第11話 白鳥座の【十字架の星】
「美咲、今日、クリスマスイブだね。」
「うん」
(…ほら、きたきた、上から…)
「私、彼と映画見に行くんだ。」
「ふーん、何の映画見るの?」
「それがね、『エンドレスラブ』、ブルック・シールズの!」
「ヘェ~、ロマンチックだよねー」
「うん!、美咲は…、あっ、悪りぃ、悪りぃ…」
「何で謝るのよ!私、カトリック教徒だからね、教会に行くの!」
「そっか、良かったね!」
(…何が、良かっただよ~だ!、本当はここまで出かかってんだけど、言えないからなぁー…)
12月24日午後6時、美咲はいつもの楠木のある「100段」階段の前にいた。
一台の原チャリが止まった。
「美咲、待った?後ろ、乗れよ!」
「茂樹君か?ヘルメット被っているから分からなかったよ」
「寒いぞ!いいか、行くぞ!」
「うん!」
(…茂樹君の背中、暖かい、全然、寒くないよ…)
茂樹のバイクは、市の中心部から北に10km程行った所にある工業地帯の中道を抜け、電力会社のフェンスの前で止まった。
「美咲、こっちだよ、手を貸してごらん。」
「茂樹君、ここ、立入禁止って看板が掛かってるよ、大丈夫なの…」
「平気さ、だからね、誰も来ないんだよ。」
(…確かに、説得力は有るが…)
茂樹は美咲の手を掴み、真っ暗な野原をまるで夜目が効くように、スタスタと進んで行った。
「あっ、波の音が聞こえる!」
「うん、此処はね、臨海工業地帯の波止場、防波堤があるんだ。よくね、此処に釣りに来るんだ。」
茂樹はそう説明すると、テトラポッドの上に飛び乗り、美咲の手をゆっくりと引き上げ、そして、海を見ながらこう言った。
「美咲、ここ、そんなに寒くないだろう。北風があの防風林で遮れるから、風の強い日でも、ここなら、釣りができるんだよ。」
「本当ねぇ~、風が全然、来ないよ!あっ、綺麗だねぇ~、あれ市内の灯り?」
「そうだよ、夜景も綺麗だろ、あそこに俺たち住んでるなんて思えないほど綺麗に見えるんだ。」
「茂樹君、よく、ここに来るの、夜中に?」
「これ見てみろよ…」
茂樹は波打ち際のテトラポッドから防波堤に繋がる岩に飛び移り、防波堤の一部分を指さした。
美咲もゆっくりとテトラポッドから降りて茂樹の側に行った。
「ここ、この壁、防波堤の壁、
真ん中が削られているだろう?分かるかな?」
「うん、この黒く丸い、すり鉢の底みたいなってる部分でしょ。」
「この前ね、釣り好きの友達とここで夜釣りしててね、この壁の間近で焚き火してたら、このコンクリートの壁が破裂しちゃってさ、危なく海に落ちるところだったんだぁ。」
「ヘェ、こんな所で焚き火なんかしてたの?」
「うん、いつもね、この位置でしてたから、4回ぐらい目かな、流石に破裂したよ。」
「そんなに来てるだぁー、何が釣れるの?」
「今からはね、アイナメとカサゴが釣れるんだ!、今度、昼間、釣りに行こうね。」
「行きたい~、私、海釣りしたことないから、してみたい!」
「うん!今度ね。」
そう言うと、茂樹は防波堤に海から打ち上げられた、木の枝や棒切れといった木屑を集め出した、
そして、前回、破裂した箇所から離れた所に木屑を積み、紙切れに火を付け、焚き火を始めた。
この日は冬の夜にしては暖かく、海上から程よい強さの風が防波堤に当たっていた。
木屑は直ぐにパチパチと音を立て始め、辺りを照らした。
美咲は、その灯りによって、今、自分がどんな場所に居るのか初めて認識した。
コンクリート製の高さ2メートル程の防波堤の下棚の上に立ち、その棚の幅は3m程であり、その先には真っ黒な海面が見え始めた。
しかし、何故か美咲は全然怖くなかった。それどころか、とてもロマンチックに思えた。
辺りの光は、この焚き火のオレンジ色が、夜の黒い空気と海面により、一際輝きを増し、
また、東の彼方に見える市内の灯りは、天空の星空が鏡に映し出されたように輝き、
霊山の麓から中腹までの国道を走る車の灯りは、黄色や青色や緑色と彩りどりで、
まるで霊山が巨大なクリスマスツリーに見え、自動車の明かりがその飾り電球のように見えるのだった。
「美咲、暖かいだろ?」
「うん!とっても暖かいよ!」
「なんか、懐かしい感じがするよ。」
「私も、そう思っていたの…」
「今の美咲の笑顔、あの川遊びの時の少女と同じだ…」
「もう、私も高2だからね」
「俺にとっては、美咲は永遠にあの美少女さ…」
「茂樹君、そっちに行っていい?」
「うん、こっちにおいで、くっ付いた方が暖かいよ。」
「うん!」
美咲は、茂樹の肩に顔を傾け、そして、空を見上げた。
「美咲、あの北の星座分かるかい?」
「分かるよ!白鳥座でしょう。」
すると、茂樹は徐にジャンバーのポケットから紙袋を取り出して、
「美咲、開けてごらん。」と言った。
「えっ、私に、クリスマスプレゼント!嬉しい~、何だろう?」
「白鳥座はね、【十字架の星】北十字って言われてるんだ。ほら、十字架に見えるだろ!」
「本当だ、あっ、十字架のネックレスだぁ!、茂樹君、ありがと!」
「貸してごらん、着けてあげるから」
茂樹は美咲から十字架のネックレスを受け取り、
そっと、美咲の首にネックレスを回し、器用に留め具を嵌め、
そして、美咲の胸元で揺れる十字架を見遣り、
両手でそっと美咲の頬を触りながら、美咲の綺麗な黒い瞳を見つめながら優しく口付けをした。
美咲も目を瞑り、茂樹の唇に自分の唇を合わせた。
その間、どれくらいであっただろうか、
2人には、あの夢の中の少年少女の頃から今に至るまでの間、
時空をゆっくりと走る機関車に乗っているように感じられた。
ゆっくりと進んで来て、これからも2人でゆっくり進むように、ゆっくりと口付けを続けた。
いつしか、美咲は茂樹の脚の上に顔を横たえ寝てしまっていた。
茂樹は、その美咲の綺麗な黒髪をゆっくりと撫でながら、朝日の登る霊山の方角を見遣っていた。
霊山の裏側に太陽が生まれ出したかのように、霊山の尾根から稜線まで、はっきとその輪郭を露にしだした。
茂樹と美咲のいる防波堤もオレンジ色に壁を染め出した。
茂樹は、冷たく消えてしまった焚き火の中から一本の炭技を掴み、
背中を持たれてる防波堤の壁に、美咲を起こさぬよう、そっと炭で文字を書いた。
「S58.12.25 しげき、みさき」と
太陽が霊山の左肩から顔を覗かせると、目の前の海がキラキラと光色に輝いた。
茂樹は思った。
「この輝きは美咲の笑顔みたいだ。」と
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