第129話 ふたたび、旅

「そろそろ来るかな。」と、友里絵は

左の方を見て。


「まだだ」と、由香。



コンクリートの階段は、滑り止めがあるものの

古い国鉄仕様なので、白いステップに刻みが入っている。

よく、駅の階段にあった感じ。


でも、ゴムでもないので雨が降ったら滑るかもしれない。


耐久性を重んじた時代の物である。




階段を下りると、ホームの向こう側、線路を挟んで。


伯母さんがにこにこ、立っている。



お見送りをしてくれるのもあるが、列車の運転士、車掌から

連絡が無いか、それを確かめる役割もあったりする。


委託駅員にはない仕事だが、長年、正規の駅員だった記憶が

そうさせている。



静かな山間から、煉瓦色のディーゼル機関車が

静かにやってきた。


由布院の方から来ると、下り坂なのだ。


エンジン・ブレーキを利かせている。


ディーゼルエンジン、トルク・コンバータなので

直結段にして、排気ブレーキを使っている。


12気筒、30Lエンジンの響きが聞こえた。


駅に近づくと、空気ブレーキの音が聞こえ

編成の方からブレーキが利き始める。


少し、軋み音が聞こえる。


「あ、来たね」と、由香。




「うん」と、愛紗。



DE10 1132 と書かれた金属のバッヂ。



機関車の先端の、デッキの部分の前に

鎖が渡され、そこに薄い金属板でヘッドマーク。

白地に、踊ったような文字で

タウン シャトル


とある。


マンガのイラストがあって。




「あ、この絵、知ってるー。お笑いマンガ道場に出てた人!」と、友里絵。



「誰だっけ?柏木だっけ」と由香。


愛紗は覚えが無い(笑)。



「んー。なんだっけ。富永だ!」と、友里絵。


「あ、そっか。富永一郎。けっこうエッチなマンガなんだよね」と、由香。



「そーだっけ?」と、友里絵。



そんなことを話していると、列車はごとごと、と近づき

伯母さんの姿を隠した。


友里絵はなんとなく淋しくなって「あー、早くドア開けて!」と。



「止まってからね。バスもそうだけど」と、由香。





ゆっくりゆっくり、列車が止まる。


がらり、と

ドアが、空気の音と一緒に開く。



電車ではないので、片開き。

そこがまた、旅情を誘う。


「なんか、遠くに来たなー。」と、友里絵。

「ほんと」と、由香。


愛紗は、時々乗ってるので、ふつう(笑)。




反対側のドアの窓で、伯母さんがにこにこしてるのが見える。



「窓開かない?、あ、そっか。あっち!」と、友里絵は

客室へ入って。



空いている。



すごそこのボックス席の窓を開けて。


「ありがとうございますー。」と。


由香も向かい側の席から、手を振って。



すれ違い列車が来て、その視界を遮る。グリーン・メタリックの車体に

金のストライプ。


「あ、これ、ゆふいんの森だって」と、友里絵は列車表示を見る。


「ゴージャスだなぁ」と、由香。


愛紗は、そのCAの制服を見て。


・・・あの仕事なら、あるのね。


そんな風に思って、見ていた。



でも、なんとなく、自分がなりたい仕事とは

ちょっと違うような、そんな気もした。


このCA職は、普通特急の時は検札も行うので

その時は車掌の制服も着るのではあるが。



ゆふいんの森は、庄内には止まらないので

そのまま、ゆっくりと通過する。


最後尾で、ホームを注視する車掌。


その表情に、なんとなく憧れを感じる愛紗である。




ゆふいんの森が、通過すると

伯母さんも、その最後尾を見て。

手をあげて。




車掌も、伯母さんに礼をして。



「かっこいい!伯母さん」と、友里絵。



「制服だったら、もっと」と、由香。



「駅員もいいね」とも。




大分行き列車の車掌が、笛を吹き


「大分行き、発車します。ドア閉まります」と、アナウンス。


ドアを閉じる。



がらり。




ピー、と言う

ディーゼル機関車の甲高い笛が聞こえて。



ごとり。


列車が動き出す。



伯母さんがにこにこ、手を振って「後でね。」。




「いってきまーす」と、友里絵。



由香は「ありがとうございます」と。



愛紗は、手を振るふたりを見ながら。



旅はいいな。

そんな風に思った。

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