第50話 貸しを作っておく

 メリルが目を見開いて驚いている。

 視線を向けられている俺も自分で何をしたのか、何も理解できていない。


「うおおおおおおおお! すげええええぇぇぇ! あいつに勝っちまったぜ!」

「雷っぽいのが見えたぞ!? それを纏ってあんな動きするとかバケモンかよ!」


 観客席から驚きの声があがっていた。

 声の内容を咀嚼する間もなく、スーッと流れていく。


 俺はそれ以上に自分の行動を不思議に思っていた。

 自分がやったのか? という疑問がぐるぐると胸の中で回っているような気分だった。


 手に握る木剣を見ても、なんの変哲もない。

 メリルの木剣と同じにしか見えない。

 というよりも同じだろう。


「……分からん。俺も何が起きたのかサッパリだ」

「な、何を言う。あの動きをしておいて何が起きたか分からないだと!?」

「うむ」

「くっ……! しかし、負けは負けだ。其方の言うことを聞いてやろう」


 物分かりが良いやつだな。

 何かごねるのかと思っていたが、そんなことは一切ないみたいだな。


「…………あっ」


 メリルの表情は何かを思い出したように急変した。

 目が泳いで、もじもじとしだした。


「……あの、その、言いにくいのだが……ごにょごにょ」


 最後の方が声が小さくて聞こえなかった。


「すまん、もう一度言ってもらっていいか?」

「……頼みを聞くのはまたの機会にしてもらってもいいか?」


 どうやら何か用事があるようだ。

 俺は内心ニヤリ、と笑みを浮かべた。

 今この場で願いを聞いてもらう内容など、たかがしれている。

 それを承知でダンジョンボスの撃破を手伝ってもらう程度にしていた。


 しかし、このような形で先延ばしになれば話は変わる。


 メリルは申し訳なさを感じているはずだ。

 だからこそ、またの機会が訪れたときメリルは、俺の頼みが少し無茶だったとしても聞くしかない。

 まぁこんな約束、無碍にすればそれっきりなのだが、騎士道とやらを重んじるメリルならば、その可能性は低いだろう。


 それに、ダンジョンボスの撃破ぐらいなら俺とソニアでも十分だからな。

 先延ばしにして、メリルに貸しを作っておく方がメリットは多そうだ。


「別に構わんぞ。そのかわりにどこを訪ねたらメリルに会えるか教えてくれ」


 俺がそう言うと、メリルはパーっと表情を明るくした。


「もちろんだ! ありがとうロア!」

「ロアか。さっきまで其方って呼んでいたのにな」

「……あ、つい名前で呼んでしまった。嫌だったか?」


 しゅんっ、とした様子のメリル。

 さっきまでとは少し雰囲気が変わったか?

 もしかすると、これが素のメリルなのかもしれない。


「別に嫌じゃないから。早く教えてくれ」

「おっと、そうだったな。私はダラム騎士団寮に所属している。寮周辺にいないときは王都の警護や、王都周辺の盗賊の制圧などを行なっているはずだ」

「ダラム騎士団寮か。覚えておくぜ」


 記憶力には自信がある。

 きっと忘れないはずだ。

 メモ?

 そんなめんどくさいことするわけないだろう。


「うむ。……本当にすまない」

「気にするな」


 会話に一区切りついたと思ったところにソニアとマーシャが走ってこちらにやってきた。


「ロアさん! な、ななんですかさっきの動き! めちゃくちゃ凄いじゃないですか!」

「凄すぎてビビったっす! 魔法使いとしてだけじゃなく剣士としてもこれだけの実力があるだなんて! 最強じゃないっすか!」

「二人とも持ち上げすぎだ。それにさっきの動きは俺も自分で何をやったのか、全然分かっていない。二度目をやるのは難しいかもな」

「一度目が出来るだけでも凄いですよ」

「そうっすよ!」

「まぁそれはそうかもしれんな」


 確かにあの動きは、自画自賛したくなるものだった。

 それこそ自分がやったのか信じられないぐらいに。


「ロアが騎士になりたくない理由、少し分かった気がするよ。良い仲間がいるんだな」


 メリルは何かを悟ったような表情で俺を見ていた。

 いや、ただ魔法を極めたいだけなんですけど。

 ──なんて言うのは無粋だ。

 ここは大人しく肯定しておいた方がいい。

 うん、そうに違いない。


「そうだよ。だからもうスカウトとかしてくるなよ」

「もちろんだ。ロアには借りもあるからな。そんな真似はしないさ」

「借り?」


 ソニアが不思議そうに首を傾げた。

 それと同時にぐぅ〜っ、と俺のお腹が鳴った。


「話は後だ。俺は飯が食いたい」

「あ、そういえばロアさんは食事がまだでしたね。食事をしながら話しましょうか」

「そうしよう」


 さすがソニア。

 気がきくね。


「良ければ私も同席してもいいか?」

「別にいいんじゃねーか? マーシャもさっきいたし」

「ははは、そうっすね」

「そういえばマーシャ、ソニアに飯代奢ってもらってたよな。報酬金取り返してやったんだから俺の飯代奢ってくれないか?」

「分かりましたっす!」

「ありがとな。よし、じゃあ沢山食わねぇとな」

「ひ、ひぃっ!? それは勘弁してほしいっす〜!」


 冗談だったが、マーシャの反応が面白いのでもう少し遊ばせてもらおう。

 そして俺たちは闘技場を後にした。

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