バイト帰りに拾ったのは家出してきた学校一の美少女でした

シクラメン

第1話 バイト帰りに拾ったのは家出してきた学校一の美少女でした

 俺――秋月あきつきれんは苦学生である。

 苦学生、と言っても大学生ではない。高校生だ。


れん、今日もコンビニ弁当か?」

「まあな」


 昼休み。教室の中心で友人のあかつき がくにそう言われて、俺は今朝買った弁当を見せた。


 どこにでもある緑のコンビニで買った弁当だ。最近、ちょっとだけ健康に気を使って買い始めた野菜ジュースがもの悲しく弁当の上にのっている。


「体を壊すぜ?」

「しゃーないだろ。作る時間なんてないんだから」

「お前も彼女作れば良いじゃねえか」


 そう言ってがくはドヤ顔で俺に弁当を見せてきた。


 うわっ、彼女の手作りかよ。

 俺はちょっと呆れつつ岳に聞く。


がく、もう彼女に弁当作らせてんの?」

「もう、ってなんだよ。付き合ってから2カ月は経つっての。しかも、俺が作らせたんじゃなくてあおいが作ってくれるって言ったんだ」

「はいはい。惚気のろけは良いよ」

「良いだろ? 羨ましいだろ??」


 そういって岳がニヤニヤした顔でこっちを見てくる。俺は相変わらずの友人に、「はぁ……」と溜息ためいきをついた。


「あのさ。俺だって彼女作れるなら作りたいよ?」

「おう。作れば良いじゃねえか」

「そう簡単に作れたら困らないんだって。それに……付き合ったら金かかるだろ」

「当たり前だろ。交際費だよ。交際費」

「金ねーんだよ、俺」


 俺がそう言った時、岳は少しだけ思い出すような素振りを見せて。


「生活費、全部バイトだっけ」


 岳は自販機で買ったジュースを飲みながらそう聞いてきた。


 俺は肯定のために首を縦に振る。


 学費は全部奨学金から払っているから、そっちの心配はないが生活費を全部奨学金で賄えるわけでは無い。だから俺はバイトで足りない分をまかなっているのだ。


「だからさ、彼女とか作ってる場合じゃないんだよ。作ってもデートにすら行けないんだから、彼女の意味ないじゃん」

「いや、れん。ちょっと勘違いしてるぞ? 俺たちだって別に毎度毎度金のかかるデートしてるわけじゃないし。それに、別にデートするだけが彼女の良さじゃねえって。苦しい時でも一緒に居てくれる安心感だって彼女の良さだぞ」

「きっも」

「蓮君の嫉妬が気持ち良いなぁ」


 相変わらずニタニタした顔の岳。

 殴ってやろうか。


「つっても……。いつかバレるだろ? 俺に両親がいないこと」


 どちらかというと、そっちが彼女を本気で作りたくない理由だった。


 小学生の時、両親は帰らぬ人になった。


 中学生の時は祖父の家に預けられたが、祖父は昔ながらの頭が固い人で俺の高校進学をよしとしなかった。高校に行くくらいなら働け。もし、高校に行くのであれば一切の援助をしない、とまで言い切った。


 俺は最初、厳しいことを言っているつもりなのだと思ったが……どうやら、それは本気だったらしく、地元でそこそこの進学校に合格した俺に待っていたのは、全くもって予期しない一人暮らしの始まりと、バイト漬けの生活だった。


「別に良いんじゃね? 誰も気にしねえよ」


 岳がそう言って笑う。


 そう言ってくれることで、俺がどれだけ助かってるのかなんてこいつは考えないんだろうなぁ。とか、考えながら俺は言った。


「気にするだろ」

「ってかさ、れん。お前の言い方だと、まるで頑張れば彼女ができるって口ぶりじゃね? そう簡単にはできねーぞ?」

「岳にできたんだから俺にだってできるだろ」

「俺のこと舐めすぎ」


 2人して笑いあう。


「そういえば聞いたか? 七城ななしろさん、まだ彼氏いないらしいぜ」

七城ななしろさんって……A組の七城さん?」

「そう。あの七城陽菜さん。くっそ可愛くて、おっぱいの大きい七城さん」

「お前さ、デカい声でおっぱいとか言うなよ」


 いくら昼休みの教室が騒がしいからと言っても、デカい声でおっぱいって言えば目立つに決まってるだろ。


「いやぁ、七城さんも凄いよな。学校一の美少女って言われてるし、この2カ月でめちゃくちゃ告白されたらしいし。しかもあれなんだろ? 七城さんって、結構良いところの家なんだろ?」

「いや、知らんけど……」


 何でこいつ、こんなに詳しいんだよ。


「葵が言ってたんだよ。家の近くまで行ったことあるけど、結構大きい家だったって」

「へー」


 心底どうでも良い俺は生返事を返して弁当に手を付けた。


「なんだよ。気にならないのかよ」

「ならん」


 俺は弁当に手を付けながら言った。


「青春は金と時間のあるやつがやるもんだよ。俺にはどっちも無いからな」

「何でお前かっこつけてんの?」


 俺はマジで殴ってやろうかと思ったが、岳はガチガチの柔道部なので止めた。


□□□□□□□□□


「はー。今日も疲れた」


 時間は22時過ぎ。

 バイト終わりでクタクタの身体で自転車を漕ぐ。


 自転車のかごには先ほど買ったばかりの弁当が寂しく揺れていた。


「もうそろそろ、まだ寒いな」


 街灯に照らされる中、肌寒い風を切って一人呟く。


「よし」


 家の近くにある公園に自転車を止めて、公園のベンチに向かう。


 バイト帰りに、誰もいない公園のベンチに座って夕食を食べる。

それが、俺の日課だった。


 今は両親が残してくれた持ち家に住んでいる。そこは小学生まで家族で住んでいた家だった。だから、家で食事を取るのが苦痛だった。


 家で食事を取ると、両親がいた時のことを思い出すから。


(……誰かいる?)


 俺は公園のベンチに誰かが座っているのを見て、眉をひそめた。

 ここら辺は住宅街だから、22時ともなれば出歩いている人はほとんどいない。

 現に1人暮らしを始めてから今まで一度として、この公園で誰かに会ったことは無かった。


 なのに、彼女はそこにいた。


 暗闇の中で、公園に設置された外灯の光を反射して煌めくつややかな紺色の髪色。白磁の陶器かと思うほどに乳白色の肌と、赤みのさした頬。そして、少しだけ暗い藍の瞳。


 誰か、などと言うのも無粋に思えてくる。

 彼女が七城陽菜だ。


 流石は学校一の美少女と言うべきだろう。ただ公園のベンチに座っているだけで、かなり様になっている。このまま写真を取って、なんかのコンテストに上げたら賞金とか貰えないだろうか?


(先客か……)


 しかし、あいにくとここに在るのは一眼レフではなく格安のアンドロイド端末。被写体がいかに良くてもカメラマンとカメラが悪ければ、写真が腐ってしまう。俺は溜息をついて、どうするかを考えた。


 一応、他のベンチもあることもある。


 あるが、誰かがいる公園でわざわざ別のベンチに座って夕食を食べる真似はしたくない。仕方ないから、今日は帰ろうと思った時に視線があった。


 ぺこり、と向こうが頭をわずかに下げる挨拶をしてきたので、反射的にそれに応えた。


 応えてしまうと何だかそのまま無視して帰るのも気持ち悪くなって、思わず話しかけてしまった。


「何……やってるの」

「……家出、したんです」


 彼女は泣きそうな顔でそう言った。


「……どう、するの」

「…………」


 彼女は何も言わない。


「帰らないの?」

「帰りたく、ないです」

「どうするの?」

「…………」


 2度目の問いにも七城さんは何も言わずに、じっと下を見た。


「友達とかの家は?」

「……いないです」

「えっ!?」


 びっくりして変な声が出た。


「私、友達って言えるような人はいないんです」

「…………」


 今度は俺が黙り込む番だった。

 まさか、あの七城陽菜に友達がいないとは思わなかった……。


 なら、行くあてがどこにも無いということだろうか?


「このまま、ここにいるつもり?」

「…………」


 七城さんは何も言わずに、こくりと頷いた。


「……寒いよ?」

「……分かってます」


 まだ季節的には春。夜になれば、それなりに冷え込むだろう。

 俺が言うまでも無く、それを知っている彼女はただこくりと頷いた。


「…………」


 俺はナイロン袋をくしゃりと、握った。


「あのさ」


 この時、俺は自分が何を言い出したのか自分でもよく分かっていなかった。


「ウチに来る?」


 けれど俺は彼女の顔をそれ以上、見ていられなかった。

 

 ただ、何とかしたかった。

 それは、まるで10年前の自分を見ているみたいだったから。

 

 でも、今の自分にできることなんて何も無い。

 何もないからこそ、俺はそう提案した。


 提案してから、この提案の頭が悪すぎて自己嫌悪におちいった。


 ……来るわけがない。


 彼女と俺にはなんの接点もありはしない。


 向こうが挨拶してきたのは、俺が彼女と同じ学校の制服を着ていたから。それだけだ。付き合ってもない、友達でもない、それどころか、今まで一度も話したこともないような男の家に女の子が来るわけがない。


 だから、自分の提案があまりに的外れで自己嫌悪に陥った。


「いや、何でもない。変なことを言っちゃって……」

「……ます」

「はい?」

「……行きます。秋月さんの家」


 どうして俺の名前を? 


 と、聞くよりもこの的外れな提案が通った方に衝撃を隠せなかった。

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