第3話 中央の影
「何処から話そうか……まず拘束するまでに至った経緯だが……」
「いえ。そんなことはどうでも良いので、二人はどういう関係なのか説明を求めます」
オリビアが真顔でそう告げる。いつものような愛想笑いすらなかった。
「……朝は少し誤解を招くような事態になっていたけど、別にレオナとは何でもないよ」
俺の言葉を聞いたオリビアが大きなため息を吐いた。
なるべく後腐れなさそうな答え方をしたつもりだったが、それじゃあ、納得できないようだ。
「レオナさん、可愛いですもんね。本当、妬けるくらいに……」
「君も綺麗だろ?」
「わぁ、ありがとうございます」
オリビアの平坦な声を聞く限り、話を逸らそうとしたのはバレていそうだ。
「レオナさんがブラウンさんを好きだったのは、皆知っていたじゃないですか。それで──」
「え?」
「まさか、あんなに分かりやすかったのに、気づかなかったんですか?」
レオナも驚いたような表情をこちらに向けてくる。
思い起こしてみると、幾つか思い当たる節は確かにあった。
「ハハハ……」
少し二人からの視線が痛いが、オリビアの問いには笑って誤魔化すことにした。
「……もう良いです。それで、二人して私を緊縛してどうするつもりだったんですか?」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。取り敢えず、メクイーンまで連れていこうと思っただけだよ」
あそこなら、《
《中央の影》は、表向きにはストルワルツに所属しているAランクの冒険者パーティーだ。彼らがペルシャン以外での活動を行わないことから、Aランクに留まっているが、各人の実力だけなら、ストルワルツ──いや、国内でもトップクラスだろう。
そして裏向きには、
ペルシャンでは、ソーセージにハチミツをかけるのと同じように、夜の町で何かあっても、住人が積極的に関わろうとすることはない。
大体何かやっているとすれば《中央の影》のメンバーだし、彼らに見つかれば、消されることになるからだ。つまり、《中央の影》とは、そういう集団だった。
俺がその気になれば、彼らと協力してオリビアを追放を企てた二人に報復することも、それこそギルドを潰すこともできたが、オリビアがそれを望まないという勝手な憶測から、今回は見送った。
逆に、《ストワルツ・ブレイズ》の二人が金を出して彼らを雇えば、彼らは俺たちの最大の敵と成り得ただろう。俺も、彼らと殺りあうのはごめんなので、早急に彼らの手の届かないメクイーンまで向かう必要があった。
「立派な誘拐じゃないですか……。──もし、私がこの場から逃げたらどうするつもりですか?」
声のトーンを落としたオリビアから、真剣な眼差しが送られてくる。彼女だって、《中央の影》の実力は知っているはずだ。
──いや、だからこその選択なのかもしれないな。
「無一文でどうするつもりなんだ?」
「──!」
オリビアが、俺の言葉を聞いてハッとしたように懐へ目を向ける。逃げた先の事までは考えてなかったようだ。
「少しは後先の事も考えてくれ。メクイーンに着いたらそこでレオナとは別れる。その時これからの事を話そう」
オリビアを説得できるかはわからなかったが、行き先は既に
あそこには色々と昔のツテもあるし、実力主義の西の国ならすぐに仕事は見つかるからな。
「何か質問はあるか?」
「……私の荷物はどうしましたか?」
「宿に置いてきてある。後で返すよ」
俺の言葉を聞いたオリビアがホッと胸を撫で下ろしていた。
「──ねぇ、私はついていったら、駄目?」
無駄にハチミツの多く使われたパフェの発掘作業を黙々としていたレオナが、俺の顔を見上げながら尋ねてくる。
「君にはパーティーがあるだろう」
「確かにアリスたちも好きだけど、ルシェフさんの方が好きだよ?」
こてん、と首を傾げる姿に、つい彼女が年上である事を忘れてしまいそうになる。
オリビアよりも一歳ほど若い見た目に見える彼女も、エルフである以上、人間に比べ長い時を生きていることは周知の事実であるのにも関わらず。
「気持ちは嬉しいけど、君はパーティーに戻るべきだ。……落ち着いたら連絡するから」
このままレオナを連れて行ったら、アリスが黙ってないからな……。
「うん……」
あからさまにテンションの下がったレオナの頭をくしゃりと撫でる。
「話が決まったなら、すぐにでも行きましょうか。甘いのはパンケーキだけで十分なので」
レオナがパフェを食べ終わると、何故か先より少し機嫌の悪くなったオリビアが立ち上がる。
彼女の機嫌を直すためにわざわざここに寄ったんだが、そこまで効果はなかったようだ。
オリビアの先導で、少し風通しの良くなった懐と共にレストランをあとにする。
宿に戻る前に、そのまま表通りで食料を含めた買い出しをすることにした。
買い出し中、少し目を離した隙に、レオナが六人程の若い男に捕まっていた。
ここからだと何を話しているのかは分からないが、多分ナンパか何かだろう。
大通りだからといって、少し緩みすぎていたかもしれないと後悔する。
「レオナ」
オリビアに俺のバッグを預け、二人でレオナの元に向かうと、三人から逃げようとしてか、駆け寄ってきたレオナが抱きついてくる。怖かったのか、レオナは肩は少し震えていた。
「兄ちゃん、今その娘を置いて逃げれば、怪我しないで済むぜ?俺たち、その娘にまだ用事あるから、見逃してやるよ」
柄の悪そうな笑みを浮かべた男の一人が、周りに見えない程度にナイフをチラつかせてくる。
「悪いな、それはできない。先を急いでいるんだ。このまま立ち去るなら、見逃してやってもいい」
「良いから、その娘置いて消えろって言ってんだろうが!」
俺が挑発するようにそう伝えると、別の男がそうわめきたてた。
「怖がってるだろ、見てわからないのか?」
特に意識してではないが、普段より少し低いトーンでそう言い放つ。
腸が煮え繰り返っていることが、自分でも分かった。
「兄ちゃん、最近この辺りで活動してる二つ名冒険者の《クリムゾン・クラヴ》って知ってるだろ?」
先まで何も語らなかった男が、意味ありげな笑みを浮かべながらそう切り出してきた。
「……?」
聞かない名前だ。蟹の親戚か何かか?
隣町のメクイーンは、海鮮が有名だしな。
どうでもいいけど、メクイーンに着いたら久々に海老が食いたい気分だ。
「何を隠そう、この俺が……!」
「悪い、オリビア。レオナを頼む」
「はい」
ろくに相手にされないことが気に入らなかったのか、蟹男の額に大きな青筋ができたことが見てとれた。
怒りからか、奴は顔を真っ赤にさせている。奴の二つ名はきっとこの変色現象からきたものなのだろう。
名付け主のセンスの良さが窺えるな。
「てめぇ、すかしやがって!」
レオナをオリビアに任せて、殴りかかってきた蟹男の腕を掴み、そのまま後ろに投げ落とす。
「ぐぇ……」
蟹男が地面に叩きつけられるのと同時に、奴から小さな声が漏れた。
「あの野郎にだけは手加減はいらねぇ!殺す気でやっちまえ!」
他の男も続いてきたが、彼らの攻撃を全ていなしながら、隙を見つけては友人譲りの格闘術を用いた投げ技で彼らをあしらう。俺には、武術の心得などないが、コイツら相手にはこれで十分だろう。
先の奴の言葉に少しだけ引っかかるものがあったが、深く気にする必要もないか。
それにしても、怒りに囚われた者の攻撃ほど避けやすいものはないな。
ナイフを持っていた男も、別段大した使い手ではなかったので、向こうの初撃をいなした時にナイフを奪うことにさえ成功していた。
三分後、奴等なりのプライドでもあるのか、奴等は息を切らしながらも、諦めずに挑んでくる。
何がそこまで彼らを突き動かしているのかはわからないが、周囲のギャラリーも少し多くなってきてしまったし、その内憲兵も来るだろう。
それまで適当に彼らをあしらうつもりだったが、一人の男の行動を見て、堪忍袋の緒が切れた。
──男は勝ち目がないと見るや否や、標的をレオナたちの方に変えていた。
勿論、ただのゴロツキがどうにかできるほどオリビアはやわではないし、実際返り討ちにされていたが、俺が彼らに対する加減を忘れるくらいには十分な効果があった。
──本当、自分の甘さに嫌気がさす。
「いぎっ!」
「おい」
殴りかかってきた蟹男の腕をあらぬ方向に捻り、レオナたちに手を出した男に声をかける。
「ひっ!」
声をかけられた男は、小さな悲鳴をあげて逃げようとしているようだったが、それは叶わず、その場に尻餅をついた。
先程まで抑えていた魔力を少しだけ解放したため、その魔力に気圧されたのだろう。
オリビアとレオナも俺を見て顔を強張らせている。ギルドマスターに誘われてここに来てからは細々と雑用係として働いていたため、俺の力は二人にも見せたことはなかったし、後でこのことも説明しなくてはいけないか。
閑話休題。そのまま男の四肢を素手で引きちぎるところまで考えたが、遠くから懸命に甲高い笛を吹きながら駆けてくる憲兵たちの姿が目に入ったため、一先ずこの場を後にすることにした。
蟹男の腕の関節を外してしまった手前、ここで憲兵に捕まるわけにはいかないしな。
奴の腕も、腕の良い術師に診てもらえれば問題ないだろうし。
「レオナ」
再び魔力を抑えてからレオナの名を呼び、彼女の前に手を差し出す。
今回の一件に関しては、しっかりとレオナを見ていなかった俺の責任もあるため、その失敗を踏まえての行動だ。
「……」
レオナはほんのりと頬を朱に染めながら俺の手をとった。
「レオナさんだけズルいです!」
オリビアが反対の腕に甘えるように抱きついてきた。両手が塞がったままだと買い出しに支障が出そうだったが、これ以上オリビアの機嫌を損ねるのも嫌だったので、一度裏道に入り、別の通りで買い出しを進めることにした。
追ってくる憲兵を撒くついでに買い物を済ませ、宿に戻った後は、チェックアウトを済ませて早々に馬車へと乗り込んだ。
憲兵は未だに俺たちを探しているだろうし、すぐにここを離れた方が良いだろう。
「レオナ、頼む」
「うん」
御者を勤めるレオナがゆっくりと馬車を進める。町の外壁にある検問まで着いたところで、偽の依頼書を見せ、無事に検問を突破した。
「オリビア、ここからは戦闘も起きる。俺は夜の見張りをするから、昼の襲撃は極力二人で対応してくれ。賊に関してはすぐに起こしてくれて構わないから」
「分かりました」
わりかし舗装された道を馬車が進むなか、オリビアにそう断ってから、荷物を枕代わりにして昼寝と洒落こむことにする。
慌ただしく町を出てきたため、二人に隠していた力のことを説明していなかったが、それは夕食時にでも話せば良いだろう。
「ルシェフさん、夕食の時間だから起きて」
「あぁ」
荷物を枕代わりにした割には良く眠れていたようで、夕食時にレオナに起こされるまで熟睡していた。
意識もはっきりしないうちに返事をしたが、段々と意識がハッキリするにつれて、後頭部にある柔らかい感触に気がついた。
「レオナ?」
「何?」
頭上にいるレオナが、不思議そうな顔をして俺を見下ろしてくる。
「ずっとこの状態だったのか?」
「ううん、オリビアが膝枕してたから、夕食の下準備をした後に代わってもらった」
「そうか……」
色々と言いたいことはあったけど、意識がハッキリするまでは外から微かに聞こえる焚き火の音をBGMにしながら彼女の膝に身を預ける事にする。
意識もハッキリしたところで起き上がると、そのまま馬車を降りた。
「悪い、遅れた」
「気にしないで下さい」
馬車を降りると、先に夕食に手を出していたオリビアに声をかけた。
臭いから何となく察していたが、焚き火の近くには儀式でも行われているかのように、肉串が弧を描くように差して置かれていた。
「……何て言うか、見事に肉しかないな」
「ルシェフさん、肉が好きだって聞いてたから」
俺が少し引きつった顔でそう言うと、少ししたり顔のレオナがそう教えてくれる。
肉だけだと絶対に飽きるだろ……。
そう思っていた俺の考えが間違えだと気づくのにそう時間はかからなかった。
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