第7話 エール
部活動をやっていて、試合に友達や後輩が応援しに来てくれていた経験があるやつならばこの高揚感のようなものにも心当たりがあるのかもしれない。
もちろんこの気持ちは直前になってアンカーとなってしまったことも少なからず関係している。
全校生徒の大半がこの場に会する形となり、緊張感のようなものが込み上げてくる。
しかし俺はこの緊張感のものを嫌とは感じていないようだ。
そんなところに過去の自分のようなものを重ねているあたり、まだまだ部活を辞めたということに気づいておらず、あの頃の感情が抜けきれていないのかもしれない。
「緊張するねえ〜」
一年生がこれから走り出すと言うタイミング、そして走り出す前の四人が最後に集まれる時間、悠里がみんなに向かって声を出す。
それに各々頷きや、「そうだな」と声で返す。
急遽代打で入ってもらったクラスメイトに申し訳なさ半分、ありがたさ半分の気持ちを抱いていながらも。どこか俺の気持ちは高揚していた。
陸上の大会では聞くことのない「位置について〜」という掛け声がここが学校の体育祭の場であると俺に認識させる。
パーンという小気味好い音と同時にバタバタと砂煙を巻き上げ第一走者が走り出す。
それを見届けると、俺らは小さく輪になる。
「なんとか頑張って一番でクラスに戻ろう!」
なぜかチームリーダーのように俺が声をかけると他三人は小さく「おう!」と答える。
他のクラスもそれぞれそんなやりとりを交わすと、それぞれがそれぞれのスタート位置へと歩き出す。
俺らがそこにつく頃には一年生のバトンは、アンカーの元へと渡っていた。
そこからゴールするまでそう時間はかからなかった。
もうすぐ始まる。
スターター役の先生が第一走者の近くへと向かっていき、うっすらと声が聞こえた瞬間。悠里はしゃがみ込む。
その光景を視界の端で捉えて、俺は小さく息を吐いた。
「ふっ——」
すでにルーティン化されたこの動作が、自然と出て来る。そのことに少しだけほっとする。
思わず笑いそうになったものの思考を切り替え、ただ走ることにだけ集中する。
そんな折にピストルのパンッと言う音が鳴り響いた。
バタバタ——。
ザッザッ——。
グラウンド上に音を鳴らし、複数の足音がコーナーを曲がってこちら側に向かって来る。
直前に少しだけ合わせていた悠里とのバトンをしっかりと二番手と言う好順位で受け取って駆け出していった。
その光景を見届けると俺はそのままアンカーの並ぶスタート位置まで歩き出す。
「駿っ!!」
背中を思いっきり叩かれる。
振り返れば悠里が満面の笑みで俺を送り出してくれる。
それにサムズアップで応えるとそのままゴールの方へと走り出していく。
ドクンドクンと心臓が脈打つ。そんな緊張感がやはり心地良い。
グラウンドの砂の感触を確かめて、ふと反対側を見る。
二番手と言う順位を崩さないまま正樹の元にバトンが渡った。あとはもう俺の手元にバトンが渡るのを待つだけ。
目の前に集まっている、クラスメンバーの集まりでは「わあわあ」とクラスメイトたちが盛り上がっている。
それを横目に一度だけ捉える。やはりその中に実菜の姿はない。それだけはすぐにわかった。
コーナーを抜け、最後の短い直線へと出てきた正樹はそのまま二番手の順位、だけど一番手までの差を縮め俺の元までバトンを運んで来る。
ザッザッと近づいてきた音を頼りに助走を始めた。
「任せたぞ」
息を乱しながら発したその声に結果で応えようと後ろを見ないまま走り出す。
走り出しの感覚でなんとなく分かる時がある。これはいけるって時の感覚。
そんな感触のようなものを得たまま前を追ってコーナーへと入っていく。
何度も曲がり、走り抜けたこのコーナーにどこか寂しさのようなものを感じながら前へと差を縮める。
そんな時だった————。
「駿っ——————‼‼」
複数の人の応援の声が入り混じる中でもハッキリとその声を認識することができた。
何度も聞いた、何度も励まされた、何度も助けられたその心地の良い声が、斜め前の方向から聞こえる。
————!?
その時感じたのは疲れでも、勝ちを確信した喜びでもない。ただただ衝撃だった。
あの長く綺麗で、絹のようにサラサラとしたあの黒髪は見る影もなく。
そこに居たのは肩口のあたりで綺麗に切り揃えられ、少しだけ外ハネな髪型となった実菜だった。
「あと少しーーっっ!!」
なんとなく心の中で「ばーか」と呟きたくなった。
そんなに応援されて負けるわけに行かないだろ。
コーナーでは詰めただけの距離感だったが、直線に出た瞬間一気に抜き去ってゴールへと駆け抜ける。
その瞬間一際大きな歓声のようなものが後ろから聞こえた気がした。
先を走った悠里や正樹が出迎えてくれる。
ただ、なによりも先に俺はその拳を遠くで声援を届けてくれた実菜へと突き出した。
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