第7話 真夜中の提案

 【精霊の加護】の件の後は、《饒舌の魔女》の愚痴のような長話が二時間程続くだけなのでそこは割愛。


「ノア、次の店行くぞ」

「おぅ、ちょっと待ってくれぇい!」

 レオナの睡魔が限界に達し、ノアにも大分酔いが回ったところで、会計を済ませて“宿へと帰る”。


 ノアに帰ることを伝えたら、二件目に行くだの何だのと騒ぎそうだったので、二件目に向かう体で宿へと帰還する予定だ。ノアも大分酔いが回っているから、多分宿に着いても気づかないだろう。


「ガルシアさん、しっかりしてください!」

 オリビアが、酔いすぎて立つこともままならないノアの肩を支える。

 オリビアは饒舌になっているだけでそれ以外には問題がないことと、俺は寝ているレオナを抱えるので手一杯だったので、《饒舌の魔女》にノアを任せることにした。

 ついでにノアが彼女の話し相手を出来れば完璧だったが、今の彼にそこまでは望めないだろう。


 それにしても、【精霊の加護】の話がギルドストルワルツであがっているとは思わなかった。

 噂の元をオリビアに確認すると、以前クーデターが起きた際に、別所で行動していた《中央の影》のメンバーの一人、バートリー・エルベルトが索敵魔法を発動していて気づいたものだと、勿体ぶる振りをしながら嬉々として教えてくれた。


 どうやら、俺がバートリーの能力を覗き見ていたときに、逆に俺の能力も見られていたみたいだ。

 バートリーが【精霊の加護】を持っている“かも”と言っていたのが唯一の救いだろうか。それが彼女の本心からなのか、俺に気を使ったからなのかはわからないが。


 【精霊の加護】の隠蔽もそうだが、個人的にはアリスの件も問題だ。アリスとは元からそこまで仲が良くはなかったが、それでもレオナにとっては大切な人物だ。

 だからこそ、彼女たちとレオナが揃っているときには極力声をかけないようにすることなど、色々と気を使っていたが、エルフである彼女に【精霊の加護】の存在が真実の情報であることがバレれば、今よりも仲が険悪になるだろう。

 暫く彼女と会うことはないだろうが、今から少し憂鬱だった。


「お休み、レオナ」

「ぅん……」

 宿に戻ると、レオナを彼女の部屋に連れていき、そのままベッドに寝かせてやる。

 寝ていれば、レオナも西の国についてくると駄々をこねることは出来ないから、ある意味ではこれで良かったのかもしれない。


 レオナを部屋に連れていった後は、再びオリビアと廊下に集まった。


「良かったら、二件目に行きませんか?」

「……」

 俺の様子を窺いながら甘い声で話すオリビアに、ついため息を吐きそうになる。

 どうやら、我らが《饒舌の魔女》は、まだ話したりないようだ。


「──駄目、ですか?」

「……良い娘だから、もう寝ような」

 ──というか、頼むから寝てくれ。


「それなら、悪い娘でもいいです」

「あまり我が儘言うと、モテないぞ」

「別にいいですよ。それでブラウンさんと飲みに行けるなら」

 オリビアがわかりやすく頬を膨らませたので、膨れ面になっている彼女の両頬を片手で掴み、空気を吐き出させた。


「何するんですか!」

「つい、な」

 憤慨するオリビアの頭を軽く撫でて宥める。


「そんなに怒らないでくれ。どこか適当な店を探そうか」

 そう言って彼女に手を差し出すと、オリビアは嬉しそうに俺の腕に抱きついてきた。


 俺も、何だかんだオリビアに甘い面があるため、今までも、最終的にはこうなってしまっていた。

 まぁ、喋ることがオリビアのストレス発散になっていると思われるから、俺としても付き合う価値は十二分にあるのだが。


 腕に抱きつくオリビアと共に夜の町に繰り出す。

 暫く進むと、肉の焼けている香ばしい匂いと共に甘ダレの匂いが漂ってきたので、誘われるように匂いの方に向かうと、先程の店より少し小振りな店を見つけたので、そこに入ることにした。


「こうして二人で飲むのも久しぶりですね!」

 店員に案内された席に着いて簡単に注文を済ませると、宿を出たときから待ちきれないといった感じだった《饒舌の魔女》が口を開いた。


「あぁ」

「──もし、ルシェフさんが私を誘拐してくれなかったら、二度となかったかもしれないですね」

「……そうだな」

 注文したものが届いた後は、いつもと変わりなく《饒舌の魔女》による講演会が開かれていただけなので、それも割愛。


「ブラウンさん、頭痛いです……」

 少し酔いが回りすぎたのか、額を押さえるオリビアを支えながら宿へと戻る。


「良いから、もう黙って掴まっておけ」

「私から言葉を取ったら、何が残るんですか!!」

 《饒舌の魔女》が何やら叫んでいるが、彼女はあくまで《沈黙の魔女》だ。喋らなくてなんぼだと思うのは、俺だけだろうか?──彼女は詠唱すら無言なんだから。


「このままお持ち帰りされちゃうんですかね?」

「帰るのは宿だし、別々の部屋だ」

 イタズラっぽく笑うオリビアに、帰るのが別々の部屋だということを伝える。

 因みに、これは本日三回目のやり取りだ。


 宿に着く頃にはオリビアの睡魔も大分酷くなってきていたので、彼女をお姫様抱っこして運ぶ形になっていた。

 宿に着いてからは、そのままオリビアの部屋へと向かい、彼女を寝かせる。


「お休み。お父さん……」

「あぁ、お休み、オリビア」

 ──俺は、君のお父さんではないけどな。

 ここまで飲むのも久しぶりだったから、オリビアも少し酔いが回りすぎているのかもしれないな。少し、記憶が混濁しているようだ。


 俺も自分の部屋に戻ると、多少の疲れはあったが、取り敢えず備え付けの風呂に入る事にした。


「ルシェフさん」

「レオナ……」

 風呂あがりに部屋に戻ると、もう目が覚めたのかレオナが俺の部屋を訪ねてきていた。彼女の髪がまだ少し湿っているように見えることから、事前に風呂に入っていたことが伺える。だとすれば、起きたのは暫く前か。大分酔いも覚めてそうだ。


 明日の朝ではなく、この時間に訪ねてきたということは、目的は一つだろう。


「私も西の国に同行したら駄目?」

「前にも話しただろ?君にはパーティーがある。そっちに戻るべきだ」

 レオナはパーティー内で最年少ということもあり、彼女たちからとても愛されていることは俺も知っていた。きっとパーティーに戻った方が、彼女も幸せだろう。

 俺はソファーに向かってそこに腰かけると、レオナにも座るように促した。


「私も前に話したよ?パーティーの皆も好きだけど、それ以上にルシェフさんと一緒にいたいって」

「アリス達にも、数日で帰ると伝えているだろう?約束を破るわけにはいかない」

 今でさえ、あまり仲が良くないんだし、俺としては彼女の神経を逆撫でするようなことはしたくないしな。


「どうしてわかってくれないの⁉︎私はルシェフさんと一緒にいられればそれで良いのに……」

「わかったから、取り敢えず落ち着いてくれ」

 珍しく声を荒げたレオナに少し驚きつつも、彼女の頭を撫でて落ち着かせようと試みるが、その手を払われてしまう。


「何もわかってない!!私が今までどんな気持ちでいたか……」

 涙声でそう訴えるレオナは、最後の方でとうとう泣いてしまう。居た堪れなくなり、レオナの肩をそっと抱き寄せた。


「貴方が周りの娘に優しくしているのを見てるときに、私がどれだけ不安だったかなんて、ルシェフさんに分かるの……⁉︎」

「悪い……」

 きっと、すごく不安にさせてしまっていたのだろう。俺の想像でしかないが。


「振られる覚悟で告白も出来なくはなかったけど、ルシェフさん優しいし、告白なんてしたら困らせるんじゃないかって思ってたから……」

「──」

 実のところ、俺にも初恋の相手がいたが、それでもレオナの告白は受けていた自信がある。もしかしなくても、レオナは自身の持つ《厄災の魔女》という悪名に負い目を感じていたのだろう。


 もし、俺がレオナの告白を断るとすれば、その原因は俺にある。現に、それが理由で力を隠しながら各地を放浪していた訳だしな。


「それでも、今まではまだ良かったよ。恋人にはなれなくても、貴方といられればそれで良かったから……なのに!ルシェフさんがギルドを出ていったら、もう会うことも出来なくなるから……!」

「悪いな……」

 俺は、泣いている彼女に対して、ただ謝ることしか出来なかった。


 彼女を西の国に連れていけなくはないが、数年先、数十年先を見越したときに、それは彼女のためにはならない。

 彼女の事を受けていれてくれた、同じエルフであるパーティーメンバーと共にいる方が良いのではないか。


 ──そんな考えが俺の中にはあった。


「レオナ、手紙を書いてくれないか?」

「手紙?」

「あぁ。今から君は夜間のオウル便で、ストルワルツに手紙を送る。今日の夕方までなら、何とか待てるから、それまでにアリスから返事が来て許可がでたら、西の国に連れていっても良い」

 実の所、事前に頼んだオウル便である人物と待ち合わせの約束をしてあるが、そのくらいなら遅れても問題はないだろう。


「──本当に?」

 レオナの声に少し喜色が混じったように聞こえた。


「あぁ」

「……ありがと」

 レオナはそれだけ言うと、そっと俺から離れて手で涙を拭うと、俺の頬に軽く唇を落とし、手紙を書くために自分の部屋へと早足で戻っていった。


 さて、夜も遅いし、今日は朝から少し忙しくなるのが目に見えているから、俺はもう寝るとしようか。

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