93 兄弟


 こよみの上では秋、と言いながらその実、夏さかりの八月上旬。一希は郵便受けに気になる封書を見つけた。新藤宛てで、差出人は田畑たばた昭雄あきお。菊乃の三男だ。


 座卓に載せて知らん顔をしていると、夕方帰宅した新藤がさっそく封を切った。台所でお茶を入れている一希に、新藤が告げる。


「来月一周忌だとさ」


「あ、もう……そんなに経つんですね」


と言いながら、一希はもちろんこの日が迫っていることを重々承知していた。


「一応、法要と墓参りをするらしい。ま、俺は行く気はないが」


「いいんですか?」


「お前は行きたければ好きにしろ。ったく、電話一本で済む話をちまちま書きやがって」


 そう言いながら満更まんざらでもなさそうなのは気のせいだろうか。一希は黙って座卓にお茶を出してやった。


「何かおかしいか?」


「いえ……面白いですね、兄弟って」


「そうか、お前は一人っ子だったな。というかまあ俺もだが」


 新藤は手紙を折り畳み、封筒の中にしまう。


「本当は……」


「ん?」


「本当は、兄がいたはずなんですけど」


 新藤の眉が寄る。


「……はず?」


「父の死亡を届け出たときに、初めて父の縁戚戸録えんせきころくを見たんです。父の両親と、配偶者と子供の名前が載りますよね? そこに……私の前にもう一人子供がいたことになってて……母が配偶者として記録される前の話なんです。その時点での配偶者は書かれてなくて、子供の名前もなくて、ただ『男子』って。で、その後に『転出済み』って」


 新藤はしばしその情報の消化に努めていた。


「つまり腹違いの兄貴ってわけか」


「はい。で……『男子』の後ろに、ちっちゃな米印が」


 新藤が「やっぱりな」という顔になる。


 一希の父の名にも付いているこの米印。純血のスムは、縁戚戸録上で必ず米印を付される。つまり、この子の母親もスムだったということだ。ようやく時代は変わり、血の三日月とともにこの米印も廃止されようとしている。


「役場の人にも聞いてみたんですけど、要するに未婚のまま命名せずに出生通知だけ出して、母と結婚する前に他の誰かの籍に移してるんです」


「その兄貴の母親の行方ゆくえは?」


「わかりません。話題になったこともないし」


「どこに移されたかってのは……」


「転出先や転出の時期は父本人以外には教えてもらえないんですって。それに、母親にあたる人については記録自体がないそうですから、聞ける相手ももういなくて」


「探そうにも名前も年齢もわからん、か」


 新藤は腕を組み、壁をにらむ。



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