第22話 香る柑橘


「おい……さっき大丈夫だって言ってなかったか?」

「それに関しては俺もそうだと思っていたんだがな」


 普通に言葉を交わしているとある程度時間が経っていたようで俺達が注文した商品はすべてトレイに乗せられ手渡される。時計を確認してみると注文を開始してから約十分だった。


 そう、逆に言い換えれば俺達が帰ってくるまでに十分、本当にその程度なのだ。なのになんでこんな状況になっているのだろう。


「これ、どういう状況だと思う?」

「さすがにこればっかりは……」


 こそこそと会話をするがトレイを持っている以上、変に戻るのが遅くなると不審に思われるだろう。お互いそれが分かっているからかここで会話を切り上げて席に戻る。


「お待たせした……って何で悠里泣いてんの?!」


 我ながらかなりの大根役者だと思う。

 それでも場の空気を読まないということのおかげで正樹が入り込みやすくなったようだ。


「ったく、俺らが買いに入ってる間に喧嘩すんなよ~」


 お茶らけるように言う。

 ちょっとくらいの喧嘩であればこんなもんで何とかなるのだろうが、誰も正樹の方を見ていないせいかクスリとも笑わない。あまりに辛いからか正樹の頬が引きつっている。今日一日正樹が不遇すぎだろ…………。


 友の不当な扱いに悲しさを覚えるが、とりあえず正樹よりもこの場を治めることのほうが重要だろう。


「とりあえず、冷めると不味くなっちゃうだろ? 悲しい雰囲気は後にしてまずは食事にしよう。何かあったにしろ無かったにしろその続きは後でもいいだろ?」


 無理やりでもその場の雰囲気を変えるためあえて強めな口調で彼女らに告げる。

 それで何とか納得してくれたのか、みな一様に一回だけコクリと首を縦に振る。


「(こういうのって正樹の分担なんだけどな~)」


 あまり強い口調でものを言いたくないのだが、今日の正樹は何故か空気扱いだから……しょうがない。

 皆の前にそれぞれが注文した商品を置き静かに手を合わせる。


 とりあえず場を繋ぐため、なんとか正樹といつも以上のテンションで会話を進めるが女子達の雰囲気は変わらない。それでもなんとか食の方は進んでいるようで安心した。

 結局、食が終わった後も俺らの間に流れる気まずい雰囲気が解消されることは無かった。







 なんとも気まずい雰囲気になったことで午後からも続けて遊ぶのは不可能だと判断した俺は今日は皆で帰ることを提案する。


「しゃあないよな、また来ればいいしな!」


 正樹はそんなことを言って笑ってくれるが他三人は暗い表情を変えないままバスに乗ることになる。


「お前はグーを出せ」


 すれ違う瞬間正樹から小さくそう告げられた。

 離れていく途中女子達に「行きと同じくグッパーな」と言っているのが聞こえて、正樹が言いたかったことが分かった。俺と正樹が別れることで別々に話を聞く算段なんだろう。


 それに俺が誰と当たってもそれなりに親しいわけだし困らない。


「おっけ、それじゃあそうしようか」


 今は皆で固まって座って気まずい雰囲気になるよりも別々の方がいいこともある。今がそのときだ。


「グッパッパ!」


 正樹の掛け声と共に男女五人の手が開かれる。正樹はもちろんパー、そして実菜、美織もパー。……となれば俺の相手は――。


「悠里とか、なんだか今日は悠里と居ること多かったな!」


 と俺が悠里の頭に手を乗せる。


「……うん」


 バスが来て三人組の方から先に上る。それに続くように俺も階段に足をかける。


「……どうした?」


 悠里は階段を上がろうとしなかった。


「ねえ駿、うち駿のことが好き」

「――えっ?」


 まもなくドアが閉まるというバスのブザーが鳴る。

 悠里の手が俺の手を掴んでそのままグイッと引っ張られる。


「おい、ちょっとっ――?!」


 そのまま俺は耐え切れず階段から降りることに。

 体制を崩したものの何とか地面に着地。行くときと同じぱしゃあという音と共に後ろでバスのドアが閉じられる。


 後ろを確認してもう戻れないことを確認する。正面を向く際チラッとバスの方を見たが三人は皆驚いた表情を浮かべていた。


 そしてその犯人こと悠里のほうに顔を向ける――。


 ふんわりと柑橘の匂いが鼻を掠めた。悠里の匂いだってすぐ分かった。だってそれは体育の後に良く嗅ぐ匂いだったから……それが俺のすぐ近くから香る。

 それに続くように柔らかい感触が俺の唇に触れるのが分かった。


「――?!」


 何も言えなかった。

 いや実際には何も言わせて貰えなかった。だって俺のすぐ目の前、文字通り目と鼻の先に悠里の整った顔と揺れるポニーテールがあった。


 にゅるっとした滑らかな感触が唇から伝わる。……そう俺は今悠里に口付けされている。

 洋風にいうとキス。


 いつかと同じ三秒間、今度は俺と悠里の唇が重ねられていた――――。


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