7  一流


「一トン半って、かなり大きいですよね」


「それなりにはでかいが、型は典型的だそうだ」


「それをわざわざ新藤さんほどの方に連絡してきたのって、避難範囲を調整するためですか?」


「そういうことだ。現場が商業地域のど真ん中だからな。決して珍しい話じゃない」


 一希は思わず大きくうなずく。


 さっきの話だと、埜岩のいわ基地の担当者がもろもろ考慮した上での避難範囲が半径一キロなのだろう。しかし、陸軍としては安全を最優先しながらも、現場がオフィス街となれば、避難の範囲や時間は最小限で済ませたいはず。


「避難のせいで営業時間が減って、苦情が来たりするからですよね?」


「そうだな」


「何年か前、大きなデモがありましたもんね。営業妨害の分、税金で補償しろって」


「まあ、国が悪いわけじゃないんだがな。見つかったもんは放置するわけにはいかんし、避難させなけりゃ怪我人が出るかもしれん。だが、安全に避難人数を減らせるなら話は別ってことだ」


 目安として算出されたオフィス街方向の避難範囲を、六割にまで減らしてくれる救世主。それが新藤だ。作業時間も他の処理士より短いはず。


 もちろん、処理士が提案した距離を陸軍が無条件にむとは考えにくい。長年の付き合いを経て、それだけ新藤の腕を見込んでいるのだろう。


 新藤に期待されているのは、いわゆる爆風域転向。爆弾を布置ふちする向きや防護壁の設置方法を調整し、万一の場合の爆風域を操作する技術にほかならない。


「爆風域転向って、計算ももちろん正確じゃなきゃいけませんし、実際の配置もその通りじゃなきゃいけませんから……責任重大ですよね、普通の安全化以上に」


「そりゃそうだ。だから追加料金を取る」


「南は六百っておっしゃってましたけど、その分、北が伸びる可能性はあるんですよね?」


「伸びるのが普通だ。ただし北側は過疎エリアだからな」


 電話しながら地図を見て、素早くその判断もしていたのだろう。さすが業界ナンバーワン。


「いつなさるんですか? この件」


「まだ決まったわけじゃない。必要なら折り返し電話がくる」


「誰に発注するかをあちらが検討してるってことですか?」


「そうだ。割増を払う価値があるって結論が出ない限り、俺の仕事にはならん」


 電話の相手は今頃、しかるべき人物にかけ合っているのだろう。


「もし距離短きょりたんなしになった場合は……」


「そのときはデトンの標準料金が安い奴にするか、軍関係者の息子でも優先するか、はたまた熱心に売り込んで回ってる奴を使ってやるか……いろいろだ」


「なるほど」


 やはり、学校で学べることなどたかが知れている。補助士として第一歩を踏み出す時点で実務の裏事情まで把握している必要はないが、理論をおおむね理解している一希の興味は、現場へと強く吸い寄せられていた。




 かの内戦に早くから関心を抱いたのは、家庭環境のせいだろう。


 一つの家族に二つの血。異なる血の間に和を思い描くことは、この国の大多数にとって難しい。だから父と母が別々の血を持っていることは、外で口にしないようにと教えられた。


 両親がほとんど喧嘩けんかをしなかったからこそ、一つの血だけがさげすまれるさまは、一希の幼心おさなごころを混乱させた。


 わずか七歳で忠晴との縁談が持ち上がったのも、血のせいだろうと今なら想像がつく。スム族として生まれた忠晴がいずれ嫁探しに苦労することを見越して、親たちが一希に目を付けたに違いない。


 一希の両親とて、スムを父親に持つ一希の将来に不安があったはず。叔父はスム族の多い土地で建設会社をいとなんでおり、地元ではちょっとした権力者。忠晴はその跡取あととりだから、そこへとつがせれば将来は安泰、ともくろむのも親心だ。


 だが、跡取りは死んだ。嫁になるはずだった従妹いとこに殺された……と、あの家族はきっと今も信じている。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る