第116話 好き

「見てられなかったね。だからあたしも『由香とも遊んでくださいよー。』って

割り込んだりして」と、由香。



「まあ、アタシがくっついてただけだけど。」と、友里絵。


「そのあたりがね、違うんだよね、あの人」と、由香。



「そういう感じはあるね。」と、愛紗。



伯母さんは、のんびり。お風呂。


「あ、ごめんなさい、煩いでしょう」と、由香。



伯母さんは「いいえ、楽しいわ。私も、そんな頃があったな、と

思い出したりして。若いっていいわね。」と。



「まあ、あたしらも思い出してるんだから、同じ」と、友里絵。


「そうね、ふふ」と、伯母さんも笑う。



夜になって来て、お客さんも減ってきて「いつもは今頃くるんだけど、空いてていいよ。」と

伯母さん。



「じゃ、愛紗はさ、ここに住んだら毎日温泉!」と、由香。


「いいなー。」と、友里絵。




「そうね。明るくていいなぁ友里絵ちゃん。」と、愛紗。



「愛紗もさーぁ、考えなくていいじゃん。そんなに。」と、友里絵。


由香は、ちょっと、その愛紗を見ていて閃いた事があった。



お風呂を出て、服を着て。


ちょっと、友里絵とふたりきりになったとき「ねね、友里絵、タマちゃんに電話してさ、愛紗を


出しちゃって。元気付けて貰えば?」と、由香。



「いいね、それ。早速!」と、友里絵。



バッグから、携帯を取り出して。


コール。



「まだ8時前だから、帰ってるかなぁ・・・・。あ、こんばんはー。ゆりえ。元気ー。

今大丈夫? あたし?へへ。旅行!どこにいるかって?うん。大分。

あのね、ちょっとお願いがあるの。お金じゃないの!ちょっと、ね、友達を

励ましてあげて!。誰か?あの、ほら、『かわいい愛紗』。 え、なぜかって?

うん。あの子ね、ドライバー志望だったんだけど。え?知ってる?そう。

それでね、上手く行かなくて落ち込んでるの。それで。あ、来た来た!代わるね」




深町は、まだ研究室に居たので・・・。ひろいエントランスに出た。




中二階の吹き抜けは、面白いフリースペースになっていて。



カフェ、バーカーショップ。そんなものがあるけれど




学生向けなので、今は閉店後。



それで静かだ。




「・・・さて、どういう話かな。?あ、日生さん?深町です。久しぶり。温泉であったっけね、


こないだ。」




愛紗は、いきなりのことで、何を話していいか分からない。ドキドキして。



「あ、あの・・・突然すみません。わたし・・・・。」と、

彼の声を聞いたら、なぜか安心した。




深町は「ドライバー、無理しなくていいね。のんびりした方が。最初は誰でも

出来ないもの。僕も出来なくて。結局逃げた。」と、笑う。




愛紗は「逃げたのではないです」と。



深町は「いや、断ればドライバーで居られたんだ。でも、そんなにしなくても

いいって思ったのさ。僕は元々国鉄に入れなかったから、バスに乗ったんだから。」と。




愛紗は「そうなんですか?」




「そうさ。研究なんて不安定な仕事は辞めて、嫁でも貰えと母が言ったから。

でも、あんな生活では嫁どころじゃないから。ハハハ」と。



深町も明るい。




愛紗は、なんとなく・・・心の中が温かくなった。



この人は、優しい。正直だ。




ありのままに告げる。かっこ悪くても。



そう思うと、愛紗自身、なぜそんなことを言ったのか分からないけれど



「あの・・・・・深町さん。」と、愛紗。



「はい。」



「好きです。初めて会った時から!」




深町も、ちょっと驚いたけど「ありがとう、『かわいい愛紗』さん。僕も好きですよ、あなたの


事。あの曲をね、スティービー・ワンダーが歌った時の気持みたいに優しい気持で。」



愛紗は、落涙していた。


次の瞬間、恥かしくなって「失礼します!」と、携帯を友里絵に渡して

風のように去った。



これには友里絵も、由香も。そして、伯母さんもびっくり(笑)


「あーおどろいた」と、友里絵。


「オトメちゃんだなぁ」と、由香。


「ああいうセリフを言ってみたいのよ。あの子。ふふ」と、伯母さん。



「そうなんでしょうか?」と由香。



「そう。だってあの子、経験ないんだもの。ボーイフレンドも居なかったから。

中学生くらいで止まってるのよ。恋愛のほう」と、伯母さん。





「落ち着けばまた、考え直すわよ」よ、伯母さん。「さ、愛紗はほっといて帰りましょ。

あの子は家、知ってるから。帰ってくるわ。バッグもそのままだし。」と、伯母さんは

愛紗のバッグを持って。



とことこ。




「おおらかだなぁ」と、由香は

その後ろ姿を見て。


「まあ、田舎だから安全だしね。オトメちゃんが歩いてても」と、友里絵。


「それもあるね」と、由香。




ははは、と、ふたり笑って「田舎はいいなぁ。」



「でもさ、友里絵さ、ホントに愛紗に譲っていいの?」と。由香。



「・・・まあ、それはタマちゃんが決めると思うし。あの人のことだから

愛紗と結婚、なんて事ないと思うよ。」と、友里絵。



「そうね、それはそう思う」と、由香。



「お母さんが悲しまないように、って、ずっとそばに居てあげた人だもん」と、友里絵。



彼の母が、長男と夫を亡くし、悲しんでいたので

ミュージシャンを諦めて、帰ってきたと言う、そういう人だ。




「でもさーぁ、愛紗だったらお母さんも喜ぶんじゃない?」と、由香。


「それはそうね。それだったらそれもいいじゃん。どっちみち、アタシじゃ

お母さんは喜ばないよ。」と、明るく友里絵は言ったけど


なんとなく哀しくなった。


少しなみだ目。



由香は、友里絵を抱いて「そんなこと無い!そんなことないよ、きっと。」と。

なぜか、由香も落涙していた。



「アンタが泣くな」と、友里絵も泣いている。


「うるさい」と、由香は乱暴に涙を拭った。


友里絵の頬も撫でて、涙を拭いてあげた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る