爆弾拾いがついた嘘【改稿版】

生津直

序章 負の遺産

1  従兄




「タッちゃんち」は田舎だ。


 車でずーっと走っても走っても、田んぼに、畑に、林に、また田んぼ。


 緑、黄緑、深緑、青緑。


 冬にはそれもこれもすべてが真っ白になる。




「今週末はタッちゃんちだからね」


 母が言うと、国道を外れてからの一本道が目に浮かんだ。


 遠くに高い山。近くに低い山。左右は田んぼで、空がバーンと大きい。


 藁志ヶ谷わらしがや郡というその地名を、一希かずきは「わがらしや」だの「わらしやが」だのと間違えて呼んでいた。今年小学校に上がってからは漢字で書けるようになったから、もう大丈夫。




 遊びに行くといっても、本当は遊びじゃないことを一希は知っている。叔父、つまり父の弟が一希たちにとって大事な人だから、たまに会っておくのだ。


 着いたらみんなで昼ご飯を食べ、「タッちゃんと遊んでらっしゃい」、と追い出されるのが最近のパターン。


 タッちゃんこと従兄いとこ忠晴ただはるは、一希より二つ上の三年生。その割にすごく子供だ。学校でも男子は子供っぽいが、それと比べても目立つレベル。


 外を歩いていても、アニメの歌を大声で歌ったかと思えば、突然何かになりきって見えない敵と戦い始める。一希を巻き込んでこないのが救いだが、一緒に遊ぶというより、不思議な生き物を観察している気分になる。


 そんな忠晴も、迷路みたいな林道を歩くときは頼りになった。道案内もさることながら、一希が上れない斜面などは避けてくれているのがわかる。




 何となく見覚えのある場所に差しかかったとき、唐突に忠晴が切り出した。


「今日、何の話してるか知ってっか? 親たち」


「知らない」


 いや、本当は知っている。


 忠晴は嬉々ききとして一希の行く手に回り込み、後ろ向きの小走りになった。


「オレたちのー、けっ、こん! の話だぜ!」


 はなでも垂らしそうな顔で言い捨てると、照れ隠しなのか、下手くそな側転を披露ひろうし、派手に尻もちをつく。半ズボンをこんなに泥だらけにして、怒られないんだろうか。


――あーあ、これだから男子は……。優穂ゆうほちゃんと遊ぶ方が楽しかったのにな。


 忠晴の姉である優穂は、中学に入ってからほとんど遊んでくれなくなった。友達と会うのに忙しいらしい。


 母も以前は「優穂ちゃんち」と言っていたものだ。それがいつしか「タッちゃんち」に変わった。


 忠晴は、自分の世界にひたっているとき以外は、格好いいところを見せて威張ることにしか興味がないみたいだ。ろくに話を聞いてくれないし、物の扱いも荒っぽいし、一希の学校の男子たちとも何か違う。それなのに。


――なんで従兄妹いとこ同士で結婚なの?


 そうはっきり言われたわけではないけれど、母には「仲良くしなさいよ」としつこく念を押されるし、叔母には「お似合いね」なんてからかわれるし、実際、二人をくっつける計画が大人たちの間で進んでいる。


 忠晴はそれを喜んでいるのか、はたまたよくわかっていないのか。一希にはさっぱり見当がつかない。



 

 調子っぱずれな歌を聞かされながら黙々もくもくとついていくと、見覚えのある標識にたどり着いた。「天慕てんぼの切りどおし」。標識といっても石に文字を刻んだもので、こけをまとった古めかしい姿。


「切り通したにしては雑よねえ」と叔母がいつか言っていた通り、平らにならされてすらいない土のままの林道だ。道幅も、両脇の岩壁の高さも、ころころ変わる。


 こんなところに一人で取り残されたらと思うと恐ろしいが、人の気配はそれなりにあった。国道を走る車の音がかすかに聞こえ、郵便屋さんの自転車や、昔話に出てくるようなかごを背負った人がたまに通る。


 右に左にと枝分かれする道。その一つが脇にれてすぐ行き止まりになっている。忠晴の「秘密基地」だ。確かに、天井のない洞窟みたいな雰囲気があり、ちょっとワクワクする。


 突き当たりに向かって先がすぼまるにつれ、両側の岩壁も低くなる。ここからなら、壁の上に登ることができた。今日も忠晴は得意そうに岩の上に登っていく。一希も後を追った。


 壁の上は、低木が不規則に生えたやぶだ。忠晴は縄張りの様子を確かめる野良犬よろしく、ひとしきり辺りを徘徊はいかいした。


 不意に、


「じゃあな」


と告げると、かけっこ並みの勢いで走り出す。


「ちょっ……」


 一希も慌てて駆け出すが、草のつるに足を取られて転んだ。


「いった……待って! タッちゃん!」


 忠晴は見向きもせずぐんぐん遠ざかると、雄叫おたけびを上げながらふっと姿を消した。タン、と着地音。どこかの通路へ飛び下りたのだ。


「タッちゃん! やだ、置いてかないで!」


 何とか立ち上がり、忠晴が向かった方へと走る。しばらく行くとへりが目に入った。


「タッちゃん! 待ってってのに!」


 縁の先に、忠晴の秘密基地よりだいぶ広い新たな袋小路ふくろこうじが見えた。飛び下りようとして躊躇ちゅうちょする。一希の背丈せたけより高そうだ。


 忠晴の姿が見えず、焦りがつのる。何とか下りるしかない。


 一希は後ろを向いて四つんいになり、片足を岩壁へと下ろした。すると左手の数メートル先から、


「何だこれ?」


と、忠晴の声。


――なあんだ。


 ここにいたのだ。隠れて驚かそうと、壁に張り付くようにしゃがんでいたのだろう。一希は安堵し……同時に、妙な胸騒ぎを覚えた。


 そのまま壁にかじりついて下りるつもりだったが、慌てたせいで滑った。ずり落ちたその刹那せつな


 バツン、と花火のような大きな音。


 何かが飛びかかってきたような衝撃。着地した体が大きく右に流される。


――何⁉


 左耳の中がキュイーンと鳴り、ぎゅっと縮む感覚。そこだけ水の中にいるように閉ざされ、激しい目まいに襲われた。地面についた両手が波打って見える。強烈な吐き気。草をつかんでこらえようとしたが、力が入らない。


――苦しい、気持ち悪い、助けて……。



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