第6話 大奥様の独白
ピシャッ!
羽根扇をすぐ側の飾り机に叩きつけた。
弱くなっていた骨が折れポキッと鳴り、羽根があたりに舞いちった。
この羽根扇は、
旦那様 樫山栄秀と結婚したばかりの頃に買ったものの一つだ。
私たちの結婚初夜にあのようなことが起き……
以来私は旦那様を信じられなくなった。
そして旦那様は
面倒くさいと思ったのか、私を避けるようになった。
そんなときに屋敷にやってきた若い小間物売りが、
外国の珍しい品もありますよ、これは中国のものですと売り込むので、
何となく衝動買いしたのだった。
確かに買った当初は、
青緑というか、何色もが混じりあった深い珍しい色使いの羽根が気に入り、
新婚の独り寝の寂しさを
ほんの少しだけ紛らしてくれたこともある。
でも、あれから何年たったか…
残念ながら、
もうただの緑色に褪せてしまった。
私を惹き付ける魅力はもうない。
旦那様。
婚礼直後なのにあのようなことを…
そしてそれを私に伝えたお梅。
私が実家から連れてきた、たった一人の心許せる相手。
そのお梅を、勝手に実家へ戻してしまった。
私は、樫山栄秀がどういう人間か
わかって嫁いだはずだったけれど、どうにも許せなかった。
お梅、
あの者がそばにいたら、まだ私はここまで頑なにならなかっただろう。
召使いも町の人々も、樫山家のことを噂する。
真壁のお嬢様を娶っても、旦那様は変わらず遊び歩いているね。
お子はまだだね。
やはり次の妻を迎えたね、何人まで増えるかね。
照美様と安恵様、どちらへの寵愛が深いと思う?
そしてどちらが先にお子を産むと思う?
人がなんと言おうと、どうでもいい。
そう思いながらも、ここは天下の樫山家。
それでは通用しなくなるときがくる。
では、どうして結婚したのか?
結婚前から
樫山栄秀の女遊びは有名だったのに。
けれど、
やはり実際に会い、あの美貌を目の当たりにすると女はあらがえない。
そう、女は樫山栄秀の美貌に魅了され虜になる。
私も、そう、なのだろう、多分。
はあ、とため息をつく。
今はただ、
妻を増やしても、子が出来ないだけまだマシと思っている。
この頃は特に、ひどく神経が過敏になっている。
医師には、女性の身体の不調かもしれないので、調べましょうと言われるが、
それはきっと、樫山家の跡継ぎが産めるかどうか心配なのだろう。
それより私と旦那様の間には、跡継ぎ以前の問題が横たわっているというのに。
照美と安恵を見ると、苛立ちと不快さが抑えられない。
あのふたりは正当な樫山家の妻たちなのだから、私は
本当はもっときちんとした礼儀をもって
接しなければ、
恥ずかしいというのに。
旦那様にも失礼だし、樫山家の恥になる。
でも…わかっていても…
でき、ない。
そんなときは、どうでも良いことで召使いたちに
ついきつく当たってしまう。
どんどん苛立ち、自分で自分を制御できなくなってきている。
なんとかこの状態から逃れたい。
立派な正妻として、樫山家を守り盛り立てたい。
できるなら、旦那様ともう一度話したい。
このままずっと、私たちは
相手を居ないものとして
暮らしていくことになるのか…
私は正妻としての役目を果たしたい。
旦那様に労われたい。
愛されたい…?
お子を産みたい?
しあわせになり、たい…?
わからない。
助けて、お梅。
誰か、助けて。
そんなとき、私は旦那様と、あの宴に招待されたのだった。
小さな珠里が、一生懸命に箏を奏でる
あの舞台を目にしたのだった。
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