第19話 あの頃と
(掛川忍side)
私は彼に会いにいくと言っていた篤くんにお願いして、私が彼をここに連れてくることを約束した。篤くんや勇次くん、桜が会いに来てもいいんだろうけど、彼がここに戻ってくるということが、とても大切だと思った。
辛い思い出の場所かもしれない。
でも、私たちと一緒に過ごした思い出もここにはたくさんあるから。
彼を屋上へ呼び、会わせたい人がいることを、会いたいと思ってくれている人がいることを伝えた。
そして次の日曜日の午前八時に駅前広場の時計下のベンチ前に来てと言うと、彼はとても困ったような顔をして、「行けたら行く」とだけ、一言いった。
私は彼が来てくれると思っていた。でも、不安もあった。三年半も離れていて、しかも忘れていたのに、突然、目の前に現れて彼の気持ちも考えず勝手に予定を組んだ、そんな人間の願いを聞いてくれるのかと。
私がバスから降りると口に何かを頬張りながら、慌てて私の方へやってくる彼を見た時は、涙が出るんじゃないかと思うくらい嬉しかった。
つい、行儀が悪いわよと、憎まれ口を叩いてしまったけれど……
私が友達から習ったばかりの化粧をして、お気に入りのワンピースとバッグで、精一杯のお洒落をしてきたのに、彼は海にでも行くようなラフ過ぎる格好でやってきたことに、少し腹が立ったということも理由の一つ。
携帯を取り出し時間を確認する。午前七時四十五分。
駅の方へ行こうと彼の方を見ると、彼も私を見てくれていた。見ていてくれていることが嬉しくなり、私は幼い子供のようにくるりとまわり、お気に入りのワンピースを彼に見せた。
あんまり興味の顔をしている彼を見て、少しがっかりしたけど。
浮かれている。
彼と二人でデートに行くわけじゃないのに。
気を取り直して少し早かったけど駅へ向かうと、日曜日のホームは静かで私たち二人だけがいる。
私たちはホームにあるベンチに並んで座ると、来てくれると思っていたことを彼に伝えた。彼はとても眠たそうに欠伸をしている。
先に進めるように手伝いたいと思う反面、このまま、二人だけでいたい、時間が止まってしまえばいいのにと思う自分がいる。
三年半という時間は巻き戻せないし、彼の心の中には忘れるのとのできない女の子がいることも知っている。
私はドリカムの『LOVE LOVE LOVE』が頭の中に流れた。よく聞いていた曲。
色々と頭の中で考えていると、彼が私の方を見ているのに気づいた。
私と目があった彼は慌てて水を飲んでいた。
あの頃の少年の頃の面影を残しつつ、だいぶ、大人になっていた。
顔も、腕も、肩周りも、胸板も、全てが…
やっぱり、三年半の時間は長かったんだ。
そう感じた時ホームに電車を知らせるベルが鳴り響き、ゆっくりと電車が私たちの目の前に止まった。
私はベンチから立ち上がり、先に電車に乗ると、彼の方へ振り返り、
「行こう」
と、声をかけた。
彼は、一瞬、躊躇したが電車に乗った。
彼の手が、ぎゅっと強く握りしめられているのが分かった。
私は彼を促し、二人がけのシートへと座った。
電車がゆっくりと進み出す。
窓の外の景色が、電車のスピードに合わせ、どんどん流れて行く。
窓の外に流れていく景色を見ていると、二人の間を通り過ぎていった思い出が頭に浮かんできた。
駅で待ち合わせて、電車に乗って、二人で色んなお店を見てまわり、たくさんお喋りをして、公園で鯛焼きを食べた。
なんで、鯛焼きだったんだろう。
私は、ふと可笑しくなって、彼にあの時の話しをした。
そして別れた後のこと、篤くんたちから聞いたこと、今の気持ちを。
私が一方的にしている話しを、ただ、黙って聞いてくれていた。
私は彼の手を握った。あの頃と違い、大きくなっている彼の手を。手を引っ込めらるかと思ったが、彼は私の手を拒否することなく、そのままでいてくれた。
あの日、ずっと握っていた手。
あの日、私とあまり変わらなかった手。
私の手のひらに、彼の温もりが伝わってくる。
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