第32話 目撃者
結構、走った
一番近くのコンビニまで20分もかかるのに
ノート買いに行くなんて
明日でいいだろ?
唯香
よっぽど
あの空気に耐えられなかったんだろうな・・・
コンビニが見えた時
近くの公園のベンチに唯香が座っているのが見えた
「おい!!」愁
あえて
そっけないワードで声をかける
唯香はコンビニの袋を握りしめて
こちらに目をやる
「悠・・・来たの?」唯香
唯香、何を思ってるんだろう?
「来たよ」愁
唯香はため息をついて
「お母さんは?
なんか言ってた?」唯香
俺は小さな声で
「うん・・・」愁
「だろうね・・・勘が良い人だから」唯香
困った顔をする
「困った顔すんなよ」愁
そんな顔されたら・・・申し訳なくなる
「するよ!!
何で今日来たの?
会わないって言ったじゃない」唯香
唯香は早口で強めに言う
「ちゃんと話がしたかったから
でも、お母さんが来てるなんて知らなかったし」愁
「じゃ、空気読んで帰ったらいいのに
なんで一緒にご飯食べるのよ」唯香
「唯香のお母さんの料理
旨いからさ」愁
「何それ」唯香
唯香はうつむく
「そんな顔すんなよ」愁
「するよ」唯香
「どうして?」愁
「するでしょ?お母さんになんて言ったかは知らないけど
変な期待持たせちゃうし」唯香
「変な期待って?」愁
「言ったでしょ?
私・・・もうそういう年齢なのよ
今、そういう異性の話をしたら
親は思ううわけよ!普通」唯香
「嫌なの?」愁
「期待させたくない・・・」唯香
「どうして?」愁
「本人に覚悟も無いのに
愁みたいな身近な人と期待させたら
いつか・・・傷つける
知ってるだけに
傷は深いでしょ?
そういう事
想像したことある?」唯香
正直ない
好きだとか付き合うとか
それは
個人の感覚で
そう思えば言えばいいし
それがお互いなら
なお簡単な事だと思っていた
だから
唯香だって
俺に今も興味があるなら
俺は好きだと言っているんだから
それに乗っかって
気持ち・・・受け取ればいい
受け取るだけなのに
どうして
困った顔をするのか?想像できなかった
でも
そんなに
困った表情をされると
無性に
無性に
唯香への思いに火がついてしまう
「お前さ・・・どうしたいの?
まわりも大切だけど
今、俺はお前がどうしたいかってことが気になる
俺の事が嫌いで
受け付けないなら言え
そしたら
もうこの話はなしだ!!
俺はもう言った
お前が好きだ
俺なりにだけど唯香に言われて
考えたし
覚悟も決めてきた」愁
「どんな覚悟?」唯香
「一緒にドイツに来てほしい」愁
・・・言っちゃった
プロポーズっぽい事
結婚なんて考えたことも無かったのに
だけど
こういう事だろ?
覚悟って・・・
「私がドイツへ行くって
大丈夫?
私、仕事を辞めていくんだよ!!
けっこう責任もって働いてる仕事、辞めるんだよ
付き合った事も無いのに
大丈夫?
愁の言葉に
ひょいひょいついて行って
”やっぱり違った”なんてなったら
わたし、全部なくすよ」唯香
ひょいひょいって・・・
だけど
唯香
学校の先生になるのが夢で
結構な努力をして
叶えた夢だよな
それを
辞めてくれだなんて
簡単には言える事じゃない
唯香の顔を見る
「そんな顔するなら
言わなけりゃいいのに・・・覚悟とか」唯香
俺、どんな顔してたんだろう?
唯香はまたため息をついて
立ち上がり
歩き始めた
また
フラれた気分・・・
なんだろう?辛いな
そう思うと同時に
体は勝手に動いていて
唯香の右手を掴み
こちらに引き寄せた
よろけた拍子に
唯香は俺の腕の中
形としては
俺が唯香を抱き寄せたような・・・そんな状態
唯香は戸惑って
俺とは目を合わさないで
「・・・何これ?」唯香
怒ってる
「・・・ごめん」愁
手を緩める
「謝るなら・・・やめて・・・こういうの」唯香
唯香は
悲しそうにも見える
俺、何やってるんだろう
でも
もう止まれない
俺は唯香を見る
唯香は目を逸らしたまま離れようとする
俺は
唯香の腕を握ったまま
「好きだよ
これだけじゃダメ?」愁
俺の口はそう言っていた
俺らしくない
その言葉は
俺自身も赤面してしまうような青い言葉で
唯香もやはり
顔を赤らめて
沈黙は
結構続いて・・・
その時
「先生じゃねぇ?」
唯香はその声の方を見ると
慌てて俺を突き飛ばした
そこに立っていたのは
中学生らしき男子三人
ニヤニヤしている
唯香はその場を繕うように
いつもより
たどたどしい口調で彼らに話しかける
「こんな時間にどうしたの?」唯香
「塾です・・・先生はデートですか?」中学生
中学生は唯香を茶化すように笑いながら言う
唯香・・・困るんだろうな
生徒にこんなところ見られたし
「友達よ!友達
君たちは早く帰りなさい
お母さん心配するよ」唯香
上ずった声
その子たちは
ニタニタ笑いながら
その場を去った
唯香は頭を抱えて
「明日が嫌だな・・・」唯香
そう言って落ち込みながら
家の方へ歩き始めた
俺はそれから
それ以上何かを言うと唯香を困らせるようで何も言えなかった
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