第31話 浮気の正体


「美織さんとは何の関係も無いの?」


 周囲は少しがやがやとしている印象なのにここら一帯だけ音がなくなったんじゃないかというくらいに彼女の声が透き通って聞こえる。あるいはそれだけ彼女の一言一句に対し敏感になっているのだろうか。


 学校終わり、話し合いのために集まった俺らはそのまま俺らの家に戻る途中にあるカラオケボックスまでやってくる。やはり周りに声が漏れる心配が無いという気持ちと、多少声を荒らげても問題にならないという観点からの選択だろう。

 どちらかというとこれは俺と実菜に対する正樹なりの配慮だ。


 部屋に入ってからある程度経った頃に発された言葉が最初のそれだった。


「美織との関係……?」

「私が、駿の浮気を見た時に一緒に居たのがその美織さん」

「……はっ!?」


 驚きだ。まさに鳩が豆鉄砲状態、実際見たことは無いけど……。それくらいの衝撃を受けたのがその台詞だ。俺と美織……? いやいや二人で出かけた記憶など一切無い……何がどうなっている?


「とりあえず駿、心当たりはないのか?」

「本当に無さ過ぎて逆にビビッてる……」

「でもっ――!!」

「だぁぁぁ! 一旦落ち着け!」


 正樹の静止が入り、このまま暴走ヒートアップしそうになっていた実菜に落ち着きが現れる。


「ごめん、私……またっ」

「とりあえ駿の話を聞け。最後まで聞いて納得がいかなかったら怒れ」

「うん……」


 やはりこの場に正樹が居てくれて助かった。最初からこうなると想定していた通りな状況だが、こうなってしまうと俺では手がつけられない。


「まず俺と美織が二人で出かけたということは一切無い。だからそれに関しては実菜の勘違いじゃないのか?」

「私が駿を見間違えたりすると本気で思っているの?」

「それは……ないか……」


 他人の空似そらににしたってそれはあくまで他人で本人ではない。少なからずそいつからは本人ではない空気のようなものがあるだろう。だから実菜が本気で間違えたとは思いづらい……訳だが。


「ええ、まず間違いなく駿だったわ」

「なるほど。じゃあまず可能性を否定しないでその線で考えてみるか」


 この場を仕切ってくれる正樹に感謝しながら、まずはその方向性で話を進めることに決める。


「じゃあ、俺から質問してもいい?」

「ええ」

「その……あくまで俺と仮定したとして、その俺を見たのはいつの出来事なのか覚えているか?」


 状況整理をする上で大事なのはこれがいつの出来事であったかだろう。仮に俺がそういう行いをしていたとしても俺が見た実菜の浮気はきっとその後の出来事だ。そう考えると少なからずここ一週間の話ではないことが分かる。


 ここ最近ではないこと、そしてその状況を浮気と疑うような状況……それに美織がいた……。


「六月の五日の出来事よ」

「「――――?!」」


 俺と正樹は驚いて顔を見合わせる。だってその日って……。


「なあ、正樹」

「ああ、そうだな」


 俺と正樹が一緒に出かけていた日だからだ。そして……その理由は――。


「なるほど、全てに合点がいった」

「あぁ、そうだな」


 そうか、そういうことだったのか。

 つまりすべては本当に彼女の勘違いから始まったものであったというわけだ。


「落ち着いて聞け。まずどのような状況を見たのか見当はつかないがすべてはお前の勘違いだ」


 決定的な一言が正樹によって告げられる。

 なぜならこの浮気云々についての騒動で誰よりも上手く解決できる人間が居るとすれば正樹だったから。


 それと同時に俺と正樹の中で俺の浮気の容疑が晴れた瞬間でもあった。




「ええっとじゃあこれについて話を掘り下げる前に何で浮気と思ったのか、それとどういう状況だったのかについて話してくれないか」


 一方的に話をするのではなくまずは俺のどの点に非があったのかについて考えるべきだろう。すべてはそこからだ。


「その日、駿と正樹が出かけるっていってたから驚かそうと思って、後からついていったの……。そうして二人を探していたら二人きりで仲良く買い物をしている駿と美織さんがいて、数分くらい見てたけどとても仲良さそうに買い物してたから……耐え切れなくなって……」


 そこから先の言葉は涙が邪魔をして、上手く喋れていなかった。


「はぁぁ――――これは俺のミスだな」


 頭を抱えて、項垂れる。


「いや、そういうわけではないだろう」

「でも、根本的な問題は俺にあったのは確かだ」


 どういう状況で実菜の勘違いが起きたのか、それについて考えてみる。


 その日、六月の五日は土曜日で休日であったこと。そしてその翌日が実菜とのデートであったことを考えてその日は駿と出かける予定となった。


 じゃあなんでそんな勘違いが起こったのか……それはまさに実菜の見た通り、そこには美織もいたからだ。もっと付け加えると悠里も……。


 俺らはその土曜日、四人で出かけていたのだ。


 当初俺と正樹と二人での予定であったのだが、助っ人という意味も含んで正樹が二人を呼んだ。それがすべての始まりだ。それでは、その日なぜその輪の中に実菜が居なかったのか……単純な理由だ。


そこに実菜が居るとその集まりの意味を成さなくなってしまうからだ。



 ――――実菜のサプライズ誕生日会のためのプレゼントの用意という意味を。



 ここまで来れば察しがつくかもしれないが、その日男子だけでなく女子も呼んで皆の意見も踏まえた上でプレゼントを選ぼうとなり、正樹が二人を呼んだ。


 そして駆けつけた二人と共に買い物をしようとなるわけだけど、四人で回ると効率が悪いよねということなり……。


 二手に分かれたうちの俺らだけが見られてしまったというわけだ。


 その状況を見た実菜は、正樹と二人で出かけるって行ってたのになんで女子と二人で仲良さそうに買い物をしているのか……という疑問に至ったのだろう。


 それが正樹と会うのは嘘で、本当は美織と二人で会うのに正樹の名前を使って会っていたから浮気なんじゃないかというように解釈したのだろうと推測がつく。


 ただ、こればっかりは実菜を責めることが出来ないというのもまた事実。


 ボタンを掛け違うように、俺らの中の想いのようなものが噛み合わなかった。その掛け違えたボタンに気づかないまま俺らの関係は元のボタンの位置に戻ることが出来なかったのだ。


「いいか。その日俺らがその場所に居たのは――」


 その後俺と正樹によって語られた真実に実菜は涙を抑えることが出来ず、常に涙を流したままの状態で聞き入っていた。

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