第5話 初戦闘
仮眠から覚めて目を開くと、向かいの席に座るオリビアと目があった。
「……今、何時だ?」
「丁度、十五時になるところです」
「そうか」
「三時のおやつにでもしますか?」
イタズラっぽく笑うオリビアに、そんな子供じゃないと笑って返す。
意識もしっかりとしてきたところで、ゆっくりと体を起こした。
「……俺が寝ている間に、何かあったか?」
「いえ、何もないですよ。不気味なくらいに…」
何もない割には、オリビアは鋭い目付きのまま周囲の警戒を解いていない。オリビアの勘は良く当たるので、この辺りには“何か”があるないし、いるのだろう。
「──ところで、ブラウンさんは本当にレオナさんの気持ちに気づいてなかったんですか?」
「あぁ。友人としての好意を持たれていた自覚はあったんだけどな……」
「レオナさんも浮かばれませんね……あんなに頑張ってたのに」
オリビアがわかりやすく大きくため息を吐く。
「ハハハ……」
少し居た堪れない気持ちになり、乾いた笑みを返す。
「この前だって、お弁当貰ってたじゃないですか。他にも、ブラウンさんがいるときは声をかけやすいように一人で行動してたりとか」
「……」
どうやら、
まぁ、アリスといたら間違いなくシラバネに声をかけていた自信があるし、彼女に御者を頼むこともなかっただろうが。
「本当、ブラウンさんはこういったことに疎いですからね……」
「他にも何かあったのか?」
「これ以上は教えませんよ」
言いながら、オリビアが顔を背ける。どうやら、これ以上の情報提供は望めないようだった。
「ブラウンさんは、優しすぎるんです。もっと積極的に動かないと、良い相手も逃してしまいますよ?あ、でもあのとき縛ら……」
「オリビア、敵襲だ」
オリビアが頬をほんのりと朱に染めて何か言っているようだったが、ここにきてオリビアの勘が当たったことを理解した。
オリビアの勘を信じて、少し前から索敵魔法を発動したままでいたため、遠方にいるゴブリンやトロールの群れを事前に確認することが出来ていた。
恐らく、この辺りに賊や魔物がいなかったのは、彼らの存在があったからだろう。
「どうやら、君の勘が当たったみたいだ。遠方に魔物の群れを確認できた。能力の説明も兼ねて、今回は俺が出るから。荷台で待っていてくれ」
「わかりました……?」
少し不思議そうな
今更この二人には隠す必要もないので、【四次元空間】から、普段なら使わない、
【アクワグラシェリア】を見た二人は、淡く発光する刀身を見て目を見開くが、それに構わずに荷台から飛び降りると、【ロニゲスメイシュ】というオリジナルの魔法で身体強化を施し、魔物の群れに向かって全力で駆けていく。
魔剣も能力も、本来ならこの世界に存在するはずのないものなので、これは正直に話すよりも何か適当な言い訳を考えた方がいいかもしれないな。
手前にいたゴブリンの群れが俺の存在に気づいてそれを後続に伝えにかかると、声をあげ終わる前にそのゴブリンの首が落ちた。そして、ゴブリンの首を落とした俺の愛剣が朱に染まる。
そこからは、完全に俺のワンサイドゲームだった。
ゴブリンの首が落ちたことを確認した周囲のゴブリンが警戒体制を取り始まるが、奴らの準備が整う前に手近なゴブリンから一振りで確実に仕留めていく。
トロールに関しても、図体がでかいだけでこれといった特徴もないため、これらの群れを殲滅し終えるのに数分とかからなかった。
図体がでかい分、【アクワグラシェリア】とは相性も悪いからな。
途中、一部の群れが逃げ出していったが、念のためにそれも追撃して確実に討ち滅ぼす。
「さっきのは何ですか⁉︎」
魔物を殲滅した俺が荷台に戻るなり、俺の様子を見ていたであろうオリビアに肩を揺さぶられる。
ずっとパーティーを組んでた彼女にも隠していたんだ。怒るのも無理はない。
それでも、《ストワルツ・ブレイズ》の力を以ってしても本当にヤバい奴がいたら力を隠すつもりはなかったし、
「黙ってて悪かったな。ダンジョン産の魔剣だ」
勿論、嘘だ。知り合いの鍛冶屋に作ってもらったものだが、こう言っておいた方が信憑性が高いだろう。
「あの剣のこともそうですが、ブラウンさんについてもです!あそこまで動けるなんて聞いてませんよ!!」
「落ち着いてくれ。順番に話す」
「ぁぅ……」
そっとオリビアの目の前に行くと、珍しく声を荒げていた彼女の頭を撫でて落ち着かせてから話を進める。
「君も見てただろう?速度強化の魔法をかけていただけだ。俺だって、素であの動きは出来ないよ」
「普通なら、強化魔法をかけただけであの動きにはならないですよ。ブラウンさんの剣撃の半分は、遠目とはいえ見ることさえ出来なかったんですから……」
大分大人しくなったオリビアがそう否定をしてくる。強化魔法も使える彼女だからこそ、あの魔法の異常性がわかるのだろう。
「君が信じようが信じまいが、これが現実だ。君とは少しの間二人旅になりそうだから、先に俺の能力の一端を見せておきたかった」
「そう、ですか……」
個人的には、オリビアが【四次元空間】についてあまり触れることがなくて助かった。あれは、本当に説明に困るからな。
「でも、ルシェフさん、途中でちょっと増えてなかった?」
「いや、さすがにそれはないよ」
レオナは思ったよりも良く見ているようだ。ただ、この能力もあまり表に出したくないので、今は誤魔化しておくことにする。
「オリビア?」
簡単に俺の能力の説明を終えたところで、オリビアの頭から手を離すと、オリビアが物欲しそうな目を向けてきていることに気がついた。
「……ブラウンさんには、もう少しだけ私を愛でる権利をあげます」
オリビアが俺の顔を見上げてこちらの様子を伺いながら、謎の上から目線で甘えてくる。
「──なので、その……もう少しだけ、頭を撫でてくれても良いですよ?」
「そうか」
オリビアの横に座って彼女の頭を撫でる。馬車旅で少し疲れでも出ていたのか、彼女が甘えるように頭を肩に乗せてきた。
「……ルシェフさん」
「何だ?」
「町に着いたら覚悟してね」
「あぁ……」
珍しく低いレオナの声を聞いて、彼女の声にほんのりと怒気が含まれていることに気づく。能力の事を黙っていたのは不味かったのかもしれないな。
あの後も検問の少し前で賊に絡まれるなど多少のハプニングはあったものの、夕方には予定通りにメクイーンに着くことが出来た。
門の前に検問もあったが、ペルシャンを出るときに使った偽の依頼書を使ってそれも無事に突破する。
メクイーンに入ってすぐの宿に着くと、注馬場に馬を停めた。
「ルシェフさん」
俺たちが荷台から降りると、一足先に馬から降りていたレオナに後ろから袖を摘ままれた。
「レオナ?」
少し俯きがちなレオナに目をやると、彼女が耳まで真っ赤になっている事に気がつく。
「町に着いたら、覚悟してねって言ったよね……?」
「あぁ」
「だから──」
言いながら、レオナが腕に抱きついてくる。腕に伝わってくる彼女の体温と感触には、得も言われぬ心地良さがあった。
レオナの緊張に同調してか、俺の鼓動もほんの少し速くなっている事を自覚した。
◇ ◇ ◇
「……レオナ、そろそろ離れるつもりはないか?」
「やだ」
三人で宿の入り口を目指し、そろそろ宿に入るタイミングでレオナに声をかけるが、彼女は頑なに俺から離れようとせず、彼女の頬を少し膨らませることしか出来なかった。
「……」
何か気に障ることでもあったのか、馬車を降りてからオリビアはずっと黙ったままだ。
少し機嫌の悪い二人を引き連れて宿のチェックインを済ませると、そのまま夕食を済ませることにする。
ちょうど所用でこの辺りに来ていた人物と酒場で待ち合わせをしていたので、その酒場へと向かうつもりだ。
酒場の前に着くと、男たちの野太い声と共に、豪快な笑い声などが聞こえてくる。仕事終わりの冒険者達の活気が酒場の外まで伝わってきていた。
「ルシェフ、こっちだ」
「あぁ」
酒場に入ると、先に夕食を摂っていた銀髪の青年に声をかけられたので、先から少しだけ機嫌の悪い二人を引き連れて、彼が事前に確保してくれていた席へと向かった。
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