夏伊side

1.赤い糸

 久しぶりに自室の机の引き出しの中に入っているある箱を開けた。その中には、あのときのまま赤い糸が入っている。


(今年も、このまま何も起きずにこのままでいてくれ)


 箱の中に入っている赤い糸を見つめながらそう思う、斗神夏伊とがみかい。すると、その赤い糸は自然と夏伊の左の小指に絡まり、延び始めた。


(はぁ……、今年もか……)


 これは毎年の事だ。バレンタインデーが近付いてくると、夏伊の赤い糸は自然と延び始める。それに気が付いたのは幼い頃だった。そして、それが見えているのは夏伊と父方の親達だけ。それを父親──斗神龍緒とがみたつおに言ったら「お前もか……、血筋だな。諦めろ」と軽く、あしらわれた。そして、こう付け加えられた。


「どうしても嫌なら、外しておけ。でも、バレンタインデー付近になったら、赤い糸が在るかちゃんと確認はしておけよ」


 それ以来、夏伊はその言葉の通り、バレンタインデー付近になるとこうして確認をする。だが、こんなにも延びたのを見たことがない。いつもは、延びても、誰かの小指に絡まる程度だ。だから、自分から小指に在る赤い糸を外してしまえば、その赤い糸は短くなる。だから、こんなにも延びたのを見たのは初めてだった。


(どういう事だ?)


 不思議に思うが、この時期──バレンタインデーが過ぎれば、この赤い糸を左の小指から外しても平気だ。今だけ我慢すればいい。だから、あまり気にしないで、赤い糸が入っていた箱を閉じ、机の中にしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る