女騎士に転生したオレです―冤罪の後事故で異世界転生したらそこは女尊男卑の酷い異世界でした―
坂梨 青
第1話 異世界転生したオレです
午前五時五十分。毎日変わらない起床時間。目覚まし時計が忙しなく男を起こす。
「ん……」
目覚まし時計に短い返事をし、手探りで止める。一度布団に潜り込み、大きなため息をつく。数秒後、まだ眠たい身体に鞭を打つように気合を入れ起き上がる。
男の名前は
どこにでもあるような文系の大学を卒業したあと、無作為にエントリーシートを送り付けた企業にとりあえず就職。
手取り17万。ボーナスなし。家賃補助や通勤補助もなしのカツカツな生活を送っていた。
都会なので無駄に高い家賃を支払えば自分が自由に使える金はほとんど残らない。深夜も営業している何屋か分からない賑やかな店で適当に買った布団も数年でほつれやシミが目立つようになったが、特に誰かを家にあげる予定でもないので放置。
ちゃぶ台の上に置かれた昨日の夜食べた半額のシールが貼られた弁当のゴミと缶ビールの空き缶をゴミ袋に入れ、冷蔵庫から栄養満点な飲むゼリーを取り出し、飲みながらリモコンを使いテレビの電源を入れる。
今日の天気だけテレビで確認すると、飲みきったゼリーの袋をノールックでゴミ箱に投げ、ユニットバスのトイレで用を足し、洗顔や歯磨きを終わらせる。
寝癖でやや遊ばれた髪に水道水で濡らし強制的に寝癖を正す。
やや古くなったスーツに着替え、テレビを消すと京はそのまま玄関の扉を開け出勤した。満員電車に痴漢冤罪防止の為に両腕を吊革に掴み電車が駅に到着する度に慣性の法則で身体が揺れる。二十分ほど電車に揺られたらICカードを使い改札を抜ける。 そこから数分歩けば京の会社があった。
「おはよう、界外君」
タイムカードにもなっている社員証を会社の入口で通し、自分のデスクに向かう途中、同僚の
同僚と言いながら彼女の営業成績は毎月トップだった。容姿も黒髪ロングストレートを社会人らしい髪型にハーフアップにし、ワンポイントで茶色のリボンで束ねる。大きな黒い瞳に艶やかな唇。そしてスーツの上からでも分かる巨乳。社員の男が全員彼女を狙っていると言われてもおかしくないほど完璧な容姿の彼女は性格も完璧だった。
誰とでも平等に接し、笑顔を絶やさない。気配りも上手。現にコミュ障の京にもこうやって笑顔で挨拶してくれいて、京もまた雅に憧れる男性社員の一人だった。
「……はよ」
起きて初めてまともに口にした言葉は前半は声にならない声となって消えていた。ぶっきらぼうに聞こえる挨拶だったが、雅は笑顔で返した。
先に行くねと付け足し京を追い越し自分のデスクに向かう雅。その間も他の同僚や先輩にも笑顔と挨拶をばらまいていた。
そんな雅を相変わらず凄い女だと尊敬の眼差しを向けながら京も自分のデスクに荷物を置いた。ノートパソコンを立ち上げ、メールをチェックする。画面にふと視線を向けると、見覚えのないピンクの付箋が貼られていた。
目をやると付箋の隅に可愛らしい羊のイラストが描かれた女性用の付箋。そこにはこう手書きで書かれていた。
「お昼休み、話したい事があります。喫煙室横の自販機周辺で待っています。みやび」
女子高生が書いたような可愛らしい筆跡に平仮名で書かれた名前。人生で初めてもらった女子からの手紙に京は顔には出さないがめちゃくちゃテンションが上がっていた。
おー!まじかよ!話したい事ってこれよく見る告白ってやつだろ?!学生が靴箱とか引き出しに入ってるあれだろ?!それがこの歳になってこんな形で叶うなんて!しかも相手は猿野雅ってオレの時代キター!
高鳴る鼓動を抑えつつあくまでも冷静にメールチェックをしているフリをする京。視線を微かに雅に向ける。彼女も同じくメールチェックをしていたが、京の視線に気付き、微笑みながら軽く右手を振った。
絶対オレのこと好きじゃん。
京は謎の自信が溢れていた。これを境に業務内容が一切頭に入らなかった。昼休みの雅の告白であろうイベントを脳内で何度もシュミレーションする。他の同僚や先輩にはどのタイミングで交際を伝えるのか、初夜はいつするのか、デートコースはどんな所がいいのか。九割型妄想の域に達していたシュミレーションは昼休みまで何度も繰り返された。
待ちに待った昼休み。京はいの一番にデスクを片付け、オフィスを後にした。大切な付箋のメモは折れないよう貼られた場所にそのままにし、ノートパソコンを閉じることによって隠してきた。
階段を上り、喫煙室に向かう。煙草を吸わない京にとって行きなれていないそこは煙草独特の臭いが充満していたが、雅の事で頭がいっぱいだった京は全く気にしていなかった。隣にある数種類の自販機。
その前にある背もたれのないベンチに足を組みながら座る京。煙草も吸わず自販機で飲み物も買わないでベンチで軽く貧乏ゆすりしながら座る京は喫煙室で煙草を吸っている他の社員から異様な目で見られていたが、京は分からなかった。数分後、女性が階段を登るヒールの音が聞こえた。段々ヒールの音が大きくなり、それと同時に雅が京の前に現れた。
「遅くなってごめんね。界外君」
豊満な胸を軽く揺らしながら謝る雅。京は彼女の胸元をじっと見つめながら午前中あれだけシュミレーションした出来事を再度高速で脳内で確認する。とりあえずはがっつき過ぎない程度の間を開けて交際OKの返事をする事を念頭に置き、あとは雅の言動で行き当たりばったりで行こうと午前中の脳内シュミレーションを全て無にした。
「いや、オレも今着いたところだし……」
ドラマをあまり見ない京でもよく聞くセリフを今朝の挨拶と比べたらまだマシ程度の声量で話す。それを聞いた雅は微笑んだ。
「良かったー!」
躊躇いなく京の隣に座る雅。さりげなく雅が喫煙室の社員に状況が分かりにくくするために、自分と京の背を向けさせるように体勢を整える。緊張した京は雅と距離を取ろうと少し離れるが、その隙間はすぐに雅に埋められた。
「あのね、今からずっと思っていた大事な事を界外君に伝えるね」
埋められた距離に心臓が大きな音を立てる。返事はOKだ。よろしくお願いしますと言えばいい。あとは嫌われない程度に男気を見せて三回目のデートで身体の関係まで進む。妄想で心臓の鼓動を無くそうとする京。しかし、妄想をすればするほど心臓の鼓動も自分の息子も大きくなっていった。雅の整った顔が近付く。
もしかして、いきなりキス?心の準備が!?
と思いつつも目を閉じ、いつでも唇が重なっても良い体勢をとる京。しかし、数秒後、自分の唇に雅の唇が重なることは無く、自分の体重が変に移動した感覚だけが残った。そして、右手に柔らかい感触。
「キャー!」
雅の悲鳴によって京の意識は妄想の世界から現実世界へ戻ってきた。右手には未だに柔らかい感触がある。それと右手首には誰かに掴まれているような感触。目を開けると、そこには押し倒しているように見える京と押し倒され胸を触られているように見える雅の姿があった。
「え?! ちょ?!」
状況からして、自分が雅を襲っているようにしか見えていないのは女性経験のない京でも分かった。
雅の悲鳴によって喫煙室にいた社員全員の視線が二人に向けられる。
「おい! 大丈夫か?!」
喫煙室で煙草を吸っていた男性社員が二人のもとへ駆け寄る。離れろと大声を出しながら京と雅を引き離す。その勢いで突き飛ばされる京。
「いった!」
京の叫び声は全員無視をし雅の元へ向かう。
「この人……私をここに呼び出してあんな事を……!!」
震える雅。京は冤罪だと叫ぼうと口を開いたが、その前に近くにいた男性社員たちに取り押さえられた。身動きが取れず、睨みつけることしか出来ない京。
「最低だなお前!」
「モテないからってそんな事するのかよ!クズ!」
取り押さえるのと同時に京に当てられる罵声。それと同時に取り押さえる力の強さが強くなり、京の骨に痛みを与えた。痛みのあまり叫ぶ京だが、誰一人同情することは無かった。
その姿を雅は横目で見ながら、京にだけ分かるように口パクで呟いた。
「お、ば、か、さ、ん」
雅の満足気な目に京は全てを理解した。
この女は自分の承認欲求の為にオレを使ったのだと。男性社員が彼女を囲い、同情の言葉を投げかける。このワンシーンを作り上げ、満足する為だけに自分が利用されたのだと理解した京。
会社に対してそこまで利益を出していない、存在感の薄い自分ならクビを切られても問題ない。そして、女性経験がない京ならば確実に思い通りに動いてくれると確信していたのであろう。それならばと、京は痛む骨を無視し、自分を押さえつけている男性社員をありったけの力で突き飛ばした。
全員の予想外の動きをしたので、男性社員が突き飛ばされたと理解するのに数秒かかった。その隙に逃げようと背中を向け、走り出す京。しかし、数名の男性社員がその事実に気付き、京を追いかけた。
とりあえず逃げて事情を説明し、辞表でも何でも出してやればいいと頭の隅で考えながら、京は階段へと続く扉を開ける。背後には男性社員が数名追いかけていたので慌てて階段をかけ降りようと踏み出す。
「逃げるな!」
男性社員が京に向かって手を伸ばす。京の肩を捕らえたが、京は反射的にそれを払った。しかし、それが仇となり、階段へ踏み外した。バランスを崩し、視界がゆっくりと上をむく。
「え?」
踊り場のない一直線の階段を数段降りただけで転倒となればまず無傷ではない。ヤバいな、オレと漠然的に考えていたら、その後にはすぐに後頭部を強打して京は意識を失った。
京が目を覚ますとそこは見慣れた天井ではなく、青空だった。
「いってー」
正直死んだと思っていた京だが、生きていた事をまず確認し、ゆっくりと起き上がる。微かに後頭部が痛むが気にする程では無かった。そう、後頭部の痛みは気にならないが、それ以外が気になった部分が数カ所あった。まず、先程の自分が発した声。いつもの感覚ではなく、どことなく喉が軽いような感覚。
その次は起き上がった時の金属が重なるような音。スーツを着ていたのでそのような音は無いはずだ。そして最後はこの視界。見慣れていないが、見覚えはある。青い空に白い雲。そして、草原が広がる大自然。よくある自然風景だが、一つだけ違うのが、京が実物では見たことの無い、というか存在しないと考えている生き物達があちらこちらにいるのだ。ぬいぐるみのように愛くるしい妖精のような生き物やドラゴンを連想させる大型の生き物が青い空を横断していた。
「はーーー?!」
間違いない。ここは異世界だ。今まで何度小説や漫画、アニメで見ただろうという世界。よくある二番煎じと思いながらも京は内心高ぶっていた。このオレが異世界転生したのだ。
うるさい会社や最悪な女が居ない世界で生きていける。そして、異世界転生の王道のルートは自分が最強の人間であり、最終的には自分以外全員が可愛い女の子であるパーティーを作り上げ、全員がオレの事が好きという理想のハーレム。
まぁ、ハーレムは雅の件もありまだ遠慮しておこうと勝手に決心すると、京は再度辺りを見渡した。とりあえず、ここはどんな異世界で誰か事情を説明してくれる人が欲しい。そう思ったのだ。すると、数秒後、微かに人の気配がした。
気配のする方を見ると、そこにはニーハイブーツのような鉄製の靴、丈がやや短いサーコート、関節部分や胸部には靴と同じ素材で出来た身を守る防具。誰が見ても騎士と分かる格好をした少女が木の桶に水を入れてこちらへやってきた。
「あ! 目が覚めたんですね!」
艶のある栗毛を首と腰の間まで伸ばし駆け寄る少女。鉄が重なる音が彼女が走る度に鳴る。
「よかったー。起こそうと水を持ってきたんですよ。ぶっかけないで済みました」
さらっと酷い事を言う騎士の少女。京はその少女をよく見たら何となくだが、雅に似ている気がして無意識に視線を逸らした。
「びっくりしたんですよー。いきなり現れて気絶してるんですからー。最初は魔物かと思いましたから思わず剣を構えましたけど、よく見たら胸元にちゃんと第二騎士様のブローチをお持ちでしたのでとりあえずお姉様を起こして事情を聞こうと思いまして……」
半分くらい意味が理解出来なかったが、とりあえず命と水をぶっかけられる事は救われたとだけは理解した京。そして、彼女の言葉に違和感を覚えた。起こそうとしていたのは確かにオレだ。でも、オレの事を“お姉様” と言っていた。つまり、オレはお姉様である。
京はもう一度自分の身体を確認した。騎士の少女と似たような装備。華奢な手足。腰まである長い黒髪。そして胸部の膨らみ。
「すまない、鏡、鏡を貸してくれ!」
京の突然の言葉に戸惑いながらも、少女ほ胸元から小さな手鏡を取り出し、渡した。そっと鏡を覗き込む京。そこには黒髪でややつり目の美人が映っていた。それが自分の姿だと理解した時、京はここ数年で一番大きな声を出した。
「えーーーー!!」
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