそれが、こころざしたかき娘であったとしても。それがヤーレン王の出した答えであった。


 追放の日。


 裏門から国を出ようとするアデッサを待っていたのはヤーレン王そのひとであった。


 ヤーレン王はなにも言わず、しばしアデッサを見据えたのち、秘宝【王家の剣】を手渡した。


 そして無言のままアデッサの左腕を掴むと、右腕に刻まれた【瞬殺の紋章】と対になる位置へ手を当て、呪文を唱える。ヤーレン王の掌が青くまばゆい輝きを放つ。その輝きが消えたとき、アデッサの左腕には新たな青い紋章が刻まれていた。


 人間の手により作られた最強の防御魔法紋章【鉄壁の紋章】だ。


 アデッサは何も言わず、嬉しそうに、ヤーレン王から授かった左腕の紋章を指で撫でる。


 父と娘。互いに言葉は発しない。


 いちど口を開いてしまえば、己が定めた禁を破り、娘の名を呼んでしまいそうになる。父は歯を噛みしめた。娘はそんな父の心を察し、ただ笑顔で応えた。


 そして――娘は父から受け取ったばかりの剣を抜くと、長く美しいブロンドの襟もとへ当てる。


 刃に触れた髪は音もなくたれ、娘はそのひとふさの髪を父へと渡した。

 娘の形見の髪を受け取る父の目から、誰にも見せたことのない涙がこぼれた。


 アデッサは爽やかな笑顔を残し、開け放たれた裏門から振り返らずに、世界へ向けて飛び出していった。

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