野盗 1

 黄昏時のせいか、世界が赤く染まっている。

 エルザを取り囲む野党たちは、全部で、二十名。

 現在地は帝都近郊の林の中。徒歩で街道警備の詰め所まで逃げるとしたら、かなり距離がある。一瞬だけ目くらましをかけて逃走しても、逃げきれるものではない。

 警備兵が来るまでの時を稼ぐことと、できるだけここから移動しないこと。また、移動するらなら、どこへ行くか跡を残していく必要がある。

 エルザはカバンに入っているものをリストアップしながら、対策を練った。

 ここから警備兵のいるところまでは、それほど時間はかからない。リンたちは、まっすぐにそこに飛び込むだろう。それは間違いない。

「そのカバンには何が入っている?」

 頭はエルザのカバンを指さした。

「商売道具です。栄養剤や、咳止め、解熱剤などですね。病人のつきそいでしたから」

 嘘ではない。今回、用意したもののほとんどは薬剤だ。むろん、それだけではないが。

「魔石を作るのに、どれくらいかかる?」

「それは費用の面でしょうか? それとも時間のことでしょうか?」

「どちらもだ」

「魔石といっても種類があります。お求めになるものによって違います」

 一言で魔石といっても、単純に魔道具を動かすためだけののものもあれば、さきほどのように魔術をとじこめたものもある。基本的には石に魔力を注ぎ込んで作るが、呪文をとじこめるにはかなりの技が必要だ。

「さっきの光玉だとどんな感じだ?}

「販売価格でしたら、千Gです。時間は三日というところでしょうか。当然、光玉はそれほど高度な呪文ではありませんから、短い方です」

 エルザは正直に答えた。

「たかが光玉で?」

 初歩の初歩ではないか、と頭は呆れたようだった。

 ひょっとしたら、魔術が少し使えるのかもしれない。使える人間からすれば、信じられない話だろう。

「魔術を石に注ぐのには技術がいります。そして、一度にできることではありません。錬金術というのは、時間も必要ですから」

「雷光の呪文を使う魔石は作れるか?」

 雷光というのは、文字通り雷の魔術だ。光の攻撃魔術で、かなり難易度が高い。

「作ることは出来ますが、ひと月はかかりますね」

 まるで、客に話しているかのようだ。

 とはいえ、この相手の男は魔石をエルザに作らせたところで、代金を払ってはくれないだろうが。

「頭、そろそろ逃げたほうが」

 頭の隣にいたひょろりとした男がせっつく。

「そうだな」

 頭は頷いて、エルザからカバンをひったくって、それを隣の男に渡した。そして、エルザの身体を肩にかつぎあげる。

「なっ、おろして!」

「行くぞ」

 エルザの抗議はきこえないかのように、男たちは獣道へと飛び込んでいく。

 エルザは暴れるふりをして、ポケットから粉の入った瓶を取り出して、手ににぎる。指の間隔でふたをあける。そして、指で量を調節しながら、地面に粉を落とした。

 粉自体は、ただの血止め薬だ。ただ、少しだけ光を反射しやすい物質のため、ちょっとした道しるべにはなるだろう。苦い薬剤なため、動物に舐められることは少ない。

 林の細い獣道を抜けて、彼らがたどり着いたのは大きく開いた穴だった。かなり地下に向かって伸びている。

 野党たちはそこをねぐらにしているらしい。

 ひとりがランプに火をともし、備え付けの縄梯子を下りていく。

 ここに来て、ようやくエルザは頭の肩から降ろされた。

「これを下りるの?」

 エルザは縄梯子をさす。

「暗くて怖いわ」

 日が落ちて辺りは暗くなってきている。そして地下はさらに真っ暗だ。

「穴の中なら、明かりをつけてもいいかしら?」

 エルザは頭に尋ねた。

「穴の下の方なら、外には目立たないでしょう? 縄の梯子ってゆれるもの。怖いわ。どうしてもダメというなら、私をそこの木にでも縛って。明日、明るくなったら下りるから」

 一晩木に縛られるのは嬉しくないが、穴に降りていくよりは、警備兵に見つかりやすい。

 どちらの要望も聞き入れられず、無理やりに下りろと言われる可能性もあるが、こうやって少しでも時間を稼ぐことに意味がある。

「わかった」

 頭は頷いて、「光よ」と呪文をとなえた。やはり、簡単な魔術は使えるようだ。

 光が現れた先は、梯子おりた先の奥の方。できるだけ穴の上部には光が漏れないように配慮したのだろう。うすぼんやりと梯子の下が照らされている。

「下りるわ」

 エルザは頷いて、縄梯子に手をかけた。

 ゆれる梯子というのは、やはり怖い。わざとでなくても、ゆっくりとしか下りれない。素手のため梯子を持つ手は、キリキリといたいし、足を滑らせそうでひやひやした。ようやく地面に足がついたとき、さすがのエルザもホッとする。

 穴の脇に大きな洞穴があった。かなり奥まで続いているようだ。おそらく彼らの住みかであろう。

 こんなところに洞穴があるなんて、エルザは聞いたことがなかった。

 エルザは言われるがままに奥へと歩いていく。

 洞穴は、鍾乳洞のようだ。とても空気が冷たくて、ぽとりと時々水滴が体に落ちる。ただ、壁際にはランプが灯されていて、薄暗いけれどみえないわけではなかった。

 少し進むと、大きな広い場所に出た。テーブルと椅子、酒樽などが置かれている。どうやら食堂らしかった。

 テーブルの上にエルザのカバンが置かれている。今回の襲撃の唯一と言っていい戦利品だ。野党たちに価値がわかるかどうかは別として、中身はかなり高価なものばかりである。教えたくはないけれど。

 もっともエルザとしても、自分に価値があると思ってもらえれば、身の安全が保障される。

 ある程度の質問には答えるつもりでいた。

「飯の用意をしてろ。俺はこいつと話がある」

 頭はエルザの手をとって、引っ張った。

「へい。わかりやした。ごゆっくり」

 にやにやと男たちは下卑た笑いを浮かべる。

 嫌な予感にエルザは鳥肌が立つのを感じた。

 エルザは、それほど若くはないとはいえ女性だ。野盗に紳士的な対応を求めるのは無理だろう。身の安全は保障されたからと言って、貞操の心配はクリアにはならない。

 男所帯だ。こういう心配はするべきだった。

 エルザは、唇を噛む。

──この男一人を何とかすることは出来るけど。

 頭は、一人部屋のようなものがあるらしい。広間からさらに奥に入った部屋のような空間にエルザは連れ込まれた。寝台が一つ置かれている。ランプは一つで薄暗い。どうやら、この男の部屋のようだ。エルザはポケットのなかで最後の瓶に手をかけた。

「殺されたくなければ、俺を喜ばせろ。よく見るときれいなかおをしているじゃねえか」

 男の手がエルザの顎にかかる。

「あら、あなたもよく見ると素敵ね」

 エルザは笑って、話を合わせるように男の身体に手を回した。

 男は完全に無警戒だ。

 エルザは、男の背で瓶のふたを開いて、そのまま液体の全量をかける。

「なっ」

 男は悲鳴を上げた。男の身体に氷がはりついていく。凍結剤だ。命は奪えないけれど、少なくとも数時間はこのままだ。

──問題はこの後よね。

 エルザのポケットにはもう何も残っていない。

 カバンは大勢の人間がいる場所のテーブルの上。まして、その場所を通らなければ出口に向かうことも難しい。

──さて。警備兵さんたちが早く来てくれるといいのだけれど、困ったわね。

 エルザは小さくため息をついた。

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