おいなりさんは今日も厄介ごとに巻き込まれる ~半妖狐現代妖怪戦譚~ 

狐花

狐と鬼と烏天狗と

入学

「・・・ええー、そしてこの学校は合唱に力を入れてましていつも校内からはいい歌声が聞こえてくる、と御近所からは言われたこともあります。さらに―――。」


 入学式。

 それは校長のやたらと長い学校自慢の話を聞くもの。式辞、答辞、etc・・・聞いても無駄。しいてあげるなら、この学校の校風の観察位だろう。

 いなりは、小さく欠伸をして軽く首を回した。


 ―――東京都立八坂高校やさかこうこう

 都内にも関わらず、田園地帯の広がる田舎に立地し、その校舎は鍾乳石が形成されていそうなくらいぼろい。風の噂によれば、古代遺跡が発掘されただの成仏できなかった落ち武者の幽霊がでるだのとかなりの無法地帯だとか。

 その背景には、なんの取り柄のない超ド田舎高校というレッテルを貼られ、廃校まで追い込まれた過去を持つ。しかし、二つ前の校長から部活動、行事に力を入れ始め、二年前には全運動部関東大会進出という功績をたたき上げた。

 それ以来、全国でも屈指の部活強豪校に数えられ、ここの入学者のほとんどがスポーツ推薦であり、校則は彼らの自由を尊重するためかなり緩いものとなった。無法地帯のいわれはここら辺からきている。

 だが、いなりにとってそれはただの知識にすぎない。この高校を選んだ理由は極めて単純に徒歩圏内の偏差値そこそこの高校だったから、である。部活が強かろうが、生徒の意思が尊重されようがどうでもよかった。

 ただ、普通の高校生活を送る。それだけしか彼女は望んでいない。

 何度目かのため息をつきながら、いなりは視線の先を校長からずらした。しかし、ずらしたとはいえ見るものができるわけでもない。

 結局、首を動かさずに目だけを動かして、周りの生徒の様子を見ることにした。 


(おや。)


 ふと、自分よりも前列の、斜め五席ほどのパイプ椅子に腰かけている女生徒に目が留まった。

 彼女が何かしていたわけではない。

 いなりは、女生徒のを見ていた。

 戦国大名が身に着けるような甲冑を身にまとい、その隙間には所々弓矢が見える。頭のてっぺんだけが剥げている、如何にもな風体。

 所謂、落ち武者というものである。


(なんだ、ただの背後霊か。)


 しかし、いなりは格段驚くこともなかった。またつまらなそうに欠伸をし、睡魔との戦いを再会した。




 ◆◇◆




 妖怪を知っているだろうか。その、ヒトならざるその存在を。


 吉祥寺きっしょうじいなりは九尾の狐と人間の間に生まれた半妖怪である。

 そのおかげで幽霊、怪異、あやかしとかそういうものが見えた。それ以前に、妖怪の母を持っているため、いなりにとって、そういうモノたちへの認識は幼い頃から常識の一部である。

 さらに母の妖狐の血が濃いせいか、いなりは妖術と呼ばれるたぐいの物を扱えるし、狐に化けることもできる。

 それ以外は特にこれといって特出した点はないのだが、唯一彼女を人外たらしめているのは母親譲りの白銀の髪だった。明らかに日本人離れした髪色は人目をひき、染毛禁止の注意を何度も受けた。しかし、これはまぎれもない地毛である。

 それだけが、人間社会で暮らしているうえで唯一のいなりの悩みであった。




 ◆◇◆




 やっと式が終わり、席をたつことを許されたのは時計の針が十時半を過ぎたくらいのころだった。

 いなりは、列をなして退場する入学生に続いて体育館を出る。その時にまた何人かの背後霊と出会ったが、軽く会釈して通り過ぎた。

 一学年180人、計六クラス。体育館出口でもらったクラス割を見ると、吉祥寺の名前は四組の欄に並んでいた。

 新入生用の階段から左寄りのクラスに入れば、すでに意気投合した友達グループがいくつかできているようで、スマホ片手に連絡先交換合戦が始まっている。

 できるだけ誰とも目の合わないようそそくさと教室後方に移動し、座席表を確認する。


(後ろから二個目の・・・ん?)


 自分の座るべき席のすぐ後ろ。

 そこには窓際のその席には足を机にのせ、だるそうに宙を向く赤毛の男子の姿があった。

 彼女がこの少年に感じた第一印象は、「迷惑だ」というよりも、「でかい」だった。いなりの席まで足が伸ばせるほどでかいところからして、何かスポーツでもやっているのだろうか。

 そんなことを思って眺めていると、少年がこちらに気がついた。そして、自分の足が邪魔になっていると知ると慌てて足を席からどかしてくれた。

 ヤのつくおっかない学生かと思ったが、意外とそうでもなさそうだ。


「悪かったな・・・って。お前・・・」

  

 赤毛の少年が体を起こし、いなりの顔をまじまじと見る。その目は驚嘆に満ちていた。


(ああ、なるほど。)


 いなりは自分の席に腰掛けた。


「どうも初めまして。」

「よう、お前もか。」


 いなりが挨拶をすると、活発そうな犬を思わせる少年の瞳は、とても人懐っこそうに笑った。


「なあ、」

「おーっし、HRはじめっぞー。」


 しかし彼の声はがらりという戸の開く音に遮られてしまった。どうやらクラスの担任のようだ、事務連絡で来てしまった模様。

 なんて間が悪い。


「うわっ、担任来たか。」

「では、話は後程。」


 仕方ないと割り切ることし、いなりは横向きだった体を座り直した。

 固まってだべっていた面々も、それぞれ自分の席へと戻り、配られる大量のプリントをせっせと後ろへと回し始める。


「よし、プリントは以上。じゃ、明日はクラスの係決めと教科書配布、それから」「あー、遅れましたー。間に合ったかなー?」


 突然、勢いよく教室後方の扉があいた。

 何事かと思ってみると、息を切らしながら扉にもたれかかる男子生徒がいた。皆、まさか入学式に遅刻するような大物がいたとは思わなかったようだ。皆目を見開いて驚くなり、「嘘だろ。」と口からこぼす者もいる。

 無論、いなりも驚いていた。

 だが、いなりはその男子生徒の登場ではなく、別のことに驚いていた。


松林まつばやし!!お前は入学式早々何遅刻して」


「すみませーん、いやぁ寝坊したんですよー。」

「いいからさっさと席につけ!」

「はいはーい。」


 男のくせに長めの黒髪をうなじで結い、糸目をこすりながらやってきた遅刻者。一瞬こちらを見たように感じたが、すぐに視線がそらされてしまった。

 ・・・いや、糸目なせいで合ったかどうかは明白ではないが、おそらくこっちを見たと思われる。

 くああっとあくびをしながら松林という男はゆっくりとこちらへ歩み寄り、いなりの隣へと座った。

 その時、うっすらと彼の口元が緩んでいた気がした。

 



◆◇◆ 




「じゃあ最後に、部活の仮入部が始まります。入部希望者は期日までに入部届をどこかに出すように!以上、解散!」


 担任の解散の一言で一気にわっと散る生徒たち。

 しばらくは何人か固まって残っていたが、だんだんと数を減らし、二十分もすぎれば教室に残ったのは三人だけになった。

 解散しても一歩も動かず、押し黙ったままだった窓側の席の沈黙を破ったのは、黒髪の少年だった。にこにこと笑みをたたえ、二人の方へと体を向ける。


「で、君たちは何の妖怪ー?」

「切り替えはっや!!もうその話題行く!?」


 教室に残ったいなりの後ろと隣に座る少年の二人。

 彼らは、いなりと同じく妖怪だった。

 

「だって隠すことこもないしー、それにどうせいつかばれるもんだからねー。」


 のほほんとした緩い口調で、赤毛の少年の言葉をスルーする遅刻者。頭の後ろで腕を組み、にこにこと笑っている。

 彼の言う通り、妖怪同士なら化けていてもすぐにわかる。人間と明らかに雰囲気が違うからだ。だからいなりはあの時、赤毛の少年が妖怪だとすぐに見抜けた。 


「僕は烏天狗の松林まつばやし黒羽くろは。黒羽でいいよー。」


 黒羽はそういって、よろしくねーと手をふった。


「おう、よろしく。俺は鬼の大江山おおえやましゅうだ。っつても、半分人間だぜ。」


(大江山、というと・・・まさか)


 ―――大江山

 その名は妖怪界隈かいわいでは有名すぎる名字だ。知らないもののほうが少ないくらいである。


(しかも鬼か。これは濃厚だな・・・。) 


 だが、いなりはそういうのにあまり頓着しない性格だった。というか、興味すらない。

 

(うん。めんどくさいだけだ。)


 というわけである。

 考えることを放棄して、自己紹介を続けることにした。


「私は吉祥寺いなりと申します。母が妖狐ですが、父はヒトです。」

「へえ、お前も半妖か!!」

「はい。これからよろしくお願いします。」



 この三人の出会いが、これから起こる波乱の日々の始まりだとは、誰も思うはずがなかった。




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