第46話 悪に負けない心

「ま、いいか。俺やるよ」斎藤は

ひょい、とバスに乗って

もう一度前に出して、真っすぐバック。


後ろが見えてるみたいに、綺麗に坂道一杯に下げた。


凄いなーと、愛紗は思う。



斎藤は降りてきて。



「日生さんも辞めるんだもんね。あんまりやってもね」と、残念そうに。



愛紗は「すみません」と、頭を下げた。



斎藤は「いや、会社全体を見ればその方がいいね。事故になったらかえってバス業界全体の

損失だし」




と、真面目。


元々真面目な人なのだ。




愛紗は「深町さんもそんな事を」




斎藤は「たまか。ああ、あいつもそういえば。

いつ戻って来るんだか。」



愛紗は「戻って来るんですか?」



斎藤は「わからんさ。だけど、そうなるといいね。まともな奴は」




まとも?と、愛紗は。



斎藤は頷き「今は、変な世の中だから、善悪よりも損得で、金払うんなら何してもいいとか。

たまは、負けなかったね。にこにこしながら所長だろうとなんだろうと、無視。あれはきついよな、威張りんぼには」



愛紗は「そういうものですか?」よく解らない。



斎藤は「クレーマーもそうだけどね、威張りあたいだけなの。だけど、たまみたいに平然としてられると

馬鹿にされてると思うんだろね。

怒りもしないで、にこにこしてると。」




愛紗は、クレーマーは知らない。

見たこともない。




ただ、所長だった岩市は知っていて


その人は確かに威張りたいんだろうな、とは

思った。




斎藤は「たまを自治会でイジメたのも、大岡山を首になった奴の仕業だし。たしか、柴田だったかな。」と


斎藤は、あのジャガ芋

顔のおじいさんの事を言った。



いかにもアルコール痴呆と言う感じの

目つきが座っていて、怒りっぽい人で

たまたま、深町が入った頃に


首になったので、八つ当たりで


自治会の知り合いを使って、たまに

嫌がらせをした。




だけども、深町は



平然と、市役所に連絡をして

地方自治法260条他、刑法にも抵触しますので


ご指導をお願い致します、と



言ったところ、その柴田の知り合いは


自治会でもなんでもなく、単になりすまして

居た、と言う事になった(事実は不明)。



元々自治会って、威張りたい人で


頭の悪い人がなりたがるので(笑)




でも、法律で駆逐したと

そういう訳。



斎藤は笑って「あいつが居れば、会社も良くなる。組合に呼ぼうかな、なんて思っててね」




斎藤も、そういえば組合っぽい感じだ。




「まあ、これは噂だけどね。たまが居た会社って、あいつが辞めると汚職とかで潰れたりするんだよ」と、斎藤は



大岡山のすぐそばにある、芝浦にある電気メーカーの話をした。


官僚天下りが多い会社で、そのせいで

官僚を食わす為に、不正会計を

双方で黙認していた。


それを、何物かが国の会計検査院に

重要書類ごとFAXし


汚職を、国としても認めざるを得ずに


電気メーカーは246億円の大赤字で、倒産寸前。



その前年に、深町はその会社を退職しているとの事。



「な、岩市の時に似てるだろ?」と、斎藤は

結構ゴシップ好きな一面もある(笑)。


愛紗は、でも笑えない。



「そうかもしれませんね」と。本当かも

しれないと思ってしまうと


ちょっと、怖くなった。



どんな顔が本当の人間の顔なんだろう、と。





「オイル交換はね、オイルの出るボルトを

緩めて。当たり前だけど、まあ、女の子はどこの営業所でも、やらないから

形だけ講習ね。一応」と、斎藤。




愛紗は「女の子はいいんですか?」



斎藤は「うん、緩めはいいの。でも、締める時に

力が足りないと、オイルが流れてエンジン壊すし。大体、緩まないもの。」と、斎藤がやっても

ボルトは結構固く閉まっている。



オイルフィルターの取り付けボルトなど。



「それにね、斜めに捩込んだら壊れるし。

まあ、男でもタメはいるけど」と、斎藤は


入っては辞める若い男の子を言って。



「男の癖にあればなぁ。まあ、親があんなじゃなー」と、誰とは言わず(笑)。



「バスの中でもね、子供が奇声あげて騒いでも

平気でね。かわいい、かわいいって言ってるんだよ、最近の親」と、斎藤。



寝不足だから、耳に来るんだね。



愛紗は「どうするんですか、そういう時」



斎藤は「俺は、慣れたけど。若い人はね、携帯のイヤホンをね、してるらしい。片方なら違法じゃないから」


ノイズキャンセラの事らしい。



「野田なんて、うるせー、って怒鳴って

よくクレーム喰らうな。ははは」





愛紗も「それは伺いました」



斎藤は「たまは、あいつは知恵があるって言うか。車内マイクでね。


お猿さんですかーぁ、って呼ぶんだよ。

そうすると、親も怒らないし

気をつける。

子供は嬉しいから、黙るのね



愛紗は笑顔になる。


そういう感じ、なんとなく解る。



でも、企業を転覆させる怖い人でもあるんだな、なんて。



思ったり。



そのくらいでないと、所長に逆らうなんて

しないだろうけど。



そう思いながら、オイルフィルターのねじを

緩めようとしたが



斎藤は「あ、ダメ!下に出てくるから受けないと」と。



オイルフィルターの横に、フィルターのオイルを先に抜くねじがあって

そこを先に緩める、



でも、その前に。


移動式のオイル受けを持ってきて、受け皿を

傍に持ってくる。


皿は。エンジンの近くまで来るので

オイルを被らないで済む。



「それでもね。ゆっくりやらないと

撥ねるんだよ」と、斎藤は

やって見せた。


オイルフィルターの横の、10mmのボルトを

緩め。外れるまで手で押しておく。

外れても、少し斜めにして

じわじわ流す。

上にオイルがあって、それにも

気圧が掛かっているから。


この車は、それでいい。




愛紗は見ていて「これも男の人の世界かなー」



斎藤は「まあ、コツを掴むと出来るけど


力ないのはどうしようもないね。

まあ、男もそうだけど」と。


若い男の子は、なんか飼い馴らされてる感じで

気持ち悪いと言っていた。


斎藤は「なんだかね、そのせいかね。

群れて悪い事ばっかりするし。あの、営業所にいた井原とか」と、ネズミ男くんの事を言った。



岩市の腰巾着だったので、岩市が居なくなったらどこかに飛ばされた。



斎藤は「あんな男はダメだ。だけど、あんなのばかりだ。」と、少し怒ったみたいに。



愛紗は「どうしてですか?」



斎藤は「安全ってのはね、損得じゃない。目先のね、儲けで

危ない事して事故起こしたら

大損なんだよ。そういうのが解らないで

様子見ばかりしてるとね。


様子見するって事は、親が教えてないからだし。正義を」

斎藤は正義感の持ち主である。



「様子見なんてしなくていい、正しい事をしろ。そう、なんで教えないか?親が自分の都合いい子供にしたいだけだ。

それは違う。都合いい子供なんてできっこない。」


愛紗は、なんとなく感じるものがある。


自身も、なんとなく親元をそれで離れたような

そういう気持ちもある。


斎藤に、そういう所で

好感を持った。



正義がある。




それは、深町にも野田にも感じられる所だった。



いい人たち。


そう思った。


オイルを流しながら、斎藤は語る。



「そういう奴ね、イジメをするとか。必ず事故起こすな。こないだも」と、三原であった

コミュニティーバスの事故を。


愛紗もそれは知っている。


藤川だったか、目つきの嫌らしい若い男でいかにもイジメっ子、と言う感じ。



無線で悪口を言ったり。


深町にも、バスの時間が

遅れてるなどと

無線で悪口を言っていたが



相手にされないので、苛立っていて。


「コミュニティーバスの乗務は、厳しい。

時間の余裕がなく、走り放しだ。

休憩もない」(今は禁止。2時間で休憩、6時間で交代)と、斎藤。



それで、藤川は


いらいらして、乗降が遅いおばあさんが

降りた後、横断歩道で轢いてしまった事故だった。



それも死亡事故なので、藤川は退職。


消息不明だが。交通刑務所だか

精神病院だと言う、噂。



「元々少し変だったんだ。目つきとか」と斎藤。


愛紗も、なんだか記憶がある。


嫌らしい、と言うか異常な感じで

人を見ると悪口ばかり言う人だったので

観光を志望したが、路線に載せられていたのも


それは、指令の裁量で


辞めてほしい、と言う事。

なんだろう。




「だから、たまみたいな奴がいいんだが、居ないな。今は

」と、斎藤。


愛紗が「今は大学で働いてるそうです」



斎藤は「ああ、東大だとか。凄いよな。そういう奴だよね。それなら解る。こんな所の所長なんて馬鹿にしかみえないだろう」


と、斎藤らしい判断だけど


深町がそう思っていたかどうかは知らない(笑)。




「さて、オイルが抜けたら、ボルトをね。

気をつけないと、ここに落とすと出てこない」と、斎藤は、オイル受けのタンクを指した。


金網がついていたが、壊れている(笑)。



それに、そこは良くても、ピットのどこかに

転がすと終わり。


見つからないと走れない。


「なので、部品は必ずまとめておく。」



愛紗は「はい。」


斎藤は「まあ、女の子はしないけどね。出先でもし壊れたら、自分で見る事もあるしオイル漏れくらいは見れないと、ね」


最近の若い男はそれもダメで、と、嘆いた(笑)。



「機械が嫌いで、バス会社なんか来るな!って言ってやったら辞めたよ、ははは。」




日曜はダイビングしてるから、必ず休むとかね。


勝手言ってるんだね。甘やかしすぎだよあれば。

と、お年のせいか、ぶつぶつ。



いいながら。



「さて、オイルフィルターとドレーンが閉じたら、オイルを入れるんだけどね」と、斎藤。



「エンジンを掛けたらいけないよ」


愛紗は笑う「当たり前ですね」

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