101 電話
今年も残すところ二週間。年が明ければ新しい自分に生まれ変われるのではと、去年も
受注に関しても、現場でも、新藤建一郎
連日の打ち合わせと予行練習が何とか落ち着き、今日はたまっていた事務仕事にようやく手を付けることができた。
書類の整理が一段落して風呂を沸かしていると、電話が鳴った。
「はい、冴島です」
しばしの沈黙。どちら様、と言いかけたとき、
〈……冴島〉
――えっ……?
名を尋ねる必要はもちろんなかった。ふと浅くなる一希自身の呼吸が、高鳴る熱い鼓動が、答えだった。
「あ……先生……お久しぶりです」
〈ああ〉
久しぶりなんてものではない。たっぷり二年ぶりだ。
〈どうだ、調子は?〉
「お陰様で……」
元気です、と言いかけたのを引っ込める。
「順調です。来週デトンが一つあって、このところはその準備にかかりっきりでした」
〈
ズバリ言い当てられて一瞬
「はい。補助士二人と安全化することになってます」
〈結構忙しそうじゃないか〉
「はい、ありがたいことです」
しばしの間が空いた。
〈ところで〉
「はい」
〈年越しはどうすんだ?〉
今さらの奇妙な問いに困惑する。新藤が出て行ってから年を越すのはもう三度目だ。
「特に考えてません。かろうじて友達な人たちも実家で過ごすみたいだし」
〈サラナの解体を年またぎでやっつけるつもりじゃないだろうな。八十六個だったか?〉
それを聞いて思わず苦笑する。
「さすがにお耳が早いですね」
〈俺は研究室で新年を迎えるなんて御免だから、休みを取ったぞ〉
「あら、じゃあ、どこかご旅行でも?」
数秒の間があった。
〈そっちに行ってもいいか?〉
――え?
心臓がきゅんと縮む。受話器にかかる息が動揺を伝えてしまいそうで怖い。
――行っても、って……?
〈サラナ手伝ってやる〉
その言葉の意味を、一希は
「心配ですか?」
〈ああ、心配だ〉
「あれだけビシバシしごいといて、未だに?」
〈だからこそ、かもしれん〉
「とかいって、本当は私に会いたいだけなんじゃないですか?」
〈ま、そういうことにしといてやろう〉
一希は断念した。何か大事な話があるからこそこんな電話を
〈で? いいのか、行って〉
新藤が念を押す理由がわかるような気がした。残念ながら
「はい、大丈夫です、誰もいませんから」
当て付けに聞こえただろうか。
実は、軍員や同業者の奥さん連中が縁談を世話しようとしてくれたことは何度かあった。まだ未練を引きずっている一希は乗り気とは言いがたかったが、一生一人というのも寂しいだろうか、会うだけ会ってみようかという気になったこともある。
しかし条件として必ず、一希がこの仕事を辞めることが求められた。それが理由で、結局どんな見合い話も流れてしまう。
新藤が返答しかねているのを感じ、
「お待ちしてますね」
と、慌てて言い添える。
〈ああ。じゃ〉
新藤は、去年は年末に
だから、今年「そっちに行く」というのは、何かのついでに立ち寄るわけではない。少なくとも、単に年を越しに来るわけではない。
一希は受話器を握り締め、いつまでもその場に立ち尽くしていた。
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