番外 お話聞きました自分史編(書籍版)
番外 お話聞きました自分史編(書籍版)
前項でインタビューを企画したが、没にした。
フィクションである自分史と、ノンフィクションであるインタビューは食い合わせが悪い。自分を他の人から見たら、どう見えてくるのだろうと安直に考えた結果だった。
自分としては久しぶりのインタビューは興味深く、大変面白かったのだが、客観的に見ると自分史の読者を置いてきぼりにしてる構成だったと反省した。物事を深く考えるのは苦手だ。おそらくバカの壁なのだろう。
そこで、悪い癖だがちょっとした思いつきで、別の人にインタビューを申し出た。以下はその顛末である。
田上「お久しぶりです、いやはじめましてかな?」
田中留美子「……」(
田上「俺を放置して逃げ出した実母である、田中留美子さんです。こんにちは」
留美子「こ、こんにちは」
田上「時間も限られてますので、さっそく質問に入ります。父
留美子「……」(無言)
田上「答えたくないんですね、残念です。それでは俺の右手の火傷についてですが……」
留美子「(絞り出すようなか細い声で)五〇年も昔の出来事は覚えてないです」
田上「なるほど。加害者はいつもそうだ。なあ、俺の右手を返してくれよ」
留美子「ごめんなさい。そんなに心が傷ついているとは思わなくて」
田上「五〇年間、児童虐待だとは思わなかったと?洋服を脱がして、右手の皮膚を剥がしたのに?」
留美子「ごめんなさい」
田上「今更だけど、腹が立つなあ。それじゃどうして俺を置いて逃げ出したの?」
留美子「人に預けたから、置いたのは違う」
田上「で、逃げ出した理由は答えずか。その後の再婚相手は?」
留美子「……」(無言)
田上「どうやって知り合ったの?」
留美子「……」(無言)
田上「よく平気な顔して生きてこれたね?」
留美子「……」(無言)
田上「佐島から引っ越したのか分からんけど、今どこにいて何をしてるの?」
留美子「……」(無言)
田上「これじゃインタビューにならないじゃん。壊れたおもちゃかよ、お前を求めて泣いた赤ちゃん時代が無駄になったから、涙を返してくれよ」
と、どんなに言葉を尽くしても返答は返って来ない。それもそのはず、このインタビューは記憶を元に捏造したからだ。田中留美子の息子に阻まれたが、平成一四年(二〇〇〇年)ごろ電話で詰問した事を思い出しつつ、それを元にインタビューを構築してみた。我ながら酷い話である。
ちなみに平成一四年というと、横浜市長選に中田宏が当選(当時三七才、若い!)コラムニストのナンシー関が急死したのを覚えている。音楽の流行は『大きな古時計』平井堅や『亜麻色の髪の乙女』島谷ひとみのリバイバルが印象に残っている。
五〇年前に赤ちゃんを放置して、結婚先から逃げ出した事に心当たりのある女性は、その子どもが今こうやって恨みつらみを書いている事に何を思うだろうか?多分何も考えてないだろう。人生ってそんなものだ。俺だって昔の他者をいじめた事とかすっかり忘れているし。
心当たりのある人がいたら、マジでインタビューしてみたい。何を考えて生きてきたのか?多分生活に追われて考えないような生き方をしたのだろうなあ。再婚してすぐに子どもをこさえてたようだし。
本書の指導をしてくれた北見康子先生から「宗教の不一致も十分にあるし、田上の言及は突き放して冷たい」と言われたが、まだあたたかい目で見守るような言及は厳しい。
腹を痛めた子どもを生後一年で手放すって、どういった事を考えていたのだろう?理屈じゃなく感情なのだろうから、言語化は多分難しいのだろうなとは思う。が、俺は多分ずーっと頭の隅で死ぬまでこの事を考え続けるだろうなとも思っている。
浅い考えだが、共同親権という制度に希望を見出している。片方に親権があるのでは、子どもに不利なのだと俺はそう思っている。理屈じゃなくて感情で。特にその片方の親に嘘を付かれていた関係で!
雑な検索だと、DVがある関係で共同親権という制度に否定的なひとり親が多い、という新聞記事を見て思った。子どもはどう思ってるの?強い感情だ。理屈では共同親権に否定的になるのも分かる。子どもを死なせたくないからな。
ああそうか、親が信頼できない語り手の場合、子どもが不安定になるのか。俺の経験を過度に一般化した結果だ。誰にでもおきる事ではない。
インタビュー(対談でダイアローグだ)を目指したが失敗して独白(モノローグ)になってしまった。今は閉じている。心を開く気分じゃない。なんとなくもの悲しい。
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